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心から溢れた想い



「ジュリ!?ぶ、無事か……!?」



今まで見たことが無いほど動揺するシルヴィオが、慌てて駆け寄ってくるのが見える。

ぼうっとしている私を抱き抱えるようにして覗き込んだ心配顔に、自然と笑いが溢れた。


「おなかすいた……」

「おなかすいた!?」

「あ、違った。無事で良かったです」


言いながら間近にあるシルヴィオの顔に、するっと手を滑らせるように触れる。

ここに至るまでに余程急いで来たのか、その頰にはうっすらと汗が滲んでいた。


次第に指先を通して伝わってくる温かさが、不思議と私の心を満たしていく。


「それは私の台詞だ、ジュリ……遅くなってすまない。あなたに何かあれば、」


そう言いかけて止まったシルヴィオの様子に、ふっと先程の男の言葉が頭を過ぎる。

第二王子の失態、責任、王位継承権の失脚。


次に続く言葉を聞くのが怖くなってどうにか身をよじろうとする私とは反対に、シルヴィオの腕にはより一層の力が籠められる。


「……あなたに何かあれば、私は……あなたの母君に顔向けが出来なくなってしまう」

「……へ?」

「いや、父君にもだ。ジュリ……本当に無事か?どこも痛くはないか?」

「ぶ、無事です……」


予想に反した言葉で呆気にとられ、ぽかんと口を開ける私を見て、シルヴィオは心底安心した様子で笑ったのだった。


普通に考えれば、先程の男が言うことが正論なのだろうけれど、……そんなの、もうどうでも良かった。


この人は、自分の地位も花姫も何もかも関係なく、ただ一人の人間として私を見てくれている。

……ただ、その事実が何よりも嬉しかった。


「シルヴィオ」

「……外でその名は、」

「好きです」


思わず、ぽろりと溢れてしまった。

心の底からシルヴィオへの想いが溢れて、それが言葉に変わって口を飛び出す。


「……ジュリ……」


驚きに固まった様子のシルヴィオとの間で、胸元の花石が眩く光る。

つい先刻、男への明確な悪意で満たされたはずの花石の青が、きらきらとした光の花びらに変わっていく。


「これは、」


数多の花びらが風に乗って舞い上がったかと思うと、まるで桜が散るみたいに丁寧に、ひらひらと街に降りていく。


「……まずい」


難しい顔をしたシルヴィオがそう呟くのと同時に、建物の向こうから、たくさんの驚きや喜びの声が聞こえてきた。

それはどんどん広がっているようで、街のあちこちからいくつもの声が上がる。


「まずい、って?」

「こんな規模のフィレーネレーヴを扱える者はそういない。見つかると面倒だ……すぐにここを離れるぞ、ジュリ。立てるか?」

「はい……あれ?なんで?」


頷いて立ち上がろうとするも、足には全く力が入らない。


「……そうか、空腹だったな」

「空腹でこんなに力が入らないことは、ってわあ!?」


言い終わるより早く、力強く抱き上げられた。絵に描いたようなお姫様抱っこで。

いやまあ、力が入らないからどうしようもない、どうしようもない、けど!……困る。


「失礼。……空腹状態でこの規模の力を扱えば、そんな状態になりもする」

「へ、へえ!なるほど!」


困っているのを誤魔化して大きく相槌を打つと、シルヴィオが訝しげに私を見た。


「どうした、やはりどこか痛むか」

「いえ!大丈夫!です!」


抱き上げられた状態で見るシルヴィオの顔は、普段よりも、何故だか割り増しでかっこよく見えてしまう。

自然と熱くなる顔を、両手で覆って首を振った。


「ねえ、さっきの光こっちの方からのぼってったよね?」

「うんうん!もしかしたら花姫様かもしれないよ、会いに行こう!」

「いこいこー!」


遠くの賑わいが建物に反響して聞こえる中、すぐ近くではしゃいだ子供達の声がする。


「……急ぐぞ、掴まっていてくれ」


ぼそりと私にだけ聞こえるような声量で囁かれて、慌ててシルヴィオの服を掴む。

私が掴まったのを確認したシルヴィオが、子供達の声とは反対に走り出した。


足元は全く見えないけれど、レナードも隣で並走しているようで、ミャオという鳴き声だけが聞こえる。


視界を流れていく煉瓦が大きな通りに変わった頃、シルヴィオの移動する速度が急に落ち着いた。


ふと横を見てみるとみんなの視線はずっと上を向いていて、その複数の視線の先は当然、青い光の花びらだった。


状況を見るに、どうやら私達の周りはそんな人達でいっぱいらしい。

シルヴィオも少しずつ移動をしてはいるが、中々その人混みから抜け出すことが出来ない。


「ママー綺麗だねえ!」

「そうねえ、今日は何か良い花の導きがありそうだねえ」

「じゃあパパ早く帰ってくるー?」

「ええきっと、すぐにでも」

「花、花かあ。今日は奥さんに花でも買って帰ろうかなあ」

「そいつはいいな!俺もそうしよう!」


口々に街の人たちから出てくる言葉がどれも本当に幸せそうで、思わず口元が緩んでしまう。


元は悪意から生まれてしまった花が、こんなにも人を幸せに、笑顔に変えられるなんて。


……なんて、素敵なんだろう。


「このままでは街を出るのも難しいか」

「……ルヴィ、私、もう少しここに居たいです」

「しかし、」

「腹が減っては戦が出来ぬ、というやつです!」

「腹が……なんだ?」

「とにかく、あそこで私にパンを食べさせてください!」


人の往来の隙間で見える、海に近い広場を指差しながら、持ってますよね?と問うと、シルヴィオはやや気まずそうに視線を逸らす。


「たしかに持ってはいるが、あなたを見失って慌てて懐に入れたので……」


仕方なさそうに人をかき分けて、広場へと進むシルヴィオの口が重い。


「……懐?ってことは、」


もしかして。

自然と自分のいる場所を見た私に、シルヴィオがこくりと頷いた。


ちょうど広場の段になっているところへ私を降ろして、懐から包みを取り出す。と、やはり、その形はぺたんこになってしまっていた。


「買い直してくる」

「ダメです、もったいない!」


踵を返そうとするのをがっちり掴んで止めると、さっと奪うようにして包みを受け取る。


「ルヴィ、私に借りを返す時です」

「借り……借りとはリータとのことか?」

「そうですよ。いいですか、このことは秘密です。はしたないって幻滅されちゃうでしょ?」


言いつつ包みを広げてみると、潰れたパンの間にたっぷりのチーズと長細いフライが挟まっていた。

チーズは冷えて固まってしまっているが、空腹にはそんなの関係ない。


命に感謝してかぶりつく。


「いただきます」


あぐっとかぶりついた私は、そのあまりの美味しさに目を見開いた。


挟まれたフライは白身魚のようにあっさりとしていて、チーズの塩加減がそれを絶妙に引き立ててくれている。そうして、風味豊かなパンが名残を惜しんで消えていった。


私の隣に座ったシルヴィオが、レナードにも分けているのが視界の端で見える。


「……いただきます」


青い光の花が青空を舞い、海はどこまでも綺麗に澄んでいる。キラキラと太陽を反射して輝く景色全部が、このパンの味を何倍にも感じさせてくれるようだった。


「んーー!」

「ど、どうした!?」


夢中でパンを食べながら都度喜びに震える私を、横で同じようにパンをかじったシルヴィオが凝視している。


「ルヴィ、最高に美味しいですね!」


私が心から満足して笑うと、シルヴィオが一瞬だけ間抜けな顔をして、やがてすぐに満面の笑みを浮かべた。


「同感だ」


……ああ、好きだなあ。

好きって、こんな気持ちをいうんだ。


同じものを見て、同じものを食べて、同じ気持ちでいられることが、こんなにも。


温かく満ちていく心がくすぐったくて、海に視線を移す。ちょうど、間隔のまばらになった花びらが全て消えていくところだった。


「……消えちゃいましたねえ」

「そうだな」

「私、祝祭でもこれをやりたかったんですよ。……おかげで、本番でもちゃんと想像出来そうです!」

「な……これをやる気か……」

「花姫様!って感じがして素敵でしょう?」


言いつつ、私は目を閉じて想像する。


今日と同じように花びらを飛ばして、きっと、今日のように喜びに溢れる街の人たちの笑顔。……そしてその隣には、シルヴィオが居る。


そこまで想像して、ふっと男の言っていたことを思い出した。


「……ルヴィ、」

「うん?」

「さっきの、四人の男たちが言っていたことなんですけど……」


思い出せる言葉を全て伝えると、シルヴィオはとても難しい顔になった。


「そうか、それはすぐにでも問い詰める必要がありそうだな……」



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