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はじめての詠唱



「詠唱の言葉ってなんでしたっけーー!?」



助けを求めて叫んだ私に、シルヴィオが焦りながら早口で答えた。


「あなたは一体今何を想像したんだ!?ああいや、くそ、なんでもいい、なんでもいいからあなたが想像した物通りに唱えろ!」

「わ、私が想像したもの!?」


ええとさっき私が想像したのは花吹雪だから、花、花びら、ああでもどうせならかっこよく唱えたい!


青い光に包まれた私を、同じように花石を握りしめたシルヴィオが固唾を飲んで見守っている。


……そうだ、失敗してはだめ。


落ち着いて、落ち着いて。

もう一度慎重に想像しよう。


花姫様、花、花びら、花吹雪。


そんな言葉を並べて、ふっと思い浮かんだのは、シルヴィオと初めて会った時の景色だった。


花びらが舞い踊る世界の真ん中にシルヴィオが居て、まるでたった今起きたことのように、人々の喜びに満ちた声が聞こえた気がした。


すぅ、と一呼吸して花石から手を離す。


「……咲きほこる花よ、喜びに舞い踊れ!」


私の勢い任せの詠唱が終わるか終わらないかというところで、胸元で一層眩くきらめいたかと思うと、瞬時に青い光の全てが花びらの形へと変わる。

重力に逆らってさあっと天井へ登った花びらが、ひらひらと降り注いだ。


「これは……」


くるりくるりと遊ぶように私達の周りを踊って、床に落ちる前にきらきらした小さな光の粒になって消えていく。


「……なんと美しい」


手のひらを伸ばしてみると、手に触れたところからしゅわりと溶けるように消えてしまった。


「こんな力の使い方は初めて見た」

「し、ししシルヴィオ様?これって、」

「ああ。間違いなく」

「成功ですよね!?」

「成功だな。」


お互いに顔を見合わせて、笑い合う。


シルヴィオが頷くより早く、喜びの勢い任せに抱きついた。だってそうでもしないと床の隅から隅まで転げ回ってしまいそうだったから。

我ながら、喜びのあまり床を転がる淑女より婚約者に抱きつく淑女の方がずっとマシだと思う。


「やったー!!」


嬉しい叫びを口にしながら、ぎゅうぎゅうとシルヴィオを抱きしめる。

どうしたものかと悩むような手つきが、応えるようにぽんぽんと背中を叩く。


「ジュリ!……ジュリ、そろそろ離れ」

「はいなんですか!?うふふ、私今ならなんでも出来そうな気がします!」

「……ほう?では私にどうやったのかを教えてくれ」


とても興味深げな顔が私を覗き込んできて、

自分から抱きついたのにも関わらずそのあまりの近さに何も言えなくなってしまう。


だって、やっぱり、ふぁーすときっすだったんだもの。

うっかり、さっきもこんな風にキスされたのかな、なんて想像してしまった私は、何をどう想像して光がああなったのかなんてことはスコーンと忘れてしまった。


「あ……あわ……わかりません……」

「そんなことがあるか、もったえぶらずに教え」

「か、かか顔が近ーーい!!」


ぐぐぐっと頰を押して顔を離そうとする私にほっぺをぐにぐにされているシルヴィオが、とてつもなく不満そうな顔をしている。……当然か。


「シルヴィオ様のせいで忘れました!……あ、でも」

「でも?」


渋々離れて頰をさするシルヴィオが、なんとも訝しげに問う。


「シルヴィオ様のこと考えたら、成功しました!」


にっと笑って言うと、訝しげな表情のまましばらく私を見つめていたシルヴィオが、不意に溜息を吐きながら顔を逸らした。


「まったくあなたは……」

「なんでしょう?」


こちらから見えるシルヴィオの耳が少し赤い気がして、なんだかちょっとからかいたくなる。


「いいえ。なんでも……」

「えー、言いかけたことを言わないのはシルヴィオ様の悪い癖ですよう?」


ぴくっと僅かに肩が震えて、シルヴィオがこちらを向く。


「……その口をもう一度塞いでしまおうか、と言おうとしたんだ。これで満足か?」


ふっとからかうように笑ったシルヴィオが、言いながら、つぅと自分の唇をなぞった。くう、顔がいい。


「いえあの、スミマセンデシタ」

「わかればいい。さて……どうにも独自のものではあったが、フィレーネレーヴを扱うことには成功したな」

「はい!」

「今度はしっかり、ここにある詠唱を試していこう」


しっかり、という言葉が強く放たれて、余程心配をかけたのだとちょっぴり反省をする。


花石を握り直し、シルヴィオが掲げてくれた文言に沿ってイメージをしながらいくつかの詠唱を試してみる。


力の少なそうなものから順番に試してはみたものの。


「あのう……シルヴィオ様?」

「おかしい。……ここにまとめられたもの全てにまるで反応しないどころか、行き場を失った力が暴れもしないとは……」


難しい顔をしたシルヴィオの言う通り、私の青い光は一瞬動こうとして、すぐに花石の中に収まってしまう。


「ジュリ。残念ながら……あなたには一体どんな素養があるのか、全くわからない。」

「そ、そんなあ……」

「ただ、」

「ただ?」

「想いを調節することには長けているな。……力が暴れずに留まっている理由はそれ以外に考えられない」


確かに、力が暴れることを極端に恐れて破壊の想像を必死に食い止めてはいる。

そのおかげなのかはわからないが、最悪の事態は一向に訪れそうにない。


「果たしてそれが良いことなのか悪いことなのか……」


想像していたよりもずっと魔法が使えず、げんなりとして肩を落とす。


逆にどうして成功出来たんだろう?


「……あまり根を詰めすぎるのも良くない、今日はこのくらいにしておこう」

「そうですねえ、……ありがとうございました」


……いやいや私よ、二回でも成功は成功!

そう、例えまぐれでもなんでも成功は成功!


「よし!」


気を取り直して衣服を軽く整えていると、部屋に施したフィレーネレーヴを解除するシルヴィオと目が合った。


「ジュリ、予定よりずっと早く終わったな」

「……そうですね?」

「この為に時間は空けてあるな?」

「はい……?」

「ならば問題はないな。」

「……なんですか?なにか、」


やけに遠回りな感じで質問を重ねてくるなあ、と本質を突こうとすると、どうやら藪蛇だったらしい。

突かなきゃ良かった、と後悔してももう時すでにおすし。違った、時すでに遅し。


「私と二人きりで出かけよう」



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