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見知らぬ男たち



「……あなた……誰、」



私の目の前に居たのは、シルヴィオとは似ても似つかない顔立ちの中年男性だった。


身なりは悪くないが、人相が悪い。

後ずさろうにも、背後にいる男たちがじりじりと近付いてくる気配がする。


さっと見える範囲は建物に囲まれていて、逃げ道を見つけるのは容易では無さそうだった。


……万事休す、ってこのことか。


いや、いやいや。ここであっさり諦めてなるものか。

震える手を叱咤して、花石を握り込む。

いざとなれば、素養がなくともやれるかもしれない。


でも、まずは時間を稼がなくちゃ。


一呼吸して、出来るだけ気丈に振る舞ってみせる。大丈夫、仕草も口調も散々練習したのだ。私なら、出来る。


「わたくしをどうするつもりかしら」

「なに。大人しくしてくれりゃあ、痛い目には合わずに済みますよ」

「わたくしが誰かを知った上でそのような口をきくのですか」


周囲で数人の男たちの笑い声が響く。


「もちろん、知った上での頼まれごとですわ。お・ひ・め・さ・ま」


わざとらしく私の口調を真似た男がニヤリと笑う。


「何せこの仕事をこなせば、晴れてあのお方が王になり、俺たちの地位は約束される。願ったり叶ったりだからなあ」

「あのお方が王に……?」

「おい、喋り過ぎだぞ」

「構わんさ。どうせいつかわかることだ。まあ、ちいとばかし計画が早まっただけでなあ」

「それもそうか」


この国で次期王になり得る者といえば、エドなんちゃらとシルヴィオの二人だけのはず。

とすると、この男たちを操っているのは。


「……計画が早まったとは何のことです」

「あ?あー、ま、もういいか。アンタと第二王子が次の祝祭で婚約するって噂で持ちきりでなあ。そうなれば第二王子の地位は揺るぎないものになっちまうだろ?……しかしその祝祭がとんでもねえ失敗に終われば、その責任は誰にあると思う?」

「……第二王子に責任があると?」

「そうなるだろうさ。実際がどうであれ、人間の印象は簡単に操作出来ちまう」

「そんなことで、」

「そんなことで第二王子の印象は確実に悪くなっちまうんだよ、これが。アンタが関わっているからな」


私が関わっているから印象が悪くなる?

それはどういうことだと問う前に、男の顔が笑いに歪む。


「意味がわからねえって顔だなあ。アンタはこの国の伝承なんだろう?そんなものと婚約する男が民にとって大事な祝祭を失敗してみろ。ほうら、簡単だろう?」

「……それは」

「そうなればもう一人の王候補がアンタの婚約者に取って変わるわけだ。民意を尊重するこの国なら、容易にな」


ぐっと言葉が詰まって、一気に息苦しくなる。

獣のような目をしたあの男と婚約するのも考えたくないが、それ以上に私のせいでシルヴィオの印象が悪くなるなんて。

そんなの、耐えられない。


「しかしまさかこんなところで捕まえられるとはなあ、祝祭よりずっと早く第二王子を亡き者に出来るなんざ」

「ひひ、違いねえ。俺達はツイてるぜ」


男たちの言葉が耳に届くと、手のひらに握り込んだ花石の感覚を残して、頭が真っ白になった。さっと血の気が引いていく。


「……今、なんて?」

「おっと。……長居し過ぎたなあ、誰かきちまう。一緒に来てもらうぜ」


ぽつりと呟いた私に構わず、近寄ってきた男が不躾に私の腕を掴んだ。


「……放して」

「おい、早く来い」

「無礼者め、放しなさい!」


怒りに歪む視界で、力一杯振り払いながら叫ぶ。

すると、握り込んだ花石が強く光ると共に、その光に押されるようにして目の前の男が勢いよく吹き飛んだ。


「っ……がは!?」


建物の壁に直撃して、そのままずるりとへたり込む。


「ねえ、さっき何て言ったの?」


吹き飛んだ男の元へ一歩一歩近付いていくと、男はとても怯んだ様子で壁に張り付いた。


「ひっ……き、聞いてねえぞこんな、力」

「第二王子をどうするって?」

「た、助けてくれ!」


男が私を見ようともせず、背後に居た三人の男たちへ震える手を伸ばす。

しかし、三人は男を助けるでもなく、まるでそれが合図だったかのように一目散に走り出した。


「止まりなさい!」


……逃さない。

そう決めて片手を真っ直ぐ伸ばして叫ぶと、青い光が一直線に飛んで三人の足が一斉に絡め取られる。

バランスを崩して無様に転がったのを見ながら、男に問う。


「さあ、答えて」

「ひい……な、なな亡き者にするって言ったんだよ!国宝とも言うべきアンタを野放しにして守れなかったんだ、当然だろう!?」

「……第二王子はどこにいるの」

「さ、さあどこだろうなあ」


意識を三人へ向けたまま壁に張り付いた男を見ると、その顔ははじめと変わらずニヤニヤと笑っている。


真っ白な頭の中で男へ向ける悪意だけがどんどん膨れ上がって、握ったままの花石が新たに青く光り始めた。


「アンタの力の源はそれか、その首飾りさえなけりゃあ!」


言うなり突然立ち上がった男が、勢いよく拳を振り上げる。

このままじゃ殴られる、と身構えた瞬間、男が吹き飛ぶようにして視界から消え去った。

と同時に、私の足元に何かが擦り寄る感触がした。


「っ……な、なに?」


ミャオ、と鳴く声にハッとして足元を見ると、そこにはレナードがいて、じっと道の先を見つめている。


「レナード!シルヴィオ様は、」


問うより早く、レナードの視線の先で男の怒号が聞こえた。


「なんだお前はぁ!?この街の民か!?」

「そんなところだ。いたいけな女性に数人がかりで何をなさっていたんです?」

「ぐう、お前には関係ないことだ!」


すっかり地べたに転がって痛みに呻く男へ、シルヴィオがにこりと微笑む。


「あちらは皆さんお友達ですか?」

「ああそうだ、あの女もな」

「……お友達に随分酷いことをされるんですね」

「な、なんのことだ」

「世迷言を。あなたがしたことは全て、すぐに明るみになるでしょう」


シルヴィオがそう言うと、複数人の足音がこちらへ向かってくる。


「新しいお友達のお迎えが来ましたよ」

「なっ、俺は何も、」


軽装ではあるが、しっかりと身を守った衛兵が到着して、手早く四人を縛り上げた。


「俺も、何もしてねえ!」

「むしろあの女、あの女が俺達を!」


あちこちに傷の付いた男たちが、こぞって私を睨みつける。びくっと思わず後ずさると、レナードが小さく鳴いた。


「……お話を聞かせてもらっても?」

「聞いていただけますか?」


衛兵の一人がこちらへ歩き出そうとしたのを、すっと割り込んでシルヴィオが止めた。


「貴方は?」

「ああ、実は彼女は私の妻で……表通りで食事をしようとしていたところをこの男達に連れ去られたのです。私が懸命に探してたどり着いたところ、力一杯抵抗する彼女が、……彼らに乱暴をされそうになっていたところでした……」


ぎゅうっと両手を握りしめて、シルヴィオが力無く項垂れる。


「私に、私にもっと力があれば……」

「そうでしたか、それは……お辛かったでしょう。この者達の身柄は一旦我々が引き受けますので、数日後に話し合いの場を設けましょう」


そう話を纏めると、口々に言い訳を叫ぶ四人の男を引きずるようにして衛兵が去っていく。

その後ろ姿が路地から見えなくなると、不意にふっと力が抜けて、私は倒れるようにその場に座り込んでしまった。


「ジュリ!?ぶ、無事か……!?」



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