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はじまりの街



「……レナード?レナードじゃないか!」



あわや未知の魔法生物との遭遇かと恐る恐るシルヴィオの方を向くと、その足元には大変毛並みの良い赤毛の猫が座っていた。


鮮やかな赤毛だということ以外は、どこからどう見ても私のよく知った猫だ。


「ね、ねね」

「レナード、久しぶりだな」


シルヴィオが膝をついて猫の頭を優しく撫でると、なんとも気持ちよさそうに目を閉じる。


「……猫ちゃん……っ!」


私は思わず声にならない声で叫びながら一人打ち震えた。

くうう、可愛すぎるぅ!どうして猫は存在しているだけでこんなにも可愛いんだ!


毛足は短いけれどよく手入れされた赤毛はツヤツヤで、見ているだけでも柔らかそうなのがよくわかる。

ああ、そのもふもふに埋まりたい。


……しかし、世にも麗しい美男がただ猫を撫でているだけでこんなにも絵になるとは。


やがて私の視線に気付いた猫が、金の目を丸くしながら軽い足取りでシルヴィオの肩に登った。


「ジュリ、この猫は……私が城を抜け出す度に会う、顔馴染みなんだ。」

「へ、へえ……」


慣れた様子で猫を乗せたまま立ち上がると、私の目線より少し高い位置に猫の顔が見える。

揺れに合わせて懸命にバランスを取っている姿も大変愛らしく、正直シルヴィオが心の底から羨ましい。


「こうして肩に乗ってきて、いつも一緒に街を歩くからなんというか、もう、友達みたいなものなんだ……が……ジュリは猫は」

「猫ちゃん好きです!大好きです!」


集中してじいっと猫を見つめる私の視線にやや苦笑したシルヴィオへ、問われるより早く、食い気味に宣言する。


「……よかった。私が勝手にレナードと呼んでいるんだが、特に嫌がる様子もないから……ジュリも良ければ呼んでやってくれ」


安堵して笑ったシルヴィオが指先で猫の顎を撫でると、応えるようにごろごろと喉を鳴らす。はあ、羨ましい。


ごくりと喉を鳴らして、嫌われないようにそっと猫に呼びかけてみる。


「はじめまして……れ、レナード」


ぴくっと耳が揺れて、私を見るなりゆっくりと瞬きをしたレナードが、ミャオ、と小さく鳴いた。


「あ、ああ挨拶をしてくれましたよ!?」


お利口さんですねえ可愛いですねえ、と口をついて出そうなのを必死にこらえて、自然とにやけそうになる頰を覆う。


「レナードは賢いんだ。それこそ、何度私の危機を救ってくれたかわからないぞ」


得意げに笑うシルヴィオが冗談めかして言えば、レナードがもう一度鳴く。

それが相槌を打っているように思えて、シルヴィオと笑い合う。


「二人きりでは無くなってしまったが、ジュリが楽しそうなので許可しようレナード。特別だぞ。……さあ、今度こそ出発だ」


赤毛の猫を肩に乗せた緑の髪の王子様と、目深にマントを羽織って歩く私。

客観的に考えたらこの図はとてもヘンテコな気がするけど、街の人たちは一体どんな反応をするんだろう?


シルヴィオに手を引かれて石畳を進みながらそんなことを考えていると、不意にぐう、と私のお腹が鳴った。

……そういえば朝ごはんを軽く済ませてからずっと、フィレーネレーヴの修行をしていたのだった。お腹も空くはずだ。


隣を歩くシルヴィオの肩が震えている気がして、むう、と口を尖らせる。


「シル……ルヴィ、そんなに揺れていたらレナードが可哀想ですよ!」

「……ああ、そうだな、すまないレナード」


謝りながらも、口の端からくっくっと笑いを堪える音が聞こえている。


「もー!私は、お腹が、空きました!」


もう一度お腹が鳴る前に開き直ってそう言うと、ちょうどパンの焼けるような良い香りが漂ってきた。


「わかった、わかった。心配ない、もう着いたぞ。……ここがあなたが最初に訪れた場所。フィレーネの城下に広がる街、プリンチペッサだ」


言われて顔を上げると、目の前には煉瓦作りの門がそびえ立っていて、綺麗に整備された石畳は街並みを抜けたずっと先の港まで続いていた。


私が目覚めた場所、はじまりの街。

あの日は確か、馬車に乗ってお城まで行ったのだっけ。


そういえば、この世界で初めてまともな挨拶をしてくれたのは馬車の御者さんだった。


同じ城にいるはずなのに、あれ以来会っていないなあ。……とはいえ、ずっと勉強の日々だったから当然かもしれない。


「……なんだか数日前の出来事とは思えませんね」

「そうか、私にとってはずっと待ち望んでいた日だったが……たしかに、あなたとはずっと前から共にいたような気もする。不思議なものだな」


笑いながら歩き出したシルヴィオが門を抜け、大きな通りをいきなり曲がって横の路地に入っていく。


「えっ、ちょっと!?」


大体こういう道は危ない道だって漫画とか映画が言ってた!言ってたのに!


手を引かれている上に、シルヴィオの肩には愛らしいレナードが居る。

真っ向から抗うこともかなわず、歩きながらぎゅっと目をつぶる。どうしよう、もしも怖い人がいたら……私まだ花びらしか出せないよ!?


一人ネガティブな想像へ突っ走っていく私とは裏腹に、周囲はとても楽しそうな声で満ちている。


そんな賑わいの中ですぐに立ち止まったかと思うと、シルヴィオがパッと私の手を放してしまった。


「ちょ、ちょっとあの、ルヴィ」


慌てて目を開けると、そこは思っていたよりもずっと明るく、路地の脇にはお祭りの屋台のようなお店がいくつも並んでいた。


漂ってきた良い香りの元もここだったらしい。風に乗って、お腹が空く匂いがたくさんする。


視界の中で緑色を探すと、シルヴィオは存外すぐそこに居て、簡単な紙に包まれたパンらしきものを二つ持っていた。


「待たせた、ジュリ」

「お、置いていかれたかと……」

「そんなわけがないだろう」


肩を竦めて、シルヴィオが歩き出す。


「次は飲み物を買おう。ジュリ、はぐれないように私のどこかを掴んでいてくれ」

「えっ、はい!」


少し迷いながらシルヴィオが着ている茶色の服の裾を掴んで歩く。

いつもの正装に比べると、ゆったりとした布地で掴みやすい。


フィレーネレーヴの指導があったからかシルヴィオはいつもよりずっと動きやすそうな服を着ていて、幸か不幸か彼の姿は程よく街に馴染んでいた。


周囲は美味しそうな匂いと、それを食べ歩く人たちの笑顔でいっぱいだ。

焼き鳥みたいなものもあれば、果物や魚を串に刺して炙ったものなど様々で、どことなく日本のお祭りみたいで楽しい。


ルンルン気分で周りを見ながら歩いていると、不意に流れる景色が変わって、少しずつ道を外れていく気がした。

どんどんすれ違う人もまばらになっていく。


「……ルヴィ、一体どこで飲み物を」


私が問おうとすると、突然前を行く茶色の歩みが止まる。身構えてなかったせいで、頭からまともにぶつかってしまった。


「っ……ちょっとぉ……」


ぶつかった反動でマントが少し脱げてしまったのを慌てて被り直す。

と、私の背後から見知らぬ男たちの声が聞こえた。


「おい見たか、黒い髪だ」

「ああ、間違いねえ」

「あの方の言ったことは嘘じゃなかったんだ」

「……え?」


不穏な空気に背後を振り返るのが怖い。

出来れば私のことじゃないといいな!なんて思いたいけれど、……とても残念な事に、今、黒髪はこの国で私一人しかいないのだ。


「ル、ルヴィ……」


震える手で目の前の茶色い背中に触れようとしたところで、それはくるりと振り返った。


「悪く思うなよ」


行き場のない手が宙を彷徨う。


「……あなた……誰、」



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