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王子様とお忍びデート



「私と二人きりで出かけよう」



二人きりで出かける?

……仮にも一国の王子様が?


私の疑問が言葉になるより早く、扉を開けて廊下の周囲を見回したシルヴィオが手招く。


「よし、今だ」


少し潜められた声がなんとも楽しそうな子供のようで、ちょっぴり呆れながら近寄っていく。……と。


「今だ、……ってちょっとぉ!?」


すぐさま私の手を引いたシルヴィオが廊下へと駆け出した。ぐんと引っ張られて、無理に止まることも出来ず前のめりに走り出す。


う、動きやすい格好で良かったー!とか思ってる場合じゃない、よね!?


ある程度の街の人々を一度に受け入れられるように、試験の間や修練の間があるこの場所はお城の中でも比較的出入り口の近くに造られている。

とはいえ、その門には不要な出入りを監督する衛兵が立っていたはずだ。


衛兵に見つかれば到底二人きりでの外出なんて出来る訳がないのに、一体このまま走ってどこに行くつもりなのだろう。


「し、シルヴィオ、さま」


背中を追いかける私の息が軽く切れ始めたところで、シルヴィオがぴたりと、壁に張り付くようにして止まった。


「……静かに」


人差し指を唇にあてて、目線だけで私にも壁にくっつくように合図を出した。


「……もう、」

「あれは……商人の為の見張りか」


渋々合図に従ってシルヴィオの横から壁の向こうを見ると、そこは青々とした草木が生い茂る庭のようなところだった。

……まあ庭といっても私の知るお家サイズの庭ではなく、お城サイズの広大な庭だけど。もはや公園といっても差し支えないような広さだ。


「え、と……見張りって……大丈夫なんですか?」

「ああ、心配ない。ここはこの城のもう一つの出入り口でもあるからな。」


私が心配したのはそういうことではないけれど、シルヴィオは構わず話を続ける。


「見張りと言っても特別何かあったわけではない。最初にあなたが訪れた場所が公に出入りをする為の正門だとするなら、こちらは商人の為の裏門と言ったところだ。」

「なるほど……」


言われてみれば庭の真ん中には石の敷かれた道が通り、城壁の一部は正門と同じように開かれている。大きさは正門の半分くらいだろうか。


「昔はよくこの裏門から街の子供達と抜け出し……ああいや、よく出かけたものだ」


今抜け出したって言った?

言ったよね?とじとっとした目で見る私を無視して、片膝をついたシルヴィオが足元近くの花からいくつかの葉を摘んだ。


「……でもどうやって、」

「コローレ」


問いかける私の前で、花石を握りながら摘んだ葉を頭にかざす。

一言、たった一言唱えられた瞬間からシルヴィオの銀色の髪が鮮やかな緑色に染まっていく。


「え、えぇえ……!」


驚きに霞んだ声を震わせる私に、一瞬で別人と化したシルヴィオが悪戯っぽく笑った。


「こうやって、だ」

「す、すごい……!私も、」


やりたいと言いかけて、つい先程詠唱にはことごとく失敗したのを思い出す。くう、私の素養め!


「……そうだな、たしかにそれでは目立ってしまうか。」


少し思案するように首を傾げると、シルヴィオが身につけていたマントを外して屈み込んだ。

そのままくるんと先の丸まった草をいくつか摘んだかと思えば、ざっとマントの上に広げて花石を握りこむ。


「コローリエ」


唱えながらシルヴィオが手を滑らせると、水色の布地が模様の付いた淡い緑色へと変わっていく。


「……これでどうだ?」


その出来に満足げに頷いたシルヴィオが、私の髪を覆い隠すようにマントだったものを頭から被せた。

首元でゆったりと纏められて、ドレスの半ばでふわりと揺れる。なんだかこの形はポンチョみたいだ。


「ふむ。悪くないな」


たしかに今日着ているドレスは落ち着いた緑色だし、シンプルな形のスカートにひらりと広がるマントはちょっとお洒落かもしれない。

……何より魔法使いっぽい。


内心でにやけていると、ゆっくりと手が差し出された。ついさっきとは大違いだ。


思わずいつも通りに手を重ねようとした私に、シルヴィオがゆっくり首を振った。


「違うぞ、ジュリ。そのやり方では身分のある者だとすぐにわかってしまうだろう?」

「……言われてみれば」

「いいか、今はただの男女だ。私はあなたをジュリと呼ぶし、……そうだな私のことは……」


呼び方でぱっと思いついたのは、フィルが呼んでいたアレしかない。


「ルヴィ、ちゃん?」

「……せめて呼び捨てで頼めるか」

「ふふ、ふ……わかりました」


あまりにも嫌そうな顔に思わず笑ってしまえば、つられたシルヴィオの顔も楽しそうな笑顔に変わった。


「さて、では行こうかジュリ。気分転換だ。私にこの街の案内をさせてくれ」

「……はい、そういうことならよろしくお願いします!」


たしかに、祝祭でどーんとあの花吹雪を散らそうにも私はまだこの国をよく知らない。


それに、一国の王子様にお忍びで街を案内される機会なんて早々あるものじゃないし、裏門からのお出かけなんて何よりワクワクする!


「お手をどうぞ?」


伸ばされた手にそっと触れて、ぎゅっと握ってみる。初めて会った時よりずっと、その手は温かい気がした。


「……こうですか?」

「ああ。……私は一度、あなたとこうしてみたかった」


同じ力で握り返されて、心底幸せそうに笑う。

緑色の髪が風に揺らめいて、歩き出したシルヴィオの背中が、どうしてか私の鼓動を速くした。


「む?……貴方方は?」


そのままゆっくりと門へ向かうと、横に立つ衛兵がやはり待ったをかけた。

一体どうするのかとシルヴィオを伺えば、ひとつ頷いて話し出す。


「どうも、あれ?さっきの人と違うなあ。今度二人で、新しく仕事を始める相談に来たのですが」

「たしかに交代はしたが聞いていないな。証はあるか?」

「ええ、はい、こちらに。でも残念ながら商談として成立しませんでした……ここまで身重の妻とこうしてやってきたんですけどねえ」


言いながら懐から紙を取り出してみせるが、衛兵はシルヴィオの話に気を取られて、あまりよく見ていないような気がする。


っていうか身重って!?


「そんなまさか……」


ほら疑ってる!

一人焦って、握ったままのシルヴィオの手を指でつつくも、当のシルヴィオはなんという事も無さそうに肩を竦めて紙をしまい込んでしまった。


ひい、怒られるよ!?


「ちゃんと掛け合ったのか?しっかりお話をすれば、わかってくださる方ばかりのはず。まして奥方が懐妊とは……入り用だろう?」


え、えーー!すごい心配してくれてる!?

こんな良い人を騙して抜け出すという、とんでもない罪悪感に苛まれる私を他所に、シルヴィオはわざとらしく肩を落としてみせた。


「ああ。……そうなんだ、だからまた来ることにするよ」

「そうか、道中気をつけろよ!奥さんを大切にな。……どうか花の導きがありますように。」

「ありがとう、あなたにも良い花の導きがありますように」


ん?……花の導きってなんだろう?

そういえばブルーナも前に言ってたような。


「ジュリ、行こう。」

「あ、はい!旦那、様」


手を引かれてハッとした私は、門番に聞こえるように言いながら慌てて門を出た。

そして、不意に目の前に広がった景色に思わず息を呑む。


お城が大きいことは薄々わかっていたけれど、それ自体がなだらかな丘の上に建っていることも、石畳が繋ぐ街並みの向こうにどこまでもきらめく水平線があることも、私は今、初めて知った。


青空と海の境はくっきりと分かれていて、丸い。

ああ、この世界もやっぱり丸いのだとわかってちょっとだけ安心する。


決して地続きではないけれど、どこかで元いた世界と繋がっているような気がした。これはただの私の願望なのかもしれないけれど。


「やっぱり綺麗な街ですね……」


しばらく景色に見惚れながら歩いていると、突然、目の前の草がガサガサと揺れて何かが飛び出してきた。


「ひょわ!?」


思わず声を裏返らせて身構えた私とは反対に、隣のシルヴィオが嬉しそうな声を上げた。


「……レナード?レナードじゃないか!」



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