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無人の牢屋



「これは、どういうことだ……!?」



階段を下りきった空間には年季の入った牢が連なっていて、その中には区切られたベッドやいくつもの捨て置かれた鎖、それに赤い文字の書かれた小さな紙が所狭しと貼られていた。

その光景は最早怨念と表す他に無いほど、精霊への憎しみに溢れているようだった。


「……そんな……」


そうしてその空間に、今にも膝を折ってしまいそうなカールの声がどこまでも響く。

がらんとした空間には、最近まで誰かが居た痕跡がはっきりとあるのに、その実そこには誰も居ない。


……ただの、一人も。


「……一体、此処に居た者達はどこへ」

「ま、まままさか……皆あの液体に……」


身構えていた剣を降ろしながら静かに口を開いたエドアルドへ、ガタガタと震えるアーブラハムが叫ぶ。すぐさま睨んだエドアルドがそれを黙らせた。


「こ、此処には私の父や母も、……居たはず、なのですが……」


全く人影のない場所を向いて悲嘆の滲む声でカールが呟くと、少し難しい顔をしたシルヴィオがくるりと回って辺りを観察した。


「……ほんの最近まで此処にいたのは間違いないでしょうし、ルーキスの父君の反応がある以上、命の危険という訳ではないのでは」


静かに告げられたシルヴィオの声にはっとして、カールが喉を鳴らす。


「た、たしかにそう、ですね……」

「しかし、一体どこへ移送されたのだろうな」


ドレスの内側へ剣をしまいながら不機嫌そうに眉をひそめてそう言ったエドアルドに、カールが苦しげに眉を寄せた。


「……わかりません。見ての通り、呪いに囲まれた空間に居た精霊達の気配を辿ることは叶わないのです」


悔しげなカールの言葉で少しの沈黙が訪れて、やがて溜息を吐いたエドアルドが階段へと戻る。


「行くぞ」

「へ、ど、どちらへ!?」


階段に向かって慌てて火をかざしたアーブラハムに、エドアルドが鼻を鳴らした。


「我が父の元に決まっているだろう」

「我が父……!確かに、ルーキスの父の行方を知るのはヴァルデマール王、ただ一人か」


カールの静かな呟きを聞きながらベールを元に戻し、階段を上がり始めたエドアルドの靴音に皆がゆっくりと続く。

確かに誰かを救えると下った階段よりも、それはずっと長く感じる道程だった。


……どうしよう。捕らえられていた精霊達を浄化の力で救い出して、共にヴァルデマールと闘うはず、だったのに。


一体、これからどうなってしまうのか。そこにあると思い込んでいた希望の光が見えず、どんよりとした思いで俯いてしまう私の背をシルヴィオの温かな手がそっと押した。


「ジュリエッタ、大丈夫ですか」

「……ルヴィ、」


その優しい声音にハッとして、私は勢いよく階下を振り返る。


「……ルヴィ!そうだ私、ここでフィレーネレーヴを使わなくて良かったのでしょうか」


……あれだけの呪いだ、浄化が出来るのなら早いうちに浄化をしておいた方が良いに違いない。


そうまくし立てようとした私に、しかしシルヴィオはゆっくりと首を振った。


「精霊達がいないと解っている以上、兵を呼び寄せる危険を冒してまで浄化をする必要はないと思います」

「で、でも」


シルヴィオの言っていることの道理はわかるのに、階下に広がる光景が重たくのしかかって、素直に頷くことが出来ない。

俯いた足元にもよく見れば点々と赤が落ちていて、私は思わず込み上げてくるような熱に口元を覆った。


「う……っ、」


いずれかの方法で血を抜かれ、憎き王の糧或いは同胞を呪う力に変えられて。宿した子はお互いの枷として、新たな糧として離される。……そんな、そんな酷いことってあるだろうか。


此処にいた人たちの想いを汲めば汲むほど、ぐうっと目頭が熱くなってくる。


「で、でも……せめて、何か、」


ぽたりと堪えきれない雫が落ちて、点々とした赤に吸い込まれていく。


「ジュリエッタ。ルヴィの言うとおりだわ」

「…………!」

「わたくしたちが救うべきは、この空間ではないでしょう」


敢えてこちらを見ないように首を少しだけ傾けて、凛としたエドアルドの背中が部屋から差し込む光に照らされる。


「為すべき事を為すために、今は堪えなさい」


そう言ったエドアルドの歯がぎりっと噛み締められたのが解って、私は慌てて涙を拭った。


「……さ。かの王に引導を渡す時だわ」


そう宣言したエドアルドに続いて、ぎゅっと唇を引き結んだ私達は足早に王の寝間を後にした。


ぽっかりと空いた空間がほんのりと青く光り始めたことには誰も気がつかぬまま……ーー





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