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浄化



「ーー忌々しい、金の目だわ」



どん、と勢いよくカールを突き放して、アドリエンヌが立ち上がった。


「全ては……」

「アドリエンヌ様!」


揺らめくアドリエンヌの体を尚も支えようとするカールを振り払って、アドリエンヌがその手のひらに赤黒い炎を宿す。


「……全ては……?」


手に浮かぶ炎をまじまじと見つめて一瞬動きを止めたアドリエンヌに、酷く媚びるようなヴァルデマールの声が届いた。


「おお、余の愛しきアドリエンヌよ。全ては青い光を放つ花姫のせいだ!」

「……全て、は……花姫のせい、そう、そうだわ。この間から続く、この頭の痛みは……花姫の……」


今まで出会った人たちの笑顔を思い浮かべながら、その想いに比例して青い光が膨らんでいく中で、アドリエンヌの赤黒い目が私を睨んだ。


「ーーお前の、せいか」


手の上に浮かべた炎にアドリエンヌが息を吹きかけると途端に小さな火の鳥が生まれて、それが迷いなく私へ向けて飛んでくるのがわかった。


「っ!」


ーーああ、どうしよう。


……でも、でも折角膨らませた想いを、ただの防御の為になんて使えない。


ーー私はみんなの想いを背負って、ここに立っているのだもの。


襲い来る未知の痛みに耐えようと目を閉じると、私のすぐ間近で火の消える気配がした。


「!?」

「……変わらず愚かな子」


呆れたようなアドリエンヌの声に恐る恐るそちらを見ると、落ち着いた表情で剣を構えて立つエドアルドとシルヴィオの姿があった。


「母上、貴女は昔からそればかりですね。……いえ、本当は貴女が昔の貴女のことをそう思っているだけなのではありませんか」

「ーーお黙り!」


ぶわっと膨らんだ炎から再び数羽の鳥が生み出され、それが燃えながらエドアルドに向かっていく。


「こんなもの、いくら使役したところで……」


エドアルドが剣を振るって全てを切り裂くと、たちまち火の鳥が消え去った。


「私には効きませんよ。母上」

「っく、」


ぎりっと歯を食いしばって、アドリエンヌの炎が勢いを増す。それを一瞥してエドアルドがシルヴィオに後ろへ下がるよう合図を送った。


「……お前は花姫様を守れ」

「!しかし、」

「私達の『違い』はここで活かさねば。……それに、これは私と母上の問題だ」


炎を見据えるエドアルドの真剣な赤い目に、シルヴィオが深く頷いて小さく声をかけた。


「……兄上、ご無事で」

「ああ、全てが終わったらお前達の婚約祝いをするからな」

「!」


そう言ってエドアルドが身構え直すと、すぐさま数羽の鳥が剣に叩き付けられる。


「母上、貴女が本当にしたかったのはこんなことではないはずだ」

「ーーうるさい、うるさい!」

「貴女は、本当は……精霊を愛していたのでしょう」

「ーー!」

「貴女の姿を模して、精霊の血を継ぐ小さな子供に会って、カールに会って、わかったのです。私にはーー」

「アドリエンヌ!そんな者の言葉に耳を傾けるでない!」


雄叫びのようなヴァルデマールの声にハッとしたアドリエンヌから再び火の鳥が生まれ、次々とエドアルドに向かっていく。


「ーー母上!私は昔の貴女をこそ、誇りに思います」


最後の火の鳥が切り消され、それを見たアドリエンヌの動きがピタリと止まった。


「……誇り、」

「ーー今よ花姫チャン、浄化を!」


咄嗟に叫ばれたフィルの声で、私は膨らませた青い光の中で手を伸ばした。


ーーやっと、やっとだ。


「ーー咲きほこる花よ、」

「アドリエンヌ!」

「母上!」


ヴァルデマールの怒声によってその腕まで燃え上がらせたアドリエンヌが、私に向けてこれまで以上に大きな鳥をいくつも放ち出した。


「っ!」


思わず詠唱が止まるが、大きな鳥はエドアルドの手で危なげなく切り消された。


「ーー失礼、しますよ!」


時を同じくして、ざっと背後に回り込んだアーブラハムがアドリエンヌを羽交い絞めで抑えるも、アドリエンヌの炎は一向に収まる気配を見せない。


「ふははは!無駄だアーブラハム!」


力なく座り込んだまま笑い声をあげるヴァルデマールを睨んで、アーブラハムが負けじと声を上げる。


「正気に戻ってください!ませ!アドリエンヌ様!」

「アーブラハムゥウウ!お前は何度、わたくしの邪魔をすれば」


体ごと燃え盛りながら暴れるアドリエンヌを見て、それからざっと周囲を見渡したアルヴェツィオがエドアルドに向かって声を上げた。


「エドアルド!杖だ、杖を壊せ!あの杖はヴァルデマールの血を継ぐお前にしか壊せぬ!」

「ーー!なに、余の血を!?」


目を凝らせば、アドリエンヌの側によく燃えた炭のように所々赤く光る何かが転がっていた。


「シルヴィオ!ここは任せたぞ!」

「言われなくとも!」


二つ返事のやり取りをして、私の前に立つシルヴィオと頷き合う。

そうして歩みを始めたエドアルドに、ヴァルデマールが絶望の滲む声を上げた。


「やめ、やめんか……!余の血を継ぐという事は余の子であろう!?何が欲しい、女か、金か?領地か?いいやこの際国民でもなんでもくれてやる。後生だ、お前の今後の待遇は約束するからその杖だけはーー」

「誰が、誰の子だと?」


少しも言い募るヴァルデマールの姿を見ず、エドアルドが杖だったものを見据えて高く剣を翳した。


「や、やめーー」

「私の父はただ一人、アルヴェツィオ・フィレーネアだけだ!」


杖に嵌め込まれた石へ剣が突き立てられると同時に、アドリエンヌの体を焼く炎が大きな鳥を象って飛び出した。


ぐらりと気を失って倒れるアドリエンヌを、共倒れになりそうなアーブラハムごとカールが抱き留めた。


「ーージュリ、浄化を」


状況を見ながら短くそう言ったシルヴィオが青い石の嵌った剣を構えて、その刀身を青く光らせ始めた。

燃え上がる大きな鳥が真っ直ぐに私達へ向かってくるのと、ヴァルデマールが笑うのはほとんど同時だった。


「かかったな。」

「!ーー咲きほこる花よ、」

「シルヴィオ!」


詠唱をする私の前で、剣に炎を受けたシルヴィオが、どんどんと青い光を膨れ上がらせていく。赤と青の光が競っているようで、細かくなった火の粉が辺りに散っていくのがわかった。


「ーーよろこびに、」


集中して詠唱を続けようとするも、勢いを増した火の粉がさらに燃えて、今度はシルヴィオの服を焼いていく。


「……チィ、ただの執事にしてはよく耐えるな。」

「ーージュリ、」

「しかし、無駄だ。余が膨大な時間をかけて生んだ取って置きの呪い道具だ……穢れた血を継ぐ人間には耐え得るものではあるまい」


まるで青い光を食らうような炎が、終にはシルヴィオの体をも焼いた。


「よろこびに……ッ!シルヴィオ様ーー!!」


そうしてぐらりと崩れたその体が、私の目の前で床に横たえられた。


ふっと青い光を失った剣が落ちる金属音が広間中に木霊して、私は詠唱も儘ならずただ夢中でその体を抱き寄せた。


「し、シルヴィオ……シルヴィオ様……?」

「シルヴィオ、……!」

「ふははは。馬鹿な男だ。この期に及んでたった一人の娘を庇うなど。自分の命が惜しくはないのか?」


ヴァルデマールを睨んで、剣を構えたエドアルドがシルヴィオを守るように立った。


「命を賭して自らの愛を貫いた私の弟を馬鹿にするな。……むしろ、馬鹿な男はお前だ。ヴァルデマール」


ヴァルデマールとエドアルドが何かを話しているが、私の耳にはもう届かなかった。


シルヴィオから貰った花石だけが青い光を孕んだままで、その光の中で私の腕に抱かれたシルヴィオが酷く傷ついた顔で笑っていた。


「シルヴィオ様」


温度のないシルヴィオの手が私の頰に添えられて、咄嗟にその手をぎゅっと握っても一向に温まらない。


「あなたを守ることが出来て良かった。……しかし……家族の元に返す約束を守れず、すまない」


申し訳無さそうにそう言う顔へ首を振ると、私の目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。


「そんな、そんな」

「ジュリ。……あなたと見た美しい世界の為に……どうか、浄化を……そうすればきっと、あなたも元の世界に、……」


最後に絞り出すように告げられて、ふっとシルヴィオの体から力が抜けた。


「ルヴィ、……シルヴィオ、」


フィレーネレーヴで染めていた緑色も消え、素のシルヴィオの銀の髪が、私の動作に揺れる。

この世界へ来た始めの日のように、子供のように辺りを気にせず泣きじゃくって、横たわるシルヴィオへ抱き縋った。


「ああ、ああ……どうして、どうして……!いたい、いたいの……とんでいけ、とんで……っ」


ぼたぼたと落ちる涙がシルヴィオの頰を滑って、絨毯に染みを作っていく。


「うう、……」


……私はまだ、貴方に言えていないことが沢山あるのに。幼い夢で出会っていたこと、きっと私の一目惚れだったこと。……この、想いの名前だって。


「すき、すきよシルヴィオ……」


絞り出すようにそう言っても。

閉ざされた瞼からはシルヴィオの綺麗な瞳はもう窺えず、柔らかな唇が応えてくれることも無い。


「シルヴィオ……っ、……」


滲む視界の中で、頰についた火傷のような傷痕をさする。


ーー私は、あの人が嫌いだ。


泣きながらシルヴィオを揺する中でも、青い光はずっと煌めいていて。

出会ってからのことを振り返る間にも、その光はどんどん増しているように思えた。


ーーこんな、こんな呪いさえなければ。


……そう、こんな呪いさえなければ。


子を人質にされた精霊も、必要以上に迫害をされる精霊も、この国の王妃様でさえ、本来の笑顔で。……その命の限りを自由に全うできた筈なのだ。


ーーそう、そうだ。私は。


頭に纏っていた頭巾を掴んで、止まらない涙を拭う。がむしゃらに掴んだせいか、解けた黒い髪がシルヴィオの頰を滑った。


ーーあの人をそうさせた、呪いが嫌いだ。


「ーー咲きほこる、花よ」


ーー叶う事ならば。どうか、自分と違う人を恐れる事のない、自分と違う人を呪うことのない、笑顔の花咲く世界に。


「よろこびに、舞い踊れ……ーー」


涙と一緒にぶわりと巻き上がった青い光が無数の花びらに変わったところで、今まで経験したことのないような激しい痛みが私の胸を襲った。


「ッーー!?」


ーーこれってもしかして、


シルヴィオを抱く青い光の中で、いつの間にか青い四角を浮かばせて、血相を変えたフィルが駆け寄ってくるのが見える。


何を叫んでいるかも、何も聞こえなくて。


ーーこれってもしかして、呪いってやつ……?


……おかしいな、私には精霊の血が流れていないはずじゃあ、なかったっけ?


ーーもう、この際、そんなこと、どうだっていいか。


ただ、ただ貴方と見たこの世界が、今後も美しく在れば。……それだけで。


ーーだからどうかお願い、神様仏様精霊様!!


力を使うほど波のように襲い来る胸の痛みにも構わず、そう念じながら目を閉ざすと、強い風が吹いて花びらがより激しく舞い上がるのがわかった。


ーーうまく、いったかな。


シルヴィオの体を抱く感覚を残して、どんどんと私の視界が白くなっていく。


ーーああ、もしかしたらここで死んじゃうのかも。


……でも、あなたの居ない世界ならば、もう思い残すこともないのかもしれない。


ーーきっとここで、あなたと二人。




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