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海の精霊、水の精霊





ーー何か、悪い予感がした。


虫の知らせか、風の知らせか。

はたまた懐かしい友の知らせか。


そうっと膨らんだお腹を撫でて、アタシは温かな潮風に想いを馳せる。


目的の海域は、もうすぐそこだ。


視線の先に複数の船影が見え始めたところで、アタシは勢い良く息を吸った。

お腹の子の分だけそれは儘ならないけれど、それでも海の上ではアタシの声ほど良く通るものはない。


「花石への供給やめーー!」


アタシの合図で全ての船の推進力が止まり、皆が船上で身構える体制になった。


「さあて。お手並み拝見といこうか」


どこか懐かしい思いで、目を凝らして船団の様子を眺めるが、その船の上には一切、闘志という闘志の気配が無かった。


……おかしいねえ。


こちらの船の姿は向こうからも見えている筈なのに、誰一人として兵士が構えないとはどういうことか。


それにざっと見積もっただけでも、武装をした兵士の数が極端に少ない。

その上兵士の周りで虚ろに立つ人影に関しては、最早戦う為の人間ですら無さそうだった。ーーが。


「ーーそういう、ことかい」


アタシと同じようにこちらを見た人影の目は、全て虚ろな金色をしていた。

継ぎ接ぎされた粗末な服に身を包み、その服も所々が赤く染まって、かろうじて保っているような体躯は今にも骨が折れてしまいそうだ。


……よくもまあ、そんな状態で。


虚ろな金色には灯る光も無く、手先にぶら下がる枷が酷く重たそうに見えた。そんな彼らの手が、次々とこちらへ向けて掲げられる。


「……ッチ。あの野郎、同士討ちをさせようってのかい。全く、どこまでも気に食わない野郎だな」


アタシがぎりっと歯を食い縛ると、お腹の子がまるで目を背けるようにぐるりと体を動かしたのがわかった。


「!」


アタシはお腹をさすって、小さく苦笑を浮かべる。


「ごめんねえ。……大丈夫、大丈夫よ」


ぽんぽん、とお腹を叩いて、不安そうにこちらを見る衛兵へ防御の合図を送る。


「何の因果か相手は弱った精霊達だ!よってこちらは防戦とする!」

「は!」


順に指示を受けた衛兵達が青い光で船を覆う防護壁を生み出し、精霊が放つ衝撃に耐え得る体制をつくる。

暫しの間の後で虚ろな精霊達が放ったのは弱く青い光を纏う砲弾で、受ければ受けるほどそれだけ力を奪われているのだという事実がはっきりとわかった。


衛兵が生み出した防護壁は難なく衝撃に耐え、次々と放たれる砲弾にも意味は無いように思えた。


「…………いや、奴らが狙っているのは消耗戦か?」


やがてふらり、ふらりと虚ろな精霊が揺れて、数人が船上に倒れた。兵士がそれを蹴って起こすが、すぐさま床に倒れ伏してしまう。

それは大掛かりな力を使うこちらとて同じことで、隣の船で既に何人かが座り込んでいるのが見える。


状況を睨んで新たな指示を送ろうとしたところで、武装をした兵士がとびきり大きな砲台の前に立つのが見えた。


「!ーーあれは、」


砲台に装填されたのは赤黒く塗られた砲丸でーー


「まずい、」


衛兵に指示を出す前に放たれた砲は、飛ぶ鳥のように燃え盛りながら薄くなった防護壁を突き抜けて、一隻の帆を撃ち抜いた。


「ーー!防護壁が、」


途端に叫び声が上がり、撃ち抜かれた帆の下にいた衛兵が逃げ惑う。


「落ち着け!帆をやられたくらいではアタシの船は沈まない!」

「アリーチャ様!別の船から第二砲が来ます!」

「!ーー全く、ナメられたもんだね!」


飛んでくる火の鳥に向かって、さっと両手を翳す。

……畜生。前線に同胞を使ってわざと守らせ、守りの弱くなったところで呪いを纏った砲を込めるなど。全く、畜生のそれじゃないか。


「アックア・ディフェーザ!」


詠唱に応えてざあっと上がった海水が砲を受け止めるが、時を同じくして何隻もの船から火が上がって、それを順に受け止めるのだけで精一杯だ。

それに赤黒い炎が力の宿る芯を焼いているせいで、そう何度もは受け止められそうにない。


「っく、……あの野郎。宿った命を大事にすることもなく、こんなものを生み出しやがって……」


少しずつ力を強めると、苦しそうにお腹を蹴られるのがわかる。


……ごめん、ごめんね。


今アタシが頑張らなければ、敵味方問わずいくつもの命が失われてしまう。


そんな考えを見透かしてかまるで怒っているようにお腹を蹴られて、ふと花姫様にも無理するなと言われたことを思い出す。


……でも。


衛兵を叱咤して再度防護壁を生み出そうにも、今は混乱した兵が多すぎる。


……アタシが、アタシが頑張らないと。


「万事休す、か……」


次々と放たれる砲の中で誰かがそう呟いたのが耳に届くが、それと同時に懐かしい声が聞こえた。


「……やっと、来たね」

「アリーチャ様?」

「みんな、もう大丈夫さ!」


不意に青い光を消してニッと笑ったアタシに、不思議そうな視線と恐怖に染まった視線が集まる。


「だ、大丈夫ってあんなに砲弾がーー」

「まあ、聞きなよ。いくつもの海を旅したアタシには、仲の良い友達ってやつがいてねえ。……待ってたよ、シレーナ!」


アタシがその名を呼びながら海へ向かって両腕を広げると、同時に大きな海面がそのまま持ち上がった。


迫り来る砲弾は全て壁のようになった海水に受け止められ、そのまま呪いを洗い流された綺麗な砲丸が船の上に打ち上げられた。


「……これは!?」

「ま、まさか……」


突然の加勢に揺れる船上で、皆が歓喜に潤む目で海を見た。


「あれは、あれは海の精霊様だ!!」

「時には迷える船を導き、時には溺れる子供を救い、時には嵐をも退けるという、あの!?」

「ただの噂ではなかったのか、」

「なんとお美しい……」


衛兵によって指し示された海面から魚の鱗を模したドレスを煌めかせて、艶めく青い髪を搔き上げた彼女が微笑んだ。


「アックア、久しぶりですね」

「シレーナ。船団の情報ありがとね」

「ーーんんんもぉ!そんなことより何百年振りよぉ!すっかり人に馴染んじゃってまぁ。……アンタ、結婚したってホント?」

「ああ、今は家を任せてるよ」


アタシを認めてがらりと雰囲気の変わったシレーナに、衛兵達のなんか思ってたのと違うというような視線が向く。……それが一層、懐かしくて。


「なあに笑ってんのよぉ!キー!先を行くなんて悔しい!アタシもイイ男捕まえて精霊の力なんて捨てちゃおうかしら!」

「確かに悪かないけど、今はよしとくれよ?」

「フフン、当たり前よお。他でもないアリーチャの頼みだからね。」

「愛してるよシレーナ!」

「んもぅ、その代わりイイ男紹介しなさいよ!」


昔と変わりない会話をしながらも、シレーナは砲撃をザバザバ受け止めて、船の上に無力化した砲丸をごろごろと落としていく。


その間にも帆の修繕をする者と疲労を癒す者とに分かれ、船の上の混乱も大分治ったように感じられた。


「…………」


いつの間にかお腹の子も眠ったようで、海水の壁を隔てたこちら側だけは日常を取り戻したようにさえ思える。


……けれど。


「にしても。あの子達は可哀想ねえ。ほとんどが倒れちゃってるわよお」

「そうさね……」


海水の向こうに遠く見える船を睨めば、もう動き回っているのは砲丸を持って駆けずり回る数少ない兵士のみだ。


「みーんな精霊から生まれた精霊の子供達みたいだし。……かつて王妃様の為に働いた精霊達はもう、死んじゃったのかしら」


……確かに精霊にだって寿命はある。けれど、本来ならばそう短くも無いもので。


ただ望むにしろ望まざるにしろ子供をずっと生まされ続けては、精霊同士とはいえ力の存続も難しいことだろう。


人は愛より生まれるけれど。

精霊は、人の想いから生まれ、育つものだから。


そもそも人のあたたかな想いの無い場所では、アタシ達は長くは生きられない。

きっと、彼らの親である精霊達も、長くは生きられなかったのだろう。


「アックア。懲りずにまだ撃ってくるみたいだけど、どうする?」

「…………」


砲をかき集めて駆けずり回る兵士の中の何人が、横たわる彼らを、同じく生きて、同じく想いを交わし合える人だと思うだろうか。


赤黒い呪いの込められた砲を打ち出す兵士の中の何人が、横たわる彼らと同じく、家族を背負っているのだろうか。


「アックア?どうか……」

「……いいや、改めて我が兄弟の偉大さに気がついただけさ」

「……いまさら?」

「改めてって言ったろう、あ、ら、た、め、て!さあ行くよシレーナ。向こうの戦力は削いどくに越したことはない!」

「あら。やっとらしくなったじゃない。」

「アリーチャ様!恐らくアレが最後の砲です!」

「ようし、それじゃあ反撃と行こうかね!目標は砲台のみ!砲丸ならこの通りいくらでもある、……やれるね、シレーナ?」

「当たり前でしょ?アタシと何百年友達やってんのよ。」


高い海上でニッと笑い合って、衛兵へ待機を命じると共にアタシ達は海を滑らせるようにイグニスの船団へと砲丸を投げた。


目標通りいくつかの砲台を壊したところで、ふとシレーナがその動きを止める。


「?……何かしら、アレ」


シレーナが指し示した方向から、強く青い光と、吹雪のような花びらが吹き上がるのが見えた。


「あれは……」


それは段々とその範囲を広げて、風に乗ってこちらへも向かってくる。


ーーああ、あの温かな光は。





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