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ゴテゴテ婦人



「そうか、それはすぐにでも問い詰める必要がありそうだな……」



言いつつ立ちあがったシルヴィオが、ゆっくりと周囲を見回した。


「騒ぎは落ち着いたようだな。……ジュリ、立てるか?」

「……はい、大丈夫そうです!」


問われて初めて自分の足に力を入れてみると、今度はしっかりと固い地面を感じられる。支えるように伸ばされた腕に、体重を預けて立ち上がった。


「計画とやらが本当であれば、裏で糸を引いている者に奴等が捕まったことが知れると厄介だな……」

「そうですね」

「ジュリの体調に問題がなければ、このまま街の兵舎に向かいたいのだが……共に来てくれるか?」

「はい、それはもちろん!……でも、たしかあの衛兵の人は数日後にって言ってましたけど……」

「……なんとかなるだろう」


そう言って、自然と手を繋いで歩き出す。


行き交う人々をかわしながら数歩先を歩くレナードが、まるで道案内をするように、曲がり角でミャオ、と鳴いた。


その鳴き声で路地の先を見ると、そこには大きな石造りの建物があった。

全体的に白っぽい石が使われていて、色とりどりの煉瓦が並ぶ街の中では一際目立って見える。


「ここが兵舎だ」

「大きいんですね……」

「街の護りの要だからな。万が一揉め事や困り事があった場合の相談や、一時宿泊所も兼ねている」


日本でいうところのお役所みたいなものかな、きっと。と思いつつ、シルヴィオと一緒に開かれた扉の中へ入っていく。


途中でふとレナードの姿を探すと、その姿は建物の外にあった。

前の道に停まっている馬車の一つを見たまま、ぴたりと動きが止まっている。


何か良い獲物でも見つけたのかな、と私が眺めている間も、ぴくりとも動かなかった。

……なんだか、様子がおかしい気がする。


なんとも言えない嫌な予感がして、シルヴィオを振り向く。


「……ルヴィ、」

「本日はどういったご用事でしょうか?」


私が声をかけるより早く、事務仕事をする衛兵の一人に声をかけられた。くう、一歩遅かった。


「ああええと、先程妻が襲われまして……ここで話し合いをするより前に、相手方に確認しておきたいことがあるのです」

「なるほど、それはお辛いでしょう……少々お待ちください……」


木で出来た台を隔てて、衛兵が確認を取る。


「ルヴィ、あの」

「……どうした?」


服の裾を掴んで声をかけると、私の深刻そうな顔を見たせいか、周りを気にして抱き寄せるような格好で問われる。


「レナードが、動かないんです」

「……なに?」


視線だけで外を示すと、シルヴィオが私を見るようなフリをして外を見た。


「まさか……」

「あら?変ですね……おかしいな」


複雑そうな顔をした衛兵が声を上げるのと、レナードの怒りに満ちた声が聞こえたのはほとんど同時だった。


「たしかに引き渡された記録はあるのに、話し合いを待たずに解放されてるなんて……」


衛兵の言葉が終わるのを待たずに、毛を逆立てたレナードの元へシルヴィオが走り出す。


「ルヴィ!?」


慌てて追いかけてみると、ガラリという音と共に、件の馬車が動き出した。


「くそ、遅かったか!?」

「任せてください!」


止めるだけなら、私にも出来た。詠唱なんて覚えてなくてもなんとかなったし、今度もきっと上手くいく。


ぎゅっと花石を握り込んで、男たちの足を絡め捕った記憶を思い出す。蔦が絡むみたいに、あの馬車の歯車を、止める。


「お願い、止まって!」


一息に叫ぶと、青い光が長い蔦のように伸びて、走り出した馬車の車をぎっちりと捉えた。


「うわあ!?なんだなんだ!?」


道の先で御者らしき人の慌てる声と、馬のいななきが聞こえる。


「よくやった、ジュリ!」


馬車へ向かって走りながら私を褒めた背中に一つ頷いて、蔦を消してしまわないように自分の想像に集中する。


追いついたシルヴィオが強引に扉を開けようとしたところで、馬車の中から一人の女性が現れた。


「一体これは何の騒ぎですか」


その女性の服装は、たった一目で街中には不釣り合いだというのがよくわかる。


ゴテゴテとした装飾の派手なドレスに、ふわふわと揺れる金色の髪は映画なんかに出てくる貴族そのものといった感じだ。


「……あなたは、」


ゴテゴテした婦人っぽい女性の姿を見るなり、シルヴィオの動きまでが止まってしまった。


「まあ、何ですの。このいかにも怪しい者達は……衛兵、衛兵!さっさとこの者達を捕らえなさい」


女性がよく通る甲高い声で叫ぶと、すぐに兵舎から数人の衛兵が顔を出した。


私の手の先から伸びた光の蔦、それによって無理矢理止められた貴族っぽい人の馬車、威嚇する猫と立ち竦むシルヴィオ。


……まずくない?この状況って、まずいよね?


しかも、私はマント一枚脱いだらあっという間に伝承の花姫様になっちゃうんだよね?


……いや、まずいな!?


内心で慌てた途端、光の蔦が粒になって消えていく。


「……お前、その力は……」


いまゴテゴテ婦人と目が合ってしまった気がする。遠目でもわかるくらい目力が強くて、ちょっとこわい。


視線を逸らしがてらさっと周りを見回すと、既に数人の衛兵に囲まれてしまっていた。


今度こそ万事休す、だ。


この状況をくぐり抜ける策が全く思いつかない。


「貴女、ゆっくりと手を上げなさい」


衛兵の一人に言われて仕方なく花石から手を離そうとしたところ、ゴテゴテ婦人とは似ても似つかない、透き通るような女性の声がした。


「あらまあ、こんなところで何をなさっていたの?わたくし、貴女達を待っていたのですよ」



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