修行の成果と新しいメイド
「……あら、まあ。」
「うふふ。」
ブルーナと二人で笑い合っていると、部屋の扉を軽い力で叩く音がした。
「失礼をいたします。り……リータでございます」
扉の向こう側から聞こえるリータのハスキーがかった声が、心なしか少しだけ震えているように聞こえる。
ブルーナへ一つ頷くと、扉に施したフィレーネレーヴを解除して迎え入れた。
「……失礼、いたします」
……そういえば、この部屋にかけてある魔法って一体どんな効果があるんだろう?
この数日でtheお嬢様!といった所作やら何やらはお腹いっぱい勉強したけど。
フィレーネレーヴを教わるはずのシルヴィオが忙しそうなので、まだまだ知らないことだらけだ。
それに、リータに教わらなければならない事もあるし。
……その為に、まずは。
「リータ。よく来てくれました……待っていましたよ。」
ドレスの袖が捲れないよう気をつけながら胸元に片手を当てて、優しく微笑む。
「あ……!……あの、わたくし……この間は」
「ふふ、覚えています。」
そんな私の姿を見ても、少し目を見開いただけですぐに俯いてしまう。
むむ、負けないぞ。
体勢をキープ!笑顔もキープ!
「……っ本当に、もうしわけ」
「あら、何を勘違いなさっているの?」
ほうら、やっぱり謝ろうとした!予想通り。
ここだ!ここで決めてみせる!
「え……?」
「わたくしはただ……わたくしのことを想ってくださっていたリータに会いたかっただけですよ。……どうか、謝るなんて真似は止して頂戴?」
ここぞとばかりに数日鍛えたにっこりスマイルを浮かべる。
この笑顔に名を付けるなら、うーん。名付けるなら、フラワー・サンシャイン・スマイルだ!
「あう……あ、ありがとうございます……!で、でもあの、」
む。まだだめか、と。もうひと押ししようとしたタイミングで、再び扉が叩かれた。
「失礼を、仕立て屋でございまぁす」
ノック音と共に上り調子の声が聞こえ、ブルーナが挨拶を交わして数人の女性を招き入れる。
揃って礼をした後で、薄紫色のアシンメトリーな髪型をした女性が一歩前へ出た。
「ご機嫌麗しゅう、花姫様。ワタクシ街一番の仕立て屋と自負しております、マウラと申しますの。以後、ご贔屓に」
爽やかな色合いのストライプのドレスを少し広げて、ニッと笑う。
私が応えるように軽く頷いて笑うと、マウラが手を叩いて合図を送った。
それを受けた女性達が、慣れた手つきで必要な道具や大きな紙をいくつも広げて、すぐに採寸作業が始まった。
「此度はどのようなドレスをご所望でしょう?」
問いかけられたブルーナが、やたらと書き込みの多い紙を取り出してマウラに渡す。
「……ふむふむ。なるほど、第二王子様とのお揃いでございますか。こちらはこの図案通りにするとしまして……他のドレスには流行りの意匠も種々ご用意できますが、どうなさいます?」
手渡された紙を見ながら、マウラが横目でリータを捉えた。
「貴女。何か言いたいことがありそうですわね?」
急に問われたリータが、一体ここでなんというべきなのかと、少しだけ困ったような顔をした。
……そうだ、ここでもうひと押しさせてもらおう。
細かく採寸をされながら、困惑するリータに向かって少し首を傾げて微笑む。
「……ね、リータ?あなたはわたくしにどのようなものが似合うと思って?」
「えっ、わたくしでは……」
「いいえ。あなただからこそ、意見が聞きたいのです。教えてくださる?」
あなただからこそ、という部分にいろいろな意味を込めて言えば、とても感激したような目で何度も頷いてくれる。
「で、では!」
そうして、リータの花姫様への熱い想いと、マウラの仕立てへの熱い想いとがぶつかり合う。
私の採寸が終わっても尚、二人のその話し合いは続いていた。
「ああなるとマウラさまは手がつけられません……」
そんな風にぼやく女性の言葉には、思わず顔を見合わせたブルーナと笑ってしまった。
白熱する話し合いを横目に、ブルーナが女性達へお茶を振る舞う。
一緒にのんびりとお茶を楽しんでいると、やっと話をまとめたらしい二人が握手を交わしあった。
「……良い話し合いでした、マウラ」
「ええ、その通りです。花姫様のご衣装はこのマウラにお任せくださいませ」
意気揚々と片付けて、マウラ一行が去っていく。
「ではまた、試着の場でお会いいたしましょう、花姫様。本日はこれにて失礼をいたしますわ。」
去り際に頷きあったマウラとリータが微笑ましい。よくある友情の芽生えってこんな感じよね!
……きっかけが私というのがなんとも複雑な気がしてしまうけれど……。
「あの、花姫様。……本日はお招きいただいて本当にありがとうございます。わたくし、とても、とても楽しゅうございました」
カップを傾ける私へ、嬉しそうな様子のリータが歩み寄る。
どことなくスッキリして見えるのは、長年溜め込んだ情熱を少しばかり吐き出せたからだろうか。
「それは何より、わたくしにとっても嬉しいことです。……リータ?」
「はい、なんでございましょう?」
「わたくし、お願いがあるのですけれど」
「……はい?」
そっと音を立てずにカップを置いて、出来るだけゆっくりとリータを見る。
「リータ。わたくしのすぐ傍で働く気はありませんか?」
「……そ、れって」
「ええ。わたくし、あなたに専属のメイドになって欲しいのです。……どうかしら?」
ふんわり微笑んで、リータの返事を待つ。
しばしの沈黙の後で見開かれた緑色の瞳から、不意にぽろりと雫が溢れた。
「わ……わたくしで、よろしければ……っ!」
「……ふふ。決まりね。」
「ええ、ええ……!喜んで、お仕えいたします……!」
ぽろぽろと溢れる涙を敢えて見ないふりをして、目を潤ませたブルーナと頷き合う。
落ち着いた頃合いを見て話し合い、リータもブルーナと同様に扉続きの部屋に住むことになった。
「では……早速準備をさせていただきますね、花姫様」
部屋を移動する支度の為に立ち去ろうとするリータへ、ふと思い出して声をかける。
「リータ、」
振り返るリータに、一つ淑女の礼を見せて。
「わたくしの名前はジュリアと申します。……これから、よろしくお願いいたしますね。」
にこっと微笑んだ私にとびっきりの笑顔で頷いたリータが退室すると、すぐ入れ替わるようにロベルトが訪れた。こちらもどこか嬉しそうな顔をしている。
「失礼いたします。ジュリア様。シルヴィオ様から晩餐を共にしよう、とのお誘いでございます」