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異世界での食事



「いかがですか、ジュリア様」



グラスに飲み物を注ぎながら、ロベルトが微笑む。

この味は、まさしく豚の角煮だ。噛むほどほろほろと崩れていくのに、しっかり染み込んだ味付けはどんどん口の中に広がっていく。

堪らず白米を口に運ぶと、ご飯の甘みと相まってほっぺたが落ちそうになった。


「美味しい……!美味しいです!」


日本人の食に対する研究意欲がすごいとは誰かが言っていたけれど、まさにその成果というべき日本食。そしてこれを取り入れてくれた過去の花姫様に感謝!本当にありがとう……!


盛られた料理を次から次へひょいひょいと口にして味の変化を楽しんでいると、なんだか楽しそうなシルヴィオと目が合った。


「もしかして……顔になにか、つ、ついてます?」


空腹にじんわり染みていくご飯に感動するあまり、食べ方に気を使うこともすっかり忘れてしまっていた。

慌てて自分の頰に触れるとシルヴィオが笑って首を振る。


「いいえ。あなたとの食事は……とても美味しいな、と思いまして」

「……いつもは誰と?」

「父が臥せるようになってからは、一人のことが多いですね。」

「お……」


お兄さんは、と口にしかけて、今日一日の出来事が頭を過ぎる。お兄さんだけは無かった、危ない。


「お?」

「お……お母さんは?」


咄嗟に選択肢を絞り出すと、シルヴィオの眉間に少しだけ皺が寄った。


「……母は、臥せった父の代わりとして今は公務に忙しいのです。」

「なるほど……ということはシルヴィオ様もお忙しいのでは、」

「いえ。今の私に出来ることは、とても限られていますから……。」


シルヴィオはたしかに笑っているのに、どこか力なく見えてしまうのは気のせいだろうか。


中々子供が出来ず、新しい正妻の子が産まれた矢先に妊娠が発覚して、いざ国王が倒れたらその代わりに公務をするって一体どういう気持ちなんだろう。

王子としての資質は十分ありそうなのに、シルヴィオの自信が無さそうなのはお母さんとも関係があるのかな。


「あの、シルヴィオ様のお母さんって」

「花姫様。甘いものはお好きですか?」


意を決して問おうとするも、有無を言わせないような笑顔でさっくり遮られてしまった。


「す、すきです……」


私が頷くとひと通り堪能した食事が片付けられ、色とりどりの花が飾り付けられたお皿が運ばれてきた。


「これは……お花、ですか?」

「フィレーネ王国の名物でもある、季節の花々を模った甘味でございますわ。是非ご賞味くださいませ。」


どう見ても綺麗な花にしか見えないそれをスプーンで一輪掬ってみると、ほのかに蜜のような香りがした。

そのまま恐る恐る口に入れれば、花の形はすぐにとろりと溶けてしまった。

少しの冷たさと甘い蜜のような味が口を満たして、飲み込んだ余韻までが甘い。


「まるでアイスみたい」


甘く幸せな余韻に浸って、ほう……と感嘆の息と共に呟くと、シルヴィオが興味深げに目を光らせる。


「アイス?」

「あ、はい。こんなふうに冷たくて……味は甘かったり、ちょっと苦かったり、中には酸っぱいのもありますね。」


何輪か口に運びつつ、色によって味が違うのかどうかを確かめてみるが、どれもこれも揃って甘い蜜の味だった。


「ふむ。花姫様はどんな味がお好みでしょうか?」

「私は……そうですねえ、爽やかな酸っぱさも捨て難いし、甘いのはもちろん、チョコレートやコーヒーの苦味も美味しいんですよねえ」


うむむ、と決めかねて悩んでいると、その横でブルーナが懸命にメモを取っていた。


「ああでも、今日のご飯は全部おいしかったです!本当にごちそうさまでした」

「それは良うございました。」


慌てて手を合わせて笑って見せると、それを見たブルーナも安心したように笑った。


何気なくちらりと伺ったシルヴィオがこれまた難しい顔をしている。ほんのさっきまで王子スマイルだったのに、この場所でその顔をしていて良いのだろうか。


「こんな美味しいご飯が食べられるなんて……これからの食事が楽しみです。ね、シルヴィオ様」


さわやか令嬢スマイルを心がけて声をかければ、ハッとしたシルヴィオが元の王子スマイルに戻った。


「ああ。……あなたと一緒だと思うと毎日の食事が一層楽しみになります。」

「ふふ、シルヴィオ様ったら」


私にも誤魔化しスキルが身に付いてきたような気がする。このスキルは必要なのかは置いておくとして。


「さて、お食事も済みましたし食後のお茶をご用意させていただきますね。」


テーブルの上が綺麗に片付けられ、ブルーナがお茶の準備を始めた。


「ロベルト、人払いも頼む。」

「ええ、ただいま。」


給仕をしてくれていた人達へ暇を告げると小広間から繋がる扉全てに青の光を施していく。

あっという間に全ての扉にフィレーネレーヴをかけ終えたロベルトが戻り、四人分のお茶が用意された。


「二人とも掛けてくれ。今後の話だが、」


シルヴィオに促され、ブルーナが私の隣に、ロベルトがシルヴィオの隣にそれぞれ座る。と、懐から同じデザインの施された手帳を取り出した二人が頷いた。


「ヴェルーノ・フィレーネフェスティまでのひと月で、どこまで出来る。」

「必要なことは花姫様のお披露目という名目での民への通達と、婚約発表という趣向に合わせた飾り付けですが……これは私が連絡し、急ぎ手配いたします。」

「頼む。」


子細を確認しあったシルヴィオとロベルトが手帳に書き込んでいく。何やらブルーナも考え中のようなので、手持ち無沙汰な私はゆっくりとお茶を啜ることにした。


「では次に、ジュリア。」

「はい!?」


不意に名を呼ばれたことに驚いてカップを置くも、勢いを殺しきれず、カチャンと音を立ててしまう。


「……このままではまずいとは思うのだが。ブルーナ?」

「ええ……まず、わたくしは花姫様として、また淑女としてのマナーや言葉使い等の教育に時間をいただきたいですわ。」


気まずい空気に一人あわあわしながらも、教育という言葉に思わず背筋を伸ばす。と、シルヴィオがそんな私を見て少し笑った。


「そうだな、それはブルーナが適任だろう。本人の望みでもあることだ。」

「よ、よろしくお願いします……!」

「ええ、ええ。このブルーナにお任せくださいませ。……それと」

「それと?」


教育スケジュールのようなものを書き留めるブルーナの指がピタリと止まる。


「それと、シルヴィオ様にしかお願いできないことがございます。」

「ふむ。……どんなことだ?」

「ジュリア様へお召し物や宝飾品をお贈りくださいませ!」

「……えっ?」


シルヴィオが反応するよりも早く驚きの声を上げてしまって、思わず、しまったと両手で口を塞ぐ。


「花姫様のご衣装ともなれば、ひと月あれば婚約発表には十分間に合いますもの。是非お二人でお揃いの意匠を取り入れたものにいたしましょ!」

「……ふむ、お揃いか。いいだろう、ロベルトと話し合って急ぎ仕立ててくれ。祝祭の衣装の他に、ジュリアに似合うものを数着頼む。」


肝心要のはずの私を置いて、とんとんと話が決まっていく。洋服を仕立てるってそんなに簡単なことじゃないと思うんです、思うんです、けど。

この国の布事情とか技術もよくわからない私が口を出せることではなさそうなので、大人しく静かにお茶を飲む。


「ひとつよろしいでしょうか、」

「なんだ、ロベルト」

「私は歴史や四季などの特性ももう少しお教えしたく思います。……きっとその方が、ジュリア様もヴェルーノの祝祭を楽しめるでしょう。」


私を気にしてにこりと穏やかに微笑む老紳士が、もはや神のように見える。果たしてこの夢の世界に神がいるのかはわからないけれど。


「そうだな……。」

「……しかし、ロベルトはシルヴィオ様専属の執事でございます。可能な限りわたくしがお教えいたしますわ。」

「それではブルーナも仕事を抱え過ぎます。……合間を使って私が、」


誰が教える教えないという応酬をしばらく眺めていると、ふっと部屋を立ち去るリータの背中が思い出された。


「あ。」


同時にぽん、と手を鳴らすと、頭を悩ませる三人が一斉にこちらを見た。


「どうされました?」

「それってつまり、私のことでの人材不足ですよね?」

「え、ええ。」


三人の顔を順番に見て、ニッと笑ってみせる。


「なら一人、信頼できそうな人がいるじゃないですか!」



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