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物語のフィナーレ





「樹里」





『……本当にいいの?』

『ああ。……誰よりも家族の大切さを教えてくれた彼女を、家族のもとに帰さない理由がないだろう。……どうか頼みます、フィレーネ様』

『……ええ。想いに咲きほこる花よ、……舞い上がれ、この世に導かれた貴い魂を、時を超え、元在った場所へ……ーー』









「……樹里、小野樹里!」


怒りの滲む声にはっと目が覚めて、あまりの体の重さに唸る。

……ええと、私は一体、何をしていたのだっけ。


ぼんやりとした目で辺りを見回すと、講堂中の視線が私に向けられていた。


「居眠りとはいい度胸だなあ、小野」

「っあ……?」


咄嗟にはまともな声が出せず、私は首を傾げながらなんとか声を絞り出した。


「っす、すみま、せん……先生」


ほんの少しの居眠りだったとは思えないほど、まるで長い時間眠っていたような喉の渇きがあるのに、自分のノートと教壇にあるホワイトボードを見比べてみても、その進行に大差はない。


「よっぽど良い夢でも見てたのかあ?教師目指してるならしっかりしろよお。先生が眠ってちゃ授業にならないだろう」


からかうようにそう言った先生に少しの笑い声が上がって、みんなの視線はいつもの授業風景へと戻った。


……首を傾げる私だけが、どこか取り残されたような思いで。


何か、とても長い夢を見ていたような気がするけれど。

いくら思い出そうとしても、そんな気がするだけで。胸に残るほのかな温かさ以外には、何も思い出せなかった。


「…………?」


ふとなんとなく自分の胸をさすると、指先に覚えのない金属の感触があった。


……あれ?私ネックレスなんて。


先生の動きを盗み見ながらそっと取り出してみると、花の形を模したらしいそれはとても美しい青色をしていた。

石の中で光る小さな花がまた綺麗で、光に透かすと細かな細工もよくわかる。


……可愛い。こんなの、いつ買ったんだっけ?





結局、そんなことも思い出せないまま月日は流れ、いくつかの季節を超えて。


私は今、何故だかとても見覚えのある場所に立っていた。


昔にだって来たような覚えはないのに、見る景色も雰囲気も、不思議と懐かしくて。……まるで、心が締め付けられるような。


「せんせーー、何してんの?」

「見回りよ、見回り。修学旅行だからってはしゃいで騒がないのよ!」

「わかってまあす」


わはは、と笑って走る生徒を嗜めながら、砂利の上に落ちていたハンカチを拾い上げる。


……誰かの忘れ物か、落し物かなあ?あとで生徒達にも聞いてみないとなあ。にしてもこのハンカチ、どこかで……


まるで庭に茂った草花をそのまま映したような、不思議なハンカチを眺めながら歩き出すと、走り寄ってきた生徒の一人が私の腕に縋りついた。


「ね!せんせえ見て、あの人めっちゃイケメン……!しかもこっち見てない!?」


やけにはしゃいだ様子の生徒が指した先には、細かな青い花の刺繍が施された服を着た、銀の髪の男性が立っていた。


ざあっと風が吹いて、彼の美しい銀髪が揺れる。


……綺麗な人。どう見積もっても外国人だろうし、観光かな。


「せんせえ?」

「はいはい。いいからもう行きなさい、失礼でしょ」

「はあい」


持っていたハンカチを振って生徒を送り出すと、静かにこちらを見ていた銀髪のイケメンが、私を見て明確に笑った。


どくん、と心臓が高鳴って、ふっとどこかで見た景色だなと思い出す。


「それを拾ってくださってありがとう。……美しい、あなたのお名前は?」


……な、なんだろう、もしかするとイタリアの人かな?初対面で美しいだなんて。


赤くなる顔を振って、歩み寄ってきたイケメンに畳んだハンカチを差し出す。


「あ、貴方のでしたか、雑な扱いをしてすみません。私は小野です。小野、樹里……」


ハンカチを差し出した手ごと、大事そうに、まるで宝物を貰ったように優しく握られて。そうして彼の温かな手が、ゆっくりと私の手を包む。


「樹里」


その優しい声が、私の心までもを包みこむようで。

どこからか吹いた風が、花びらを躍らせた。


「……私の名前は、」


私の手を取ったまま自分の名を述べようとしたイケメンの、綺麗な青の瞳が、無数の花びらに彩られる。


ーーああ、私は知っている。


どくどくと脈打つ心臓が、私の言葉より早く想いを溢れさせるようで、ぽろりと、涙が零れた。


ーーこの人を、この、美しい瞳を。





「シルヴィオ」





時を超えて、心の底に在り続けた想いが彼の名前になって溢れ出た。


世間体も、場所も、囃し立てる生徒の声だって、もう何も気にならなくて。

私は無我夢中で彼を抱きしめていた。


「あいたかった!……きっと、ずっと」

「……私も、あれからずっと……樹里のことを想っていた。」

「じゃあどうして、あの時」

「あなたを家族の元に帰すと約束したからな」


私の涙でじわりじわりと濡れていく胸元を、シルヴィオがそっと叩いた。そうしてすぐに取り出されたのはいつしかに染めた手帳で、使い込まれているのか紙の端が少しへたってしまっている。


「ずっと、……言い損ねていたが。」


まるで背景にでもするように表紙を広げて、優しく青い瞳が私へと向けられる。


「好きだ、樹里。この世やあの世の何より、……あなたが、好きだ」

「!わ、私も……」


涙目で頷く私の頰に手を添えて、手帳の陰でそっと口付けられた。


ふと微笑みあって、手帳の向こうで聞こえる生徒の冷やかしに苦笑する。


けれどもシルヴィオは離れようとした私の手を取って、その場に跪いた。


ーーああ、やっぱり。様になっているけれど似合わないなあ。


……なんて思いつつ、シルヴィオの挙動を見守る。きっとこれは、あれに違いない。


取られた左手の先に青い石の嵌った指輪があてがわれて、そのまま気恥ずかしそうな顔がこちらを見た。


「樹里。……私と、婚姻していただけますか」


いつしかのプロポーズをなぞったシルヴィオに、涙と笑いが一緒になって溢れる。


「ーー喜んで!」













『……かくして、花姫チャンとルヴィチャンは世界を渡り合いながらも、晴れて一国を治める国王夫妻となっていったのでした。花姫チャンのご両親もあちらでは定年を迎えてこちらで夢だったアイスのお店を開いたりしてね、いろんな味があってそりゃもう美味しくて……って。え?生きていた世界が違うのに、一体どうしたのかって?』



『うーん。……ほんとはフィレーネ王国における重要機密事項なんだけど』



『まあいっか。あなたは今までの二人の見届け人だものね。』



『誰かを想う、その想いは世界をも超えるものだもの。……あなたも、物語のフィナーレは、二人が幸せであるようにって想ってくれたのじゃない?』



『わかるわ。私だってそう願ったもの。きっとみんなの想いが通じたのよ。』



『ね。夢みたいでしょ?』








『……なーーんてね!』









fine.




ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


私の人生において、初の物語の完結です。

ブックマークや評価も、日々の励みになっておりました。


ここまで来るのに拙い部分も多かったと思いますが、この物語を共に見届けてくださった皆様の日々に、どうか良い花の導きがありますように。


シオ

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