王子様からの贈り物
「失礼いたします。ジュリア様。シルヴィオ様から晩餐を共にしよう、とのお誘いでございます」
ロベルトの言葉に頷きで応えて、ブルーナの先導で部屋を出ることにした。
廊下へ出る間際、一瞬だけブルーナとロベルトが視線を交わし合うと、それぞれとても優しい顔をして笑い合う。
あの笑顔はきっとリータのことだ。
そこに何も言葉はないのに、不思議と通じ合っている様子がなんだか羨ましい。……羨ましい?
……どうして?
父と母としてきっと思うことがたくさんあって、なんか、その、パートナー感が素敵……的な?
うんまあ確かに、ブルーナとロベルトは実際とても素敵だけど。
父と母といえば、私のお父さんとお母さんてどんな人だったっけ……?
頭上にいっぱいのはてなマークを浮かべながら歩いていると、いつの間にか小広間へと到着していた。
ちょうどロベルトが扉を叩くところで、内心で慌てながら考えていたことを霧散させる。
「失礼いたします、シルヴィオ様。……花姫様をお連れいたしました。」
扉を開けたロベルトが、軽く礼をした後で部屋の中へと案内してくれる。
お礼の意味を込めて微笑みながら小広間へ入ると、シルヴィオはもう席に着いていた。
「ああ、お待ちしておりました。私の花姫様」
数日ぶりに会ったシルヴィオの顔は、少しだけ疲れているように見えた。
ブルーナに目配せをして席に着かせてもらうと、シルヴィオに応えるべく挨拶を返す。
「お待たせして申し訳ありませんわ、シルヴィオ様。わたくしも、あなたとの食事が待ち遠しくて……お誘いいただいたこと、心より嬉しく思っています。」
数日前に食事をした時はしどろもどろだった挨拶も、無事噛むことなく言い切って、にっこり微笑む。
この笑いは婚約者への照れを嫌味なく可愛らしく、ちょっぴりだけ含めた令嬢スマイルである。
これにはきっとご令嬢方を見慣れたシルヴィオもグッとくるに違いない。
ひょっとして私、演技の才能があるのかも!?
なんて内心で自画自賛する私を見つめたまま、シルヴィオが言葉を失ったように固まっている。
「……シルヴィオ様?」
笑顔のままそっと首を傾げると、瞬時にはっとした様子で動き出す。
「申し訳ありません、つい……私の花姫様のあまりの可憐さに心を奪われておりました」
返ってきたのはいつも通りの王子スマイルだったので、言われた言葉もするりと耳を滑っていく。
くう、私もまだまだだった。精進しよう。
「本日のお料理は趣向を変えて順にお出しいたします。まずはこちらを。」
ロベルトが運んでくれたお皿には、夜景が綺麗なレストランで出てくるようなお洒落な前菜が盛られていた。
順に出すということはこれはコース料理なのかもしれない。……コース料理も夜景もドラマや映画でしか見たことがないけれど。
記憶と一つ違うところは、料理と一緒にカトラリーが出てくる点だけだ。
外側から順番に使うんだっけな、というぼんやりした知識しかない私にはわかりやすくて非常に助かる。
「いただきます。」
何を食べても美味しいことに感動しつつ、出来るだけ食べ方にも気を遣いながら食事を進めていくと、時折シルヴィオからの視線を感じる。
口元を拭いながらシルヴィオに視線を向けると、今度はシルヴィオが食事に集中していてタイミング悪く視線が合わない。
そんなことを繰り返している内に、気付けば全てのコース料理を食べ終えていた。
「ごちそうさまでした。……全て、とても美味しゅうございました。」
「それは何より。私も……久しぶりにあなたと共に出来る食事が幸せでした」
微笑み合ってシルヴィオが席を立つのを待っていると、その唇は予想に反して人払いを告げた。
フィレーネレーヴの施された小広間で、ブルーナの用意してくれたお茶を飲む。
「……シルヴィオ様。お疲れでございましょう?」
話し出す気配のないシルヴィオに向かって何故退室しないのかを問いかけると、その表情は目に見えて難しい顔になった。これも久々に見る。
「ジュリア。その口調でなくていい。自分を見失うな。」
「……え」
いや私、すごい勢いで勉強して練習したんですけど!?
食ってかかろうとする私を見越して、ひらりと手が振られる。
「ああ、いや。言い方が悪かったな。すまない。私の前でだけでいい。……頼むから素のままのあなたでいて欲しい。」
「……どうしてですか?私結構頑張ったんですよ」
少しだけ口を尖らせる私を見て、ひどく安心したようにシルヴィオが笑った。
「たしかに、よく励んだ。聞けばリータも召し上げたのだろう?私はこの数日、あなたの成長ぶりにとても驚かされた。」
「そうでしょう、そうでしょう!」
口調はすんなり元に戻せるが、身体に覚え込ませた所作はいい感じに馴染んでいるらしい。
褒められた嬉しさに任せてガッツポーズを決めなかった私、成長してるぅ!
「そこで、ジュリア。……私もやっと時間をつくることができた。」
「そ、それはつまり!」
「ああ。あなたの気が変わっていなければ明日からフィレーネレーヴの指導を始めよ」
「ううう、やったー!」
「うかと……、いや、聞くまでもなかったか。」
待ちに待ったシルヴィオの言葉に、飛び上がるわけにも、踊り出すわけにもいかず。ただただその場で自分の肩を抱いて身悶える。
ブルーナがちょっと咎めそうなグレーゾーンだが、敢えて見て見ぬ振りをしてくれているらしい。
念願の魔法を学べる嬉しさは何にも勝ってしまう。ごめんねブルーナ!
「ありがとうございます、その為に頑張ってきたといっても過言じゃないです!」
興奮冷めやらぬ私を手振りで落ち着かせて、シルヴィオがロベルトやブルーナと予定を詰める。
魔法ってどんな魔法があるのかなー、見た感じみんな魔法使いの杖みたいなものを持ってないけどそういう魔法アイテムがあったりもするのかなあ!?
だめだ、やっぱりこの興奮は冷ませないと悟って一人でソワソワしていると、不意にシルヴィオと目が合った。
「ジュリア。明日からの為に、あなたに贈りたいものがある。」
そう言ったシルヴィオに、ロベルトが小さな紺色の箱を手渡した。
毛足の短い布張りの箱を持って、シルヴィオが席を立つ。
夜景が綺麗なレストランで出てくるような食事に、高級そうな小さな箱、歩み寄ってくる婚約者。
こ、これは、アレか。
かっこいいプロポーズ……はもうされてるな?
意図が掴めず一人首を傾げていると、後ろに立ったシルヴィオがそっと私の首元へ手を伸ばす。
首にひんやりとした何かが触れると同時に、私の胸元にキラリと青く光るものがあった。
「私からの贈り物だ。……思った通り、よく似合っている」
背後から覗き込んで微笑んだシルヴィオが促すまま、自分の胸元にあるものを手に取って見る。
それは小さな花の形をしていて、いくつかの青い石が埋め込まれているネックレスだった。石を留める飾りもまた細かく、美しい。
「……綺麗……」
「これはフィレーネレーヴを扱いやすくする為の花石と呼ばれる宝石だ。……石の中にも花が見えるだろう?」
覗き込んだ石はたしかに、とても小さな花がいくつも透けて見えるようだった。
「花石……シルヴィオ様もこちらを?」
「ああ。今までは飾り気の無いものだったが、今回はあなたと……その。お揃いのものに変えた。」
きました魔法アイテム!とテンションを上げるよりも、シルヴィオの口から出たお揃いという言葉に顔が熱くなる。
「あ……ありがとうございます……。でもその、なんでまたお揃いに?」
「……お揃いのものを身に付けるものなのだろう?」
問いかけに問いかけで返された上に、覗き込んだ体勢なのを良い事にシルヴィオがわざと声を潜めて付け足した。
「恋をしている者は。」
「な……っ!それは!」
私の心が定まるまで答えを求めないと言ったくせに、と口走りそうになる私からさっと離れてシルヴィオが笑う。
「さあ、明日は早いぞ。……部屋まで送りましょう、花姫様」