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生ける呪い



「ーー来たな、アドリエンヌ」



にやりと下卑た笑いを浮かべたヴァルデマールに名を呼ばれたアドリエンヌが、複数人の兵士を伴って広間へと入ってきた。


「アドリエンヌ、様……」

「……これは一体、どういう状況です」


呆然とその名を呼んだカールにも構わずアドリエンヌは辺りを見回して顔をしかめ、更には女装をしたエドアルドを見て一瞬その動きを止めた。


「ーー母上、」

「お黙りなさい。」


一歩進みかけたエドアルドの動きを手で制して、アドリエンヌが後ろに控える兵に何かの指示を出した。


「良いぞアドリエンヌ!余に無礼を働いたこの者共をひっ捕らえて、フィレーネ国の者に晒してやろうではないか。これぞお前の本望であろう?国王を晒されるなぞ、さぞ悔しく、さぞ苦しいであろうなあ?」


尚も笑い声を上げるヴァルデマールを一瞥して、アドリエンヌがにこりと微笑んだ。同時に指示を受けたらしい兵の一人が胸を押さえたジャンの元へ向かっていく。


「!」

「待て、」


エドアルドとシルヴィオが玉座へ向けて咄嗟に駆け出したのに続くと、私の目の端でヴァルデマールが転がった杖の先を握り締めるのが見えた。


「ふはは。その王子はもうだめだ、余の特製の呪いを受けたのだからなあ。生殺与奪は全て余の手にある。本当はその力で花姫を手に入れるつもりだったが、……まあ良い。王子が居なくなれば晴れて私のものだ」

「……下衆め」


短く吐き捨てながらドレスを託し上げて玉座近くへ駆け寄ったエドアルドが、エミリアからジャンを受け取るように引き寄せてその頰を叩く。


「しっかりしろ、ジャン」

「っ……うう、容赦がないねえ、エド」


呻くジャンを見ながら、エミリアが慌てた様子で口を開いた。


「ジャンは、ジャンはわたくしを庇って……!」

「エミリアのせいじゃないよ、……ただ、僕がアイツを気に入らなかっただけさ。」

「……よく、守ってくれたな」

「約束、したからね」


ふっと力なく笑うジャンとエドアルドのすぐ後ろに、アドリエンヌの指示を受けた若い兵が立った。

不思議と二人を守るように立っていたフィルにも警戒した様子はなく、恐る恐るその顔を見る。と、こちらを見る若い兵の目は、とても優しい金色をしていた。


「え……?」


私が首を傾げるのと時を同じくして、ヴァルデマールの嗄れた怒声が響く。


「おいアドリエンヌ!何故、何故だ!」

「如何されまして?」

「何故余の呼んだお前が、忌々しい金の目をした其奴らを……!」

「……何を勘違いなさっているのかはわかりませんけれど。わたくしは貴方に呼ばれたのではありませんわ」

「っな、なに!?」

「今この場に立つのは、まごう事なきわたくしの意志です。……お父様から、腐り切ったこの国の全てを聞かされましたの。貴方は即刻、王座を退くべき人です」


アドリエンヌの甲高い声音が凛として、ヴァルデマールに突き付けられた。


「っく……ぐぐ、あの余に従順なアメルハウザーが、」


ぎりりと悔しげに奥歯を噛み締めたヴァルデマールに、剣を構えたままのアルヴェツィオが溜息を吐いた。


「愚かだな、ヴァルデマールよ」

「ぐう、……」

「愛を捨て、民を捨て、意のままに全てを虐げた。……その代償が今だ、旧き王よ」

「ーーっ!」


ぐっと息を詰まらせて、絨毯を掻き毟るヴァルデマールが黙り込んだ。


「……手当ては出来そう?」


ヴァルデマールを見て一つ息を吐いたアドリエンヌが少し投げかけるように問えば、優しくジャンに触れた若い兵が口を開く。


「ええ、これは、……」

「ーーふ、ふはは。そうだ、そうであった。そこな王子は、お前の大事な王子は余の道連れにしてくれるわ!」


若い兵の言葉を遮って呻くようにそう言うと、ヴァルデマールの握った杖の石が赤く光り出した。


「ーー忌々しい精霊の力を宿した石よ、」


呪文のような文言を唱えるヴァルデマールに、アルヴェツィオが一層剣を突き立てても、それは止まる事なく。思うままに精霊の力も使えず焦る顔触れの中で、フィルと当のジャンだけがやけに落ち着いた顔をしていた。


「あ、ちょ、ちょっとジャン!起き上がっては、」

「エミリア、……大丈夫だよ。何せ僕はヴァルデマールの特別な呪いなんて受けていないから、ね」


エドアルドの肩を借りて、渦中のジャンがゆっくりとその身を起こして笑う。


「ーーなに!?」

「ちょっと目の力を使って衰弱の呪いを受けただけさ。……アルヴェツィオ様!海戦に駆り出されたのは子供を人質にされた精霊達で、その子供達は……」


エミリアへ一つウインクをして、ジャンがアルヴェツィオに向かって叫ぶ。するとすぐさまその言葉を引き継いだアドリエンヌが深く頷いた。


「子供達は全て、アメルハウザー領にてお父様が保護していますわ。その子達もそうです」


アドリエンヌの言葉にハッとして金の目の若い兵達の姿を見ると、みんなが揃って頷きを返していた。


「ーーそうか、」

「良かった。……そして、全ての精霊を縛る呪いの大元は、この、玉座です!どうかありったけの力で浄化をしてください、……花姫様!!」


苦しげな息を堪えながら声を絞り出したジャンの紫色の目が力強く私を見上げて、赤い宝石の散りばめられた玉座を指し示した。


「ーー!わかりました、」

「花姫!?花姫はあの娘ではーー」


その場で咄嗟に頷いて花石を握りしめた私の耳に、ヴァルデマールの地響きのような怒声が届いた。


「ぐぬぬぬぬ。謀ったなぁあああ!!」


ーー早く、早く。今こそ、ここで。


慌てて青い光を膨らませ始めた私の視界の端で、とても嫌な感じのする赤い光が膨れ上がった。


「!させぬ、」


ーー今、今なの。きっと、私がこの世界へ来た、理由は。


必死に想いを込めて膨らませている光の中で、ブツブツと長い呪文を唱えながら動くヴァルデマールを懸命に制そうとするアルヴェツィオの姿が見える。


ーーもっと、もっとだ。もっと想いを込めないと。


「ーーまだだ、まだ、余の世界は終わらせぬ!」


赤黒い光の中で、アルヴェツィオの剣を捌くヴァルデマールがニヤリと笑った。


「ーー!何を、」


杖そのものをアルヴェツィオが叩き落とそうとするも間に合わず、赤黒く光る杖が燃え盛る炎に変わって飛んで行った。


「ーー!」

「ーー忌々しい精霊の力を宿した石よ、捧げた言霊と共に余の呪いと化せ」


もはや誰の制止も叶わず、ヴァルデマールの詠唱によって大きな鳥を象ったような炎が、真っ直ぐにアドリエンヌを貫いた。


「母上ーー!」

「!?」

「はあ、はあ……余がなんの考えも無しにお前を呼ぶものか」


息を荒げたヴァルデマールの床を這うような笑い声が響くと共に、アドリエンヌの赤い目が一層燃えて、その口から甲高い叫び声が上がる。


「アドリエンヌ様!」

「ヴァルデマール……!一体何をした、」


アルヴェツィオが首元に剣を突き付けると、だらりと垂れたヴァルデマールの腕が床に付いた。


「ふははは。アドリエンヌを生ける呪いとしたのだ」

「まさか、そんなことができるはずが」

「馬鹿め。長年精霊の血を糧とした私と一度通ったのだ。こうして私の呪いとして染め上げることなど、造作もないわ」

「っく、……下衆が、……」


ジャンを若い兵へ託し、ドレスの中から剣を抜いたエドアルドがヴァルデマールを睨んで立ち上がった。


ーーああ、早く、早く。これ以上、誰かが傷付く前に。


私の想いの外で駆け寄ったカールがアドリエンヌの悶える肩を抱くと、すぐさまその体がよろりと崩れた。


「うう、ううう……頭が、頭が痛い……」

「アドリエンヌ様、私です、カーリタースです!どうか、どうかお気を確かに!!」

「カーリタース、!……カール……」


カールの賢明な呼びかけでアドリエンヌの目がほんの一瞬素の色に戻ったと思ったが最後、その瞳に再び赤黒い炎が宿った。


「ーー忌々しい、金の目だわ」



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