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別働隊、王の目測



『力強い別働隊が、きっと上手くやってくれているはずですわ』



っくしゅん!と、突然くしゃみをした男を振り返る。

銀髪に染まった髪を揺らしながら、その男は苦い笑いを浮かべた。


「誰かが噂をしているようです、父上」


私の息子であるシルヴィオとは瞳の色も声音も違うが、限りなく模した姿でジャンが笑う。


「ほう。良い噂であると良いな」


私は少し肩を竦めて、ジャンに笑いかけるフリをしながら静かに辺りの様子を窺った。


ヴァルデマール王が居るという玉座までの道程は長く、その間へと近付くほど、廊下を案内する兵士達が不思議そうに辺りを見回す回数が増えた。


きっと先程から城内が騒がしくなっていることと関係があるのだろう。


目を眇めた私に気付いたフィルがそっと近寄って、兵士に聞こえぬよう潜められた声が添えられる。


「花姫チャンが力を使ったみたいだわ」


ーー上手く、精霊達のいる場所へたどり着いたということか?


目で問うが、フィルはゆるりと首を振った。


「いくらかの反応はあるけれど、とても全部では無いと思うわ」


その答えに頷きを返したところで、兵士達が大きな扉の前で立ち止まった。


「こちらがヴァルデマール王の居られ、……ヴァルデマール王!?」


私達へくるりと向き直って仰々しく説明をしようとした兵士が、まるで信じられない物を見たような顔で廊下の先を二度見した。


その視線につられてそちらを見れば、輝く石がいくつも埋め込まれた杖に体重を預けて、よろけながら移動を試みるヴァルデマールの姿があった。


……随分、年老いたな。


祝祭で顔が見えた時よりもずっと老けて、だらりと垂れた頰の皮膚がだらしなく、金の髪ももうほとんど白髪のようになっている。挙句自らが怠けた結果の体躯をも支えきれぬようで、足元も覚束ない。


ーーそんな姿になってまで、一体何に縋ろうというのか。


「ヴァルデマール王、如何なされました!」


慌てた兵士が駆け寄ってヴァルデマールを支えたのを、当のヴァルデマールが振り払った。


「ええい、離せ!何人も余の邪魔をするでない……!急がねば、急がねばならんのだ」


私が気配を消してそっと近寄ると、ヴァルデマールの視線は外へ向いていて、城の一部から青い光の花びらが舞い上がっているのが見えた。


……ああ、やはり美しい。あれこそは間違いなく、花姫様の浄化の光だ。


花びらは風に乗って広がるようで、どんどんとその光の範囲を広げているようにも見えた。


「忌々しい……余の城であのような、すぐに呪いを施し直さねば……」


ブツブツと苦々しく述べられたそれもはっきりと耳に届いて、私は思わず笑ってしまった。


「よもや噂とはこのことかもな」

「!何奴、……お、お前は!?」


耳の力は衰えていないのか、私の呟きに反応したヴァルデマールがさっとこちらへ向き直った。そうして、酷く狼狽えた目で私を見る。


私はじっと曲がったヴァルデマールの背を見て、それから心がけて外交的な笑顔を作った。


「先の祝祭では我がフィレーネ王国にご来訪いただき誠にありがとうございました。ヴァルデマール王よ。」

「な、何故、貴様が……」

「うん?そのように驚かれることはありますまい。私共は貴方からの招待状をいただいたのですからな」


出来るだけ毒気の混じらぬよう、ほっほ、と笑いながらイグニス王国の封蝋が施された手紙を見せる。

すると、ヴァルデマールが苦い顔で奥歯を噛んだ。


「余は花姫を招待したのだ。お前なぞ……ーー」

「ヴァルデマール様。」


呼んでいないとはっきり言い捨てようとしたヴァルデマールに、花姫様を模したエミリアが声をかけた。


「ーーお、おお!?其方が花姫か!?」


老いた瞳がギラつくように光って、その目が品定めをするようにエミリアを見た。


……なんと、反吐が出ることか。


「左様でございますわ。ヴァルデマール様」

「おお、おお。余は其方の来訪を待ち望んでおったぞ!」

「ヴァルデマール様。此度はご招待いただきありがとうございます。……わたくしの婚姻を祝ってくださるとの報せ、有り難く受け取らせていただきました。」


ヴァルデマールがじりじりと近寄りながら口を挟もうとするのを意にも介さず、エミリアはベール越しににこりと微笑んだ。


「おおなんと、なんと美しい笑顔か、早くその全てを余に……」

「偉大なヴァルデマール様が統べられるイグニス王国ほどの大国ともなれば、わたくしの夫や父なる王も共に参らねば失礼にあたるかと思いまして。……わたくしが共に来てくださるようお願いしたのです。構いませんよね?」

「ああ構わん、構わんとも……ん?……なに、夫ぉ?」


エミリアの手に触れようとしたヴァルデマールの前に、ジャンがすっと割り込んだ。


「ご挨拶させていただくのは初めてですね、ヴァルデマール王よ。私の妻をこうしてご招待くださりありがとうございます。……私はフィレーネ王国が第二王子、シルヴィオ・フィレーネアと申します」


以後、お見知り置きを。とにこやかに述べて、ジャンが一礼をした。


「……む。余の方が余程良い男ではないか、」


ぎりりと歯を食いしばってそう言ったヴァルデマールに、エミリアが笑い声を上げた。


「な、何を笑っておるか」

「いいえ、ヴァルデマール様。……わたくし、ベールのおかげでヴァルデマール様のお顔がよく見えませんの。」

「そんなもの、さっさと……」

「……けれどこのような廊下で顔を見せるのは恥ずかしいのです。ですから、ね、ヴァルデマール様。どうかあちらの間で、人払いをしてくださいませ」


甘く囁くようにエミリアが声を潜めて、弛んだ頰を上気させたヴァルデマールが何度も頷いた。


「兵よ、お前達はあの光の元へ行け、これより広間には誰も入れるでないぞ!」

「は、……」

「さ。参りましょう、ヴァルデマール様」


エミリアに背を押され、すっかり口元を緩ませたヴァルデマール以外の四人が目配せをして頷き合う。

呆気にとられた兵士達を廊下に置いて、私達は無事玉座のある間へと入り込んだ。





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