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「咲きほこる花の名は、」





……夢を、見た。

遠きあの日に見た、少女との夢。


再びあの地に立って、やっと全てがわかった。


命の花に囲まれて、出会った彼女。

彼女は……ーー





ふと賑やかな気配に目を覚ました私は、見慣れぬ高い天井と慣れない温もりに瞬きを繰り返した。


ーー私は、確か。


彼女に迫る強大な呪いから庇って、死んだのでは無かったか。

……そのはず、なのだが。賑やかな声には少しの剣もなく。

その上私は今、規則正しく揺れる、誰かの柔らかく温かな腕に抱かれていた。


「…………?」


絨毯の毛を感じながら温もりを辿って横を見ると、私に抱き縋るようにして、彼女が眠っていた。


「ーー!」


慌てて身動ぎそうになって、ぐっと堪える。……起こしてしまうには、惜しい。だなんて。


ーーそんなことを、前にも思ったことがあるような。


「あら、ルヴィチャン起きたの?」

「……あの子はまだのようですね」


愛らしい寝顔を見ながら思い出に浸ろうとしたところで、何の遠慮も無い声が降った。


「……フィル。……と、貴女は……?」


このような体勢で失礼、と付け足すと、歳を重ねたご婦人が笑う。


「ふふ。いいのよ。今は精霊から体を貰った、謂わば夢のような存在だけれど。……私は生前、皆が初代の花姫様と呼んだ人間です。」

「ーー花姫、様!?」

「初めまして。私とフィルの愛しい血を継ぐ子。身を呈してあの子を庇った姿はとても素敵でした。……あの子が目覚めてしまう前に、貴方に折り入ってお話があるのだけれど」


そう言って、ご婦人の口からこれまでの状況と、連綿と続いてきたその血の全て、そして数多ある世界のことが語られた。


「……だから、彼女はまだ此処にいるのです」


ーー嬉しくもあり、どこか悲しくもあり。


そんな複雑な想いを抱えて、私は思わず閉口した。


「けれど、世界に望まれたあの子と遠く血を分けて、あの子に望まれた貴方になら。……きっと。」


気遣うように言葉を選んだご婦人の手を、フィルがそうっと握った。


「…………フィル、良かったな」


そう言ってふっと笑うと、フィルが一瞬迷って、口を開いた。


「ーールヴィチャン、」


折角決めた事を説得されてしまいそうな気配がして、私は咄嗟にこの場に姿の見えない父と兄の行方を訪ねる。


「父上と、兄上はどちらへ?」

「……それなら、」


説得を諦めたフィルの口からはフィネストラを通しての友好国宣言と、同時にイグニス王国の新王としてエドアルドが即位した事が告げられた。

これによってフィレーネ王国の次期王である弟との縁もあり、イグニスとフィレーネは友好国であると同時に、海を隔てた二国は晴れて兄弟国となることが約束された。


その状況は海戦を繰り広げていたアリーチャ達にも伝わり、敵も味方も、精霊も人も関係なく、新しき兄弟国としての絆を喜び合ったそうだ。


「で、無事に宣言も終えた今は旧王の残した負の遺産を解決するべく、皆を巻き込んで走り回っているのよ」

「そうか、……それでこの騒ぎなのか」


ようやく見渡した広間には私達四人の他には誰もいないけれど、開け放たれた扉から、城のあちこちから、活力に満ちた無数の声が聞こえてくるようだった。


「……全て、終わったのだな」

「ええ。そしてこれから始まるのよ」


どこか取り残されたような想いで呟いた私に、フィルがニッと明るく笑った。……その笑い方は、得意になった彼女と、同じ。


「そう、……そうだな」


ふう、と息を吐いて、私の隣で寝息をたてる彼女の幸せそうな寝顔を見る。


ーー彼女に誓った想いは、今も尚、変わらない。


彼女の顔にかかる黒く解れた髪を払うと、すうっとその瞼が持ち上げられた。


「……ん、シルヴィオ……?」


黒い瞳に光を宿して、彼女の美しい目が私を映す。


「……良かった。」


言葉短くふにゃりと笑った彼女がこの上なく愛おしくて、私は思わずまじまじと彼女を見つめてしまった。


「な、なんですか」


はたと気がついたように咄嗟に身を離して、顔を赤らめた彼女が問う。


「……いえ、やはり美しいなと思っておりました」

「うつっ……もう。」


身を起こしながら笑えば、いつぞやの会話を思い出したのか、彼女も楽しそうに笑った。









体調を鑑みてしばらくの間イグニスに滞在し、その間も意図せず仕事に追われ。


ようやく、その日が来た。


全ての記憶を正しく取り戻したアドリエンヌもエドアルドと同じように謝罪行脚を繰り広げ、当のエドアルドは数々の国民や精霊達に助けられながら国を持ち直す計画を立てた。


フィレーネの城で捕らえていた男達も解放され、皆が皆、自分の居るべき場所へと帰った。


……後は。


「皆さまの道行きに、どうか良い花の導きがありますように」


フィレーネへと帰る船の上で、手を振るイグニスの民に向けて花姫様として振る舞う彼女の横顔を眺める。

フィルのフィネストラのおかげか、滞在していた数日のうちでか、イグニスでも花姫様という存在はすぐに親しまれた。


「うう、まさかこんな日が来ようとは……またお会いしましょう、花姫様!」


イグニスの港には新しい門出を祝福するような音楽が溢れ、その最中で号泣するアーブラハムが大きく手を振った。

それを眺める彼女もまた、全ての民を祝福するように、宿した青い光を花びらに変えて。


「ーーまったく。アーブラハム、お前がそれでは示しがつかないじゃない!」

「大目に見ましょうよ、アドリエンヌ様」

「お優しいですなあ、カール殿おおお」

「ちょっと!カールはわたくしのよ、アーブラハム!」

「……母上こそ、示しがつきませんよ」

「シルヴィオ!僕はしばらくエドの手伝いをするけど、絶対絶対、結婚式には呼んでよね!」


笑いながら声を上げたジャンは、先の戦いで呪いを受けて、その目の力を手放したと聞いた。


「ーージャン、兄上の方が先ではないのか?」


晴れ晴れとした笑顔に声を上げると、エドアルドの隣に立っていたエミリアがすぐさまその顔を赤らめた。


「ーーえっ!?ど、どういうこと!?エド、エミリア!?〜〜っああ、こんな時目の力が使えれば!」


僕にも良い出会いをくれーー、と叫ぶジャンの声と皆の笑い声が響く中で、私達を乗せた船は出航した。

そんな光景を見て思わず苦笑した私とは対照的に、彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。


「……良かった。」


彼女の想いを映すように、私達を覆う空はどこまでも晴れ渡っていて、遠く、虹が見えた。


ーーあの日と、同じ。


彼女の笑顔を焼き付けて、私は強く目を閉じた。


ーーどうか、彼女を。


やがて海上を進む船の上で、ふらりと彼女の体が揺れる。


「……っと、」


そっと抱き留めると、ぼんやりとした瞳の彼女が私の姿を見てふにゃりと笑った。


「ありがとう、ございます。……安心したのか、なんだかすごく眠くなってきました」

「そうか、……調子に乗ってあんなに力を使うからだろう」

「だって。エドアルド様とエミリアのあんな話を聞いたら祝わずにはいられないでしょう?」

「たしかに、私も同じ気持ちだが」

「ふふ。……ねえ、シルヴィオ様、お願いがあります」

「うん?」

「……私の、名前を呼んでください」

「!」


ーー知ってか、知らずか。


鈍りそうになる決心を振り払って、大切に、大切に彼女の名を呼ぶ。


「……ジュリ」

「もっと、」

「ジュリ」

「もっともっと、」


じわりと滲みそうになる涙を堪えて、どんどんとぼんやりしていく彼女の瞳を見る。


「シルヴィオ、すきですよ」


ぽつり、と。

彼女の口から愛おしそうに、夢を見るように告げられて、私は思わず問いかけてしまっていた。


ーーどうにも、ならないことを。


「…………ジュリ、また会えるか」

「やだなあ、起きたら、……また、会えますよ」

「ーー……そうか、そうだな」


なんでもないことのようにそう言って笑う彼女に、気付けば私もつられて笑っていた。


「ふふ、笑顔って綺麗ですね。みんなみんな……一つ一つ違う、それぞれに咲きほこる花みたい」


私の腕の中でうとうとと揺れる彼女を抱いて、その夢を促すように背中を撫でる。


「……ああ。そうだな。ジュリ、私は、私にとっての、美しく咲きほこる花は、後にも先にも……たった一輪だけ、たった、一人だけだ」


言いながらとんとん、と背を叩けば、重くなった瞼を擦りながら彼女が続けた。


「そういえば好きな人には一つ、花の名前を教えておくと良いんですって。……花は何度でも咲いて、その存在を誇るから。きっと、……その花が咲く時季に、その人を思い出すんです」


ーーああ、頼むから。


「ふふ。シルヴィオ、貴方の中で咲きほこる……その花の名を聞いても?」

「それ、は」


ーーこれ以上、私に貴女という花の種を残さないで欲しいのに。


そんなことを、問われてしまえば。

そんな希望を、見せられてしまえば。


私は、その名を言わずにはいられないと言うのに。


「咲きほこる花の名は、」





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