文明の利器
「……これです、これ!これで、皆さまにお知らせしましょう!」
わっとテンションを上げた私とは反対に、リータがとても残念そうに眉尻を下げた。
「たしかに良い案だとは思うのですけれど……今からでは絵を描ける者を見つけることも、たくさんのお知らせを用意することも難しいと思いますわ」
思いの外真っ直ぐな正論が返ってきて、ぐっと息が詰まる。たしかに大きい事をするには時間が足りないもんなあ。
「そう、です、わね……」
ほかに何か良い方法は無いものかと、もう一度じっくりと目を凝らしてみる。
ふと、紙そのものの手触りが気にかかった。
「……これは……」
手元のお知らせを隅々まで触った感覚では、どうにも直に書き込んだものとは思えない。
描き跡のようなへこみもなく、文字も絵もつるりとしているのだ。
手書きでないとすると、版画のような刷り込みだろうか。しかし、それにしては刷り跡もはみ出しもズレも無く、いささか綺麗すぎる気がする。
……かといって、この国にコピー機みたいなものがあるなんて聞いたこともないし。
くう、コピー機があればどんなにか楽だったか。文明の利器が恋しい。
文明の利器、文明の利器……いっそ魔法でバーンと大量生産出来ないものだろうか。
「……ち、ちなみに、これはどういった方法で作られたものなのかしら」
「方法……というよりも、それはただの原本の写しでございます」
「……写し?」
きょとんと目を丸くした私に、こくりと頷いたリータが本を指し示した。
「ええ。本であれば一冊をしっかりと書き上げて、それを元に写しを作成いたしますわ。……お知らせであればもっと簡単にはなりますけれど……」
「その……写すというと、……手書きで写しを作成するものなのかしら」
「いいえ、まさか!それでは手間がかかり過ぎてしまいますもの」
「そう、そうよね?」
手書きでなくて本当に良かったと内心で安堵しながら、もうとっくに冷めてしまったお茶で喉を潤す。
アイスティーみたいでこれはこれで美味しい。……じゃなかった、どんな風に写すのか聞かなくちゃ。
「……ではどのように写すのかしら?」
「それは、その……わたくしはあまり得意ではないのですけれど……」
少し困ったように言いながらリータが白紙を取り出して、お知らせの紙と重ねて置いた。
「失敗してしまうかもしれませんけれど、少しやってみますね」
失敗という言葉が聞こえると同時に思わず軽く身構えて、じっとリータの挙動を見守る。
一呼吸置いたリータが自分の手首に触れると、袖から覗くブレスレットが青く光った。
……ん?青く光ったということは、魔法でバーンと大量生産も夢じゃない!?
「スタンパ……!」
リータが手をかざしながら紙に向かって気合十分にそう言うと、書かれているものの一部が光り出し、やがてすうっと染みるように消えていった。
「……成功、ですか?」
ワクワクした気分を隠さずそう聞くと、リータがなんともいえない顔をしてそっと紙を見せてくれた。
隣に並べられたお知らせの紙に比べると、どうにも書かれている文字も絵の線も少なく見える。
もしかすると、光ったところが下に置いたものに転写される仕組みなのかもしれない。
「失敗でございます、……申し訳ございません」
がくりと項垂れてそう言うリータをなだめて、少し思案する。
「やはりこれも素養ですか……」
「……ええ。素養と、類稀なる集中力が必要となるのでございます。文字だけで一冊の本を作るにも数ヶ月を要しますので……簡易なお知らせといえども絵となるとこれがまた難しく……」
たしかに、シルヴィオとの魔法特訓の時にこの詠唱を試した気もするけれど、これも惨敗だったはずだ。
……いや、でも待てよ。
あの時はろくにイメージも出来ていなかった気がする。
リータが力を使ったのを見た今なら、いや、今だからこそ出来てもおかしくないんじゃあない!?
「リータ。わたくしにも紙をくださる?」
「……はい?」
突然そう言った私に、ゆるりと首を傾げながらリータが紙を差し出してくれる。
「ありがとう」
「ジュリア様……」
何を、と問う前にさっと紙を重ねた私を見て、リータが慌てて口をつぐんだ。
集中力、絵と文字に対する集中力だ。
……何故だろう。
ダメダメだった詠唱の一つの筈なのに、この期に及んで成功する気しかしない。
……だって、私は。
物心ついてからずっと。
絵も、文字もいっぱいの。
ーー少女漫画が、大好きだから!
「すたんぷ!」
ぎゅっと花石を握りながらそう言うと、私の手の先で、お知らせの紙に書かれているその全てが強く光った。
「……まさか……」
青い光が溶けるようにして消えたところで二枚の紙を持ち上げて見ると、もうどちらがただの紙で、どちらが元のお知らせの紙だったのか区別がつかない。
自分でも驚くほどそっくりそのまま、全てが綺麗にコピー出来ていた。
「これは、成功ですわね!?リータ!」
喜び余って満面の笑顔で確認すると、ハッとした様子でリータが何度も頷いてくれた。
「え、ええ!それはもう成功も成功、素晴らしい素養でございます!……ただ、その状態を初めて見ましたもので……」
驚いてしまって、と付け足したリータが小刻みに震える手でテーブルを指した。
「え……?」
ゆっくりとリータの示した場所へ視線を向けると、そこはちょうど二枚の紙を置いていた位置で、それはそれはくっきりとしたお知らせが綺麗にコピーされてしまっている。
ごくりと喉を鳴らして恐る恐るテーブルクロスの布地をめくってみると、木製のテーブルにもくっきり、はっきりとお知らせが印刷されていた。
「……これ、消せるのかしら」