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精霊の昔話



『ねぇ、…… チャン。……ねえ、ねえったら!』



暗がりで誰かの声がする。

呼ばれているような、そうでもないような。


『うーん……もう少し眠らせて……』


むにゃむにゃと呟きながらも絶対に目を開けるまいと、瞼にぎゅっと力を込める。


『もー!』

『ねえこの子起きないよ〜』

『フィルさまー!』


複数人の幼い声がすぐ側で聞こえた。

……ん?今聞き覚えのある名前が呼ばれたような。


『つまんなーい!』

『あら。アナタ達、もう声かけちゃったの?』

『だってぇ。』

『フィルさまだけ挨拶したなんてズルいもん!』


聞き覚えのある特徴的な喋り方に、渋々瞼をこじ開ける。


『……え』


広がった私の視界に飛び込んできたのはなんと一面の花畑で、少し先にはテーブルセットでくつろぐフィルの姿も見えた。


『ここは一体……』


これは、これは夢?夢の中で夢?

混乱する頭で目を擦っても、やっぱり景色は変わらない。


『……お目覚めかしら。』


目を凝らして見ると、フィルの周りには手のひらサイズの小人がふよふよと浮かんでいる。

瞬時に思考を止めたわたしは、目を閉じてそっと自分の頰を抓った。


『……い、いたくない……!ってことは、これは夢!!』


高らかに宣言して目を開けると、ばっちりと目が合ったフィルが微笑んだ。


『こんな所に呼んじゃってごめんなさいね、花姫チャン。』

『花姫チャン!花姫チャンだー!』


フィルの一言で周りに浮かんでいた小人が一斉に飛んできたかと思うと、順番などお構い無しにわあわあと口を開き始めた。


『え、』

『花姫チャンかわいーねー!』

『こら、アタシが話してるでしょ』

『あっかんべー』

『んま!』

『ちょっと、』

『ねえねえ、花姫チャンはこの世界に来れて良かったあ?』

『花姫チャーン!花姫チャンがお姫様になりたいって言ってたの叶えたよ〜!嬉しい?』

『あの、』

『王子様すきでしょ?だからね、』

『う、うるさーーい!!』


思わず全ての声を遮るように叫ぶと、小人達はぴたりと口を閉ざした。


『何言ってるかさっぱりわからないので、順番に!お願いします!』

『じゅんばん?』

『そう、まずは……黄色い花柄のあなた!』

『わあやった〜!花姫チャンに会えて嬉しいよ〜!ボクねえ、葉の精霊なの〜!』

『葉の精霊……?』

『そうだよ〜!花姫チャンのこと好きだからお茶も美味しくなるように頑張ったよ〜!』


にこにこした小人が、青い光で葉っぱの形を作る。


『あまくて美味しかったでしょ〜?』

『……そういえば。たしかに美味しかったです。』

『えへへ〜!よかったあ、じゃあまたね〜!』


ありがとう、と伝えると、葉っぱの光が消えるのと一緒に黄色い小人が姿を消した。


『消え……!?』

『あー、花姫チャン。その子達がどうしても会いたいっていうから呼んじゃったんだけど……全部聞いてたら朝になっちゃうわよ。』

『いや、それより消え……』


問いかけようとする私と、順番を待つ小人達との両方へフィルが軽く手を振ると、小人達はそれぞれに別れの言葉を告げて消えていく。


『……あの小人さん達は』

『ええ、みんな何かしらの精霊よ。アナタのことが好きな子達だから……きっとこの先力になってくれるわ。』

『へ、へえ……』


まだ実感という実感は何もないけれど、ロベルトが言っていた愛されている、というのがこのことならなんかちょっと嬉しい。


他にはどんな精霊がいるのかも気になるけれど、またそのうちに会えるのだろうか。


『会えるわヨォ。この世界ほどハッキリとは無理かもしれないけど。』

『……また口に出て!?』

『うふ。ここはあなたの夢とアタシの力が混じった場所だから……アタシには聞こえちゃうのよね。』


だからあの子達もハッキリ見えたのよ、と付け加えて席に座るよう促される。


『フィルの力って』

『そう、フィレーネレーヴ。あなたの思う言葉に直すなら花の夢……あら素敵。』

『……もしかして今までこうやって言葉を?』

『ご明察。』


ふふっと笑うフィルの金の瞳が、私のどこまでをも見透かすようで思わず目を逸らす。


『ねえ、花姫チャン。』

『はい……?』

『記憶を取り戻せたら、どうする?』

『……え?』


不意に見上げたフィルの顔はとても真剣で、私の空白の部分が揺さぶられるような気がした。


『……アタシの昔話、聞いてくれる?』


首を傾げる動作に合わせて、シルヴィオと似た銀の髪が揺れる。ゆっくり頷くと、フィルが目を伏せて話し出した。


『アタシの……私の愛した花姫様は、夢の世界を渡って何度も会いにきてくれた。その時はまだ、国王なんて重たい肩書きのないただの精霊で……ただ、異なる世界の女の子が面白かったんだ。』

『面白かった?』

『うん。この国をつくる前の私は、ずっと旅をしていて……力があるが故に、人間の醜いところもたくさん見てきたよ。……けれど彼女だけは違ったのさ。』

『……それが初代の……』

『そう。精霊と知ったって目を輝かせて話を聞いて、なんだっけ?そうそう、歌にしなければって言ってたかな。……見るもの全て、彼女の目には違うものが映っていると思うと、なんだか世界が愛しくなった。それで……』


伏せられてはいるけれど、絶対に今優しい目をしている。そう思えるくらいに、語る声そのものが優しい。


私の思ったことをすぐに悟ったらしいフィルが軽く咳払いをした。


『……それで、この国を建ち上げた。必要以上に悲しい思いをする精霊も人間もこれ以上増えないように。』

『……そのとき、花姫様は?』

『勿論一緒に居てくれたよ。ただ……王国として安定して……子供を一人産んだあとで、私の前から居なくなってしまった。』

『そんな、』

『ああ、何も言わずに消えたんじゃないんだ。彼女は、この世界にずっといるうちに忘れていた大事な事を思い出した、と言って……そうして、跡形もなく消えた。』


何も、フィルへかける言葉が見つからない。

ただ頭の中で、大事な人を失って、ずっと生き続けるのはどんな気持ちなんだろう、と考えてしまって慌てて首を振った。


『……ごめんなさい』

『やだ、謝らないで頂戴。アタシは大丈夫よ、彼女の血は今も続いているもの。……むしろごめんなさいね。こんなに長々と。』

『いえ、いえ……』

『もう。気にしてないわよ。……アタシが彼女の姿になるのはね、国をつくった当初の気持ちを思い出したい時なの。今まで何人もの子供達が王様になったけれど、その度に彼女の姿で話をしてきたわ。』

『……ん?……王様と話すんだとしたら、どうしてシルヴィオ様は』

『あら、当然じゃない。正統に血を継いでいるのはルヴィチャンだけだもの。』


あれ?ええと、シルヴィオ様だけってどういうことだろう?

母親が違うといっても、第一王子だって半分は王様の血をひいているはずじゃあ。


『口がすべったわね。忘れて頂戴。そんなことよりアタシが言いたいのはね、花姫チャン。』

『はい?』

『最初から記憶のないアナタの場合はどうなるかわからないけれど、この世界にいればいるほど……元いた場所の記憶を失いやすくなっているみたいなの。』

『……えっ』

『ただ、花姫サマや何人かの花姫チャンのように何かをきっかけにして思い出すこともあるかもしれない。……少しお節介だけどね、ルヴィチャンのことは心配なのよ。』


心配、というのが何を意味するのかわからなくて、ゆるりと首を傾げる。


『愛する人をいきなり失う覚悟をさせるのは酷だけれど……何も知らないより、辛くはないと思うの。だからね、花姫チャン。』


そう前置いて、私が返事をするより早く、畳み掛けるように口を開く。


『記憶を取り戻せたら、アナタはどっちの世界を選ぶ?』



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