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触れることの出来ない壁



「力強い別働隊が、きっと上手くやってくれているはずですわ」



なるほど、と一つ頷いたカールが階段上の壁になっていた箇所に触れると、どういう仕組みかすぐに元の無機質な廊下が顔を出した。


目に見える景色は変わりないものの、静かだった空間が開けて、城のあちこちから混乱するような声が響いている。


それもそのはず、ふわりと広がった花びらはどこまでも壁を突き抜けて、さらには風に乗るようにしてその範囲をどんどんと広げているように見えた。


……事情や仕組みなんかを一切知らなければ、得体の知れない光はさぞ恐ろしいことだろうなあ。


そのおかげか、この場所を訪れる前と比べて城内はにわかに騒がしくなっているようで。響いてくる声は場当たり的な対処に追われているのか、すぐにこの場所へ辿り着ける兵士も居ないようだった。


「これは……」

「予期せず、風の力で浄化が進んでいる、のでしょうか」


難しい顔でぼそりと呟いたシルヴィオに、エドアルドが控えめに喉を鳴らした。


「兼ねてより得体の知れぬ力だとは思っていたが、……まさかこれ程とは」

「コホン、アドリエンヌ様。素が出ておいでですよ」

「ーーおほほ。わたくしとしたことが」


まるでお笑いのコントのように話す二人を微笑ましく思いながら、ふと後ろを振り返る。階下には私と同じように笑う親子がいて、それがなんだかとても嬉しくて。お互いに笑顔で少し手を振り合った。


「何にせよ、追い風であることは間違いありませんわね」

「そうですね、と、ルーキス!?」


頷き合ったエドアルドとシルヴィオの間に、突如階段を駆け上がってきたルーキスが飛び込んだ。咄嗟に受け止めたのはエドアルドで、抱き留められたルーキスが、じっと真面目な顔で見上げていた。


「……き、気をつけてね!」


やがてルーキスが意を決したようにそう言って、その視線を受けたエドアルドがゆっくりと頷いた。


「ーーええ、」

「僕、助けてもらって嬉しかった!だから、だから今度は、僕が助けるからね!」

「ルーキス」

「……ね、僕と、似てるんでしょ?」

「!……それは、」

「ねえ、約束だよ。僕も頑張るから、絶対絶対、また会おうね!」


お兄ちゃん、と静かにルーキスの唇が動いて、少しの間の後でふっと笑ったエドアルドがルーキスの頭を撫でた。


「ええ、約束ねルーキス。……お前は、母をしかと守るのですよ」

「ーーうん!」


エドアルドの言葉に笑顔を浮かべ、大きく頷いたルーキスが母の元へ戻るのを見送ってカールが口を開いた。


「……参りましょう」


そうして再び目を閉ざしたカールへ頷いて、出来るだけ落ち着いた様子を保って廊下を進む。


窓から窺える景色の中で、舞い上がった花びらが兵士達の前で渦巻いたり、人を翻弄するように動いているのが遠目にもわかった。それはまるで、子供が遊んでいるような。……あんなの、初めて見るなあ。


混乱の最中で私達を見咎める者も居らず、順調に歩を進めて私達は件の寝間へと辿り着いた。


「こちらです。……此処を守っているはずの兵士も出払っているようだ。」

「では王は此処には、」

「いや。王はいつも、研究の際には人払いをされる。……油断は禁物だ、アーブラハム」


気を緩めたアーブラハムへゆるりと首を振って、カールが扉を叩いた。


「……ヴァルデマール王よ、いらっしゃいますか」


恐る恐るといった様子で声をかけるが、しんと静まった部屋からは何の返事もない。


「ーー間に合ったようですね」


カールが一息吐きながら懐からいくつもの鍵を取り出し、慣れた手付きで扉を開く。覗いた部屋の中は豪奢な造りのベッドなどがあるものの、予想していたよりずっと整然と片付けられていた。


在るべき主人の居ない空間へ周囲を気にしながら全員で踏み込んで、カールが最後に扉を閉めた。そして部屋の中を見回して、ふとその首が傾げられる。


「……?」

「カール殿?」


どうされました、とアーブラハムが問えば、カールは思考を振り払うようにすぐさま首を振った。


「ーーいや、なんでもない」

「そうですか。……それにしても、此処は以前と全く変わらず、私の知っているヴァルデマール様のお部屋ですが……本当に此処に?」


訝しげなアーブラハムが壁際にあった適当な本棚に触ると、途端にガラリと音が鳴って本棚自体が横へずれ込んだ。


「っひ!?」


本棚があった位置にはぽっかりとした穴のような大きな空間と、更にその先に錆びついた錠のかかった扉が見えた。


「でかしたぞ、アーブラハム!」

「え、ええ!?私、これ、壊し、」

「壊してなどいないさ。それは私には決して触れることの出来ない壁だったのだ」

「触れる、ことの出来ない、壁ぇ!?」


心臓の辺りを押さえて浅い息を繰り返すアーブラハムに、カールが口元だけで微笑んだ。


「その本棚に詰まっているのは、全てヴァルデマール王の生み出した呪いなのだ。一度閉じ込められた精霊は本棚を蹴破って出ることも叶わず、同族では外からも助けられない。……そういった、壁だ」

「!ではこの奥に精霊達が、」

「ええ。……そしてあの扉は、この鍵で開くはずです」


驚くシルヴィオの声に頷いて、カールが少し錆びのついた鍵を取り出した。


「早速参りましょう、」

「待て。その鍵を渡せ、カール」

「……エドアルド様?」

「その扉に仕掛けが無いとも限らない。……私がやろう」


言いながらベールを払い、ドレスの裾をも捲って、丁寧に仕舞い込んでいた剣を取り出した。……あ、案外綺麗な足……じゃなくて!こ、これはもしや映画なんかで見る暗器というやつ!?


「しかし、」

「大丈夫だ。私はお前の知る通り精霊の血を継いでいないし、そこのアーブラハムよりも腕は立つ。……適任だろう?」


くっと挑戦的に片頬を持ち上げて、剣を構えた反対の手をカールへ差し出した。


か、かっこいいけど恰好が恰好だよ!?と内心でツッコむ私を他所に、カールに鍵を託されたエドアルドが身構えながらぽっかり空いた空間へと歩き出した。


「…………」


エドアルドに続いて入り込んだ空間はひんやりしていて、いくつもある棚には赤い液体の入った瓶や赤い字の書かれた紙が所狭しと置かれていた。


「これはまさか……」

「ええ。此処にあるのは全て精霊の血を加工したものでしょう。……何せ、呪いは他ならぬ精霊の血から作られているのですから」


平淡にも聞こえるカールの回答にぐっと息を呑んで、瞬間的に込み上げる吐き気を堪える。


「……っ!」


……ま、まさか精霊避けの呪いが、精霊そのものの血から出来ているだなんて。そんな、そんなことが、……だってそれじゃあ、この世界では……


今まで出会ってきた精霊の顔が頭を過ると同時に、とんと暗い世界に沈み込みそうになった私の手をシルヴィオがそっと握ってくれた。


「……開いたぞ」


ハッとして前方を見ると、少し順調過ぎる気もするが、と小さく呟いたエドアルドがそのまま勢いよく扉を開ききった。


すぐさま剣の先を空間へと向けるが、そこには何もなく。ただただ、絨毯も灯もない階段が下へと続いているようだった。


ひんやりとした風と、例え難い匂いがその暗がりに覗く階段から上がってくる。


「この先が、……」


温かなシルヴィオの手を感じながら、私は敢えて深呼吸をした。……此処で立ち止まっている場合じゃない。私はまだ、まだこの先に、助けたい人たちが居るのだ。


「行きましょう、先へ」


アーブラハムが慌てて火を灯した蝋燭を持ってくると、誰ともなくごくりと唾を呑んで、私達は静かに階段を下りた。


「…………」


しばらく階段を下りる靴音だけが響いて、長い道の先にアーブラハムの持つ灯以外の光が見えたところで私達は先程以上に息を呑んだ。


「これは、どういうことだ……!?」



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