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異世界での眠り



「ひえ……が、頑張ります……。」



人前で挨拶だなんて生まれてこの方数えるほどしかしたことが無いはずだけれど、自分で決めたことだもの。やり遂げてみせましょう!


「予定はこんなものか。」

「ええ。早速明日より始めさせていただきますわ。」

「では本日はこの辺りで。」


揃って手帳を閉じ、立ち上がったロベルトとブルーナが手早く片付けを始めた。


二人の仕事の終わりを見極めて自ら席を立とうとするのを、手振りだけでシルヴィオが制す。


「こういう時は待つものだ。」

「え、でももうすぐ……」

「違う、あなたは今誰と食事を共にした?」


言いながらロベルトに椅子を引かれたシルヴィオが立ち上がった。私一人困惑したまま、こちらへ向かって歩き出したシルヴィオに小さく首を傾げる。


「……シルヴィオ様です。よ?」

「そうだな。その私はあなたにとってどんな存在だ?」

「どんな……」


どんな、と問われると余計にわからなくなる。王子様はこの場合きっと違うな、ええと。あ、そうか、今度のお祭りで婚約発表予定、ということは。


「旦那、様?」


思い至った単語に突貫で敬称を付け加え、すぐ近くで立ち止まったシルヴィオを見上げて呼びかけるも、何故だかすぐには返事が返ってこない。

しばらくそのままでいると、不思議な間が空いてからやっと頷いた。


「……そうだ。……いや違う、正確には婚約者だな。婚約者や親しい者との食事ならば尚更、挨拶もなく席を立つということは、気分を害したと宣言しているのと同じだ。」

「な、なるほど!すみません……そんなつもりでは、」

「わかっている。これから覚えていけば良いだけだ。」

「はい……、あの、こういう時はどうすれば?」

「待てば良い。……私との食事ならな。あなたにこう声をかけないことはないのだから……ジュリア、部屋まで送ろう。」

「……あ、ありがとうございます。」


傍に立ったシルヴィオが差し伸べてくれる手に自分の手を重ねて立ち上がる。


「まあ。うふふ、そうしていると本当に夢物語の絵のようですわね。」

「ブルーナ、」

「これはリータの理想に一歩近付けましたかね!?」


少し呆れた様子でブルーナを呼んだシルヴィオが、私の言葉でさらに呆れたように、けれどなんとなく楽しそうに笑った。


「その調子だ。」



ロベルトによって扉に施されたフィレーネレーヴが全て解除され、シルヴィオのエスコートで部屋を出る。


ほのかに赤く照らされた廊下は、より重厚で初めてお城に足を踏み入れた時よりも暖かく感じる。とはいっても絶対に一人では歩きたくない。夜は特に。


そんなことを思って歩いていると、不意にシルヴィオの顔が近付いてきた。


「明日から忙しくなるが……つらくなればすぐに私に言ってくれ。どんな時でもあなたの為に時間を割こう。」


数歩後ろを歩く二人に聞こえない程度に小さくされた声が、とても優しい。


「……つらくなったら何をしてくれるんですか?」

「その時は……また何度でもあなたの名を呼ぼう。」


ふっとすぐ横で微笑む気配がした。

つられて笑うと、後ろからも微笑ましげな笑い声が聞こえる。


「まあ、まあ。仲睦まじいこと。あんなにも寄り添って……」

「ブルーナ、止しなさい。」


聞こえていたのかと横目に振り返ろうとするシルヴィオより早く、私達は部屋の前へ辿り着いた。


「もう、着いてしまったか。」


残念そうに呟いたシルヴィオが、くるりと身を翻してゆっくりと私の髪を梳いた。


「……どうかあなたに、幸せな夢が訪れますように。おやすみなさい、私の花姫様」


夢。もしも、もしもこの世界で眠った私が、次に目覚めたら。

その時はもう、この世界にはいないのかもしれない。そんなことが急に思い浮かんでしまって、すんなりと返す言葉が出てこない。


一向に返事をしない私から、シルヴィオが手を引いて離れようとした。


「……あ……シルヴィオ様!」


慌てて、離れていくシルヴィオの手を縋るように掴む。驚いたような、嬉しいような瞳が、真っ直ぐに私を映していた。


「あの、その時は……その時はよろしくお願いしますね……?」


なんとか絞り出した言葉をぶつけると一瞬の間を置いたシルヴィオの顔が、王子スマイルを超えたキラキラの、本当に嬉しそうな笑顔へと変わった。


「ええ、喜んで。私の……」


言いかけて、ハッとした様子で顔が近付く。はじめてこの部屋の前で別れた時と同じように、シルヴィオの唇が耳元に寄せられた。


「ジュリ。……おやすみ、ジュリ。」


くすぐったいのに、耳からじんわりと広がっていく温かさで不思議と胸の奥が満たされる気がする。


「……おやすみなさい、シルヴィオ様」


詰まった息を吐き出すように、一呼吸して挨拶を返した私は、部屋への道を戻るシルヴィオとロベルトと別れ、昼間ぶりの自室へと入る。


ブルーナが扉へフィレーネレーヴを施した後で、ドレスや飾りをさっと外して昼間同様に汗を流してくれた。


「ジュリア様、今日は本当にお疲れでしょう。どうぞ、早めにお休み下さいませね。」


寝間着というには可愛らしいワンピースを着て、大きなベッドへと案内される。

これぞお姫様と言うべき天蓋がついていて、するりと布を引いてその中で眠るようになっているらしい。


「ありがとう、ブルーナ……おかげで良く眠れそうです」


手入れをしてくれている間も心地よくて危うく浴槽の中に沈みそうなほどだったけれど、ブルーナの腕前は素晴らしい。短時間なのにやっぱりお肌がつるぷよだ。


「それは良うございました。わたくしは花姫様のお部屋から繋がった隣室をひとついただいておりますので、何かありましたらこちらの鈴でお呼びくださいませ。」


言いつつ、花束の形をした金属を取り出してベッドのすぐ横へ置いてくれる。


「さ、もう横になってくださいませ。……おやすみなさいませ、ジュリア様。」


促されるまま横になると、滑らかな肌触りの布と程よい弾力の布団に包まれてすぐにでも瞼が閉じてしまいそうだった。


「おやすみなさい、ブルーナ」


なんとかそう言ってブルーナを見送る。

もう限界だ。


うつら、うつら、視界が揺れる。


抗うこともなく、すぐに気持ちの良い暗闇に意識を落とした。




『ねぇ、……チャン。……ねえ、ねえったら!』



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