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命の解放、花の精霊の想い





ーーなんて酷い、なんて醜い王だろう。私はこんな命をいくらでも見てきた。





何故だろうと自問自答しても、いつだって明確な答えにはならない。……それでも、問わずにはいられないのだ。


あの世界に咲く花は、みんな、あんなにも美しいから。


ああ、何故この世に生まれ落ちた途端に身分を差別され、外見を嘲笑われ、そうして己が欲の為に醜く争い、奪い合い、他を傷付けてしまうのだろう。


自我を持って生まれ落ちる前も、死の眠りについた後も。

皆、花と共に同じ場所に還るというのに。


数ある命の中でも人々の営み程、複雑なものもなく。

命の行方を託された私は人々が築き上げたものやあらゆる国をこの目で見て周った。


ーーそうして、私はほとほと幻滅したのだ。


誰かの夢を誰かが笑い、夢が叶った途端に奪い取る。

誰かの愛を誰かが羨み、自分のものにしたいと躍起になる。

無い物ねだりの連鎖はどこまでも続いて、やがて人の欲によって国は滅ぶ。

そしてまた国が興り、妬み、妬まれ。滅んで、興って。


そんな繰り返しにも飽き飽きした頃、世界に望まれた『花姫様』と出会った。

彼女と出会わなければ、きっとこの世界は今頃には滅んでいたことだろう。


それほどに、当時の私は希望というものが信じられなかったのだ。


ーー会えることならば、もう一度。私のたった一人の希望に出会いたい。


……なんて、言ってる場合じゃないわね。

彼女の血は今の世にも続いて、よく似た子孫の花姫チャンがまさに今頑張ってくれているのだもの。


呪いを受けて尚、秘密裏にフィネストラを展開し続けるのも正直しんどいけど。アタシと彼女の大切な子供達を守れるなら、このくらいは、ね。


じわじわと胸を侵される痛みに耐えながら、私は状況を睨んだ。


ーー花姫チャン、お願いよ。きっとまだ、ルヴィチャンだって間に合うから。


人に願われた精霊なのに、何かに祈るような想いを抱く自分に少し可笑しくなりながら、エドアルドとヴァルデマールを見る。


「命を賭して自らの愛を貫いた私の弟を馬鹿にするな。……むしろ、馬鹿な男はお前だ。ヴァルデマール」


シルヴィオと花姫チャンを庇うように立ったエドアルドがそう言って、剣の先をヴァルデマールに据えた。


「貴き血を受け継ぐ親に向かって馬鹿とは、」

「親?……その血を継いだだけの人間を、私は親などとは思わない。それにお前は、私の兄弟を屠った仇だ」

「兄弟ぃ?……そうか、そうか!あの銀髪は!」


ろくに力の入らない体を揺らして、ヴァルデマールが嫌な笑い声を上げた。


「そうかぁ、お前の子供はあちらだったか、アルヴェツィオよ」


その顔を見上げてにやりと笑ったヴァルデマールに、青ざめた顔のアルヴェツィオが剣の先を震わせた。


「どうした、息子の仇である余を殺すか?余はもうこの通り力も無い。無抵抗だぞ、アルヴェツィオ」

「わ、私はーー」

「ぬかせ。」

「ーーエドアルド?」


迷うように剣を握ったアルヴェツィオの手を、歩み寄ったエドアルドがそっと押さえた。


「お前を殺すのは父上ではない」

「なに?」

「お前が屠った我が兄弟は、たった一人ではあるまいよ」

「……なんのことだ?」


怪訝に顔を歪めるヴァルデマールを見下ろして、エドアルドがくるりと私へ向き直った。


「この男は欲のまま、尊き精霊を利用して生き永らえ、女に手を出すことに精を出し、けれども自らが王位を戴く邪魔となるその子供は、宿った母親ごと闇に屠ってきた。私の母親もまた手を出された一人であったが。……私はたった一人、隣国であるフィレーネ王国の王、アルヴェツィオ様によって運良く魔の手を逃れた一人だ!」

「ーーな、何を言っている!貴様は誰に向かって話をしているのだ!?」


恫喝するようなヴァルデマールの声を意にも介さず、エドアルドは続けた。


「この男に娘を奪われた者も多く在ることだろう。知らぬうちに孫を奪われていた者も多く在ることだろう。そうして国民から夢を奪い、贄を奪い、贅を奪い、反抗する心を奪い、文化を奪い、全てを自らの糧としてここまで強欲に育った。」

「何が、何が悪いというのだ!?王である余には当然の権利ではないか!?」

「……フィレーネ王国を実際に見た者にはもうわかるだろう。この王が、この国が異常であることなどは。ヴァルデマール王の血を継ぎ、アルヴェツィオ様の元で教育を受けた私であればこそ。ーーここに誓おう、今までの間違いを正すことを。皆の平和を。皆の文化を、もう一度皆と共に守り育てることを。この国を生きた、そしてこれからを生きる、兄弟の為に」

「な、なな何を馬鹿なことを!ここは余の国だ!お前ごときが誓う意味などは……」


ヴァルデマールが叫びかけたところで、花姫チャンから清く青い光と美しい花びらが吹き上がった。


……それはまるで、あの世界に咲きほこる花のようで。


ーーああ。ありがとう、花姫チャン。


途端にすうっと胸が軽くなって、私は展開していたフィネストラの出力を上げた。


「な、なんだその四角は!?どこに映し出してーー」


無数のフィネストラに映し出されたのは、フィレーネ王国とイグニス王国の全ての国民達だ。


精霊の子供達が協力してくれたからこそ実現した景色の中で、イグニス王国民の全てが、揃って声を上げた。

生きてきた人生の中で今まで決して表に出すことを許されなかった、全ての想いをぶつけるように。


「新しき王、エドアルド王、万歳!」


皆がわっと湧き上がる中で、ヴァルデマールが酷く悔しそうに顔を歪めた。


「ぐ、ぐぬぬぬ。まだ、まだ私には呪いの牢が、」


唇を噛んだヴァルデマールが訳知り顔で絨毯へと血を垂らすが、その実何も起こる気配は無い。


「何故、何故だ!?あれ程の呪いを作り上げたのに、」


だらりと体を横たえたヴァルデマールが血の涙を流したのと時を同じくして、花姫チャンの体が赤黒い呪いの気配と共に揺れた。


「ーー花姫チャン!?」


私が声を上げると同時に、完全に力が抜けた花姫チャンの体から彩りも豊かな花吹雪が吹き上がる。


ーーあの、懐かしい色は。


「……って懐かしんでる場合じゃないわ!花姫チャン!どうして呪いを、……あの子はーー」


形振り構わず花姫チャンに向けて駆け寄った私の横で、懐かしい色の花びらと共にふっと愛おしい気配がした。


「大丈夫、眠っているだけよ」

「ーー!……花、姫様……?」


恐る恐る見上げたそこには、老いを経ても尚、昔と変わらず優しく、美しく微笑む彼女が立っていて。


「ただいま、フィル。」

「どう、してーー」

「……その子の夢、みたいなものかしら」


ふふ、と彼女が恥ずかしそうに笑うと、シルヴィオを抱えて眠っている花姫チャンの口元も少し笑ったように見えた。


その笑顔に応えるように花姫チャンの周りを花びらが舞って、涙の跡が全て青く光っていく。


「!」


やがて生気のなかったシルヴィオの頰にも誰かの唇の形をした光が浮き上がって、そこからすうっと血の気が戻っていくように見えた。


「……花姫チャン……素敵な、夢だね」


シルヴィオを抱いて眠る花姫チャンの寝顔は、何よりも幸せそうだった。


ーーああ、本当に。


尽きることのない花吹雪はどんどんと広がって、人や物に染み込んだ汚れを洗い流す。


ーー私は、この景色を忘れはしないよ。


舞い上がった花吹雪の中にも、不思議と人影が見えたりして。精霊も人も、今は亡き、懐かしい顔ぶれがそこにあった。


その全てが、愛する人の元へ行くように、花吹雪と共に壁を突き抜けて、フィネストラを超えて飛んでいく。


ーーこの、愛に満ちた景色を。


全ての命が抱き合い、喜び、涙する。

それはなんと美しく、なんと尊いものであろうか。









……ねえ、花姫チャン。









生きとし生ける全てのものが花吹雪と共に晴れ渡っていく空を眺める中で、たった一人、美しい花びらを浴びて苦しみに呻く男がいた。


誰もから忘れ去られたかのように独り床を転がるヴァルデマールのか細い声が、命の限りを振り絞るように呟く。


「カサンドラ……そこに、居たのか……」


呟かれた言葉は誰に届くでもなく、花びらが形作った複数の人影と共に、長い間イグニス王国を意のままに消費した王、ヴァルデマール・イグニシアは灰と変わって消え去った。









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