ウェディングベール
「わたくし、祝祭でどうしても実現させたい事があるのですけれど……ここに仕立て屋を呼ぶことは出来るかしら?」
私の問いに、リータが少し困った様子で首を傾げた。
「仕立て屋でございますか……今は祝祭のご衣装の仕立てに追われているかと思うので、呼び立てするのは難しいと思いますわ」
「……そう、そうですわね」
いっそ自分で縫うか?と想像して、家庭科の成績はあまり芳しくなかった事を思い出す。
形には出来ても、きっと出来があまり良くないものになってしまうだろう。
しゅんとしながら一人想像する私に、リータがおずおずと口を開いた。
「あの、ジュリア様はどういったものをお望みなのでございましょう?」
うーん、と唸りながらなんと言葉にすべきか悩む。
説明するのに何かいい感じのものはないかと自分の着ているドレスを見て、ふと袖のレース生地に目が止まった。
「これ、これですわ!こういった生地で……なんと言うのかしら……ウェディングベールを作りたいんですの!」
「うぇでぃんぐ……?ベールは頭を覆うもの、という認識で合ってございますか?」
「ええ、その通りです。……そういえばベールは誰が伝えたものなのかしら」
「……たしかそう名付けられたのは花の精霊様だったかと……ただベール自体は雨避けの意図もあって、古くより伝わってございますわ」
なるほどなるほど、と頷いていると、とても興味深げな目をしたリータがじっと私の言葉を待っていた。
「ああ、ええと。そうね、ウェディングというのは結婚をすることで……」
しまった、ウェディングベールなら上手いこと髪色を隠せるなとは思ったけれど、その由来までは知らなかった。
……なんかこう、いい感じのこじつけを考えなくちゃ。
「……私の産まれた国ではね、リータ」
「はい!」
「ウェディングベールを身につけることで、結婚後に訪れるであろうさまざまな心配事から守ってもらうことが出来るのです。……それに、そのベールが時季の精霊様と同じ色ならば……もっとそのご加護が増すのではないかしら」
「そ……そんなことが……!」
ちらりとリータを見ると、その様子はもう感激していると言っても差し支えなさそうだ。よおし、我ながらよくこじつけたぞ。
……あともうひと押し。
「わたくし、これから結婚という新しい道に踏み出す皆さまが……一切の憂いなく、幸せを噛み締められるようにしたいのです」
それはもしかすると、初代花姫様の花飾りと通ずるものがあるかもしれませんね、と穏やかに微笑んで付け足すと、リータは笑いながら何度も頷いてくれた。
「素晴らしい……素晴らしい案でございます、ジュリア様!」
「……皆さまも受け入れてくださるかしら」
少し儚げに見えるように意識しながら頰に手をあてて首を傾げる。
「ええ、ええ!それはもう、喜んで取り入れていただけると思いますわ!……ただ、祝祭までの日数を考えますと……」
「……そうねえ。短期間でどうやって広めるか、ですわね」
むむ、と口元に手をあてながら考える。
この国における花姫様の影響力はすでに絶大なものだと思うので、一度広めることさえ出来れば、すぐに取り入れて貰えるのは間違いないだろう。
それに必ず揃いの色のドレスを纏うということは、きっとドレスの余り布なんかでもベール自体を作ることは出来るはずだ。
何かないかなあ。一度に広く知らせて、尚且つ見た人の目を引くもの。
「……あ」
「え?」
「コホン、失礼。ねえリータ、この国に回覧板や新聞というものはあるのかしら?」
にこりと笑って問うと、問われたリータの動きが止まった。
そのまま、しばしの間リータと首を傾げ合う。
「……ええと、その。何かこう、一度にたくさんの人にお知らせできるようなものなのだけれど」
私の付け足した言葉でやっと合点のいったらしいリータが、不意にぱちんと手を叩いた。
「なるほど、そういうものでしたら……」
言いながらテーブルの上に広げられていた本の中から、数枚の紙を取り出していく。
「こういう簡易なお知らせを配ることはございますね」
渡された手のひらサイズの紙を見ると、そこには簡単な似顔絵のようなものが描かれていた。
幸せそうな二人が寄り添うように立っていて、その一人はなんとなくナターシャだとわかる。もう一人の人物は男性だろうか。似顔絵とはいえ、なんだかちょっと怖そうな感じがする。
添えられた文章には婚約のお知らせ、祝祭にてお披露目といった内容が簡易的に書かれていた。
「……これです、これ!これで、皆さまにお知らせしましょう!」