目を閉ざした男
「お待ちください、……アドリエンヌ様」
曇った空に際立つようなオレンジの髪が印象的な男性が、言うが早いか燕尾服を翻してひらりと壁を超えた。
「!」
その身軽な動きに呆気に取られていると、目を閉ざしたまま難なく着地をした男性が静かに立ち上がった。
「……失礼ですが、貴方は?」
あっと声を上げたアーブラハムよりも早く、エドアルドを庇うように前に出たシルヴィオが問いかける。と、そのオレンジ色の男性がふっと口元だけで笑った。
「私はヴァルデマール王の側近を務めている、カールと申します。……アドリエンヌ様のご案内をするようにと言付かって参りました」
「……そう。折角だけれど、その必要は」
「いいえ。貴方様には私が必要な筈ですよ。……アドリエンヌ様」
ずいっと近付いて、カールと名乗った男性がエドアルドの手を取った。そうして、エドアルドに向けて小さく囁く。
何を話しているかは明確に聞こえないけれど、きっとこの人がジャンの言っていた『協力』を仰ぎたい人だろう。
「…………でしょう?」
ハッとしたエドアルドがカールを見て、そうしてゆっくりと頷いた。
「……では、カール。わたくしを例の場所へ案内なさい」
「ええ。お任せください」
何故か少しソワソワした様子のルーキスを連れ、カールを先頭にアーブラハム、エドアルド、そしてシルヴィオと私が続いた。
赤い絨毯の敷かれたお城の中もとても綺麗で、アーブラハムが言っていたような、限界を感じている国だとはとても信じられない。……ただ、立派なお城なのにどこか物悲しさを感じる。
無機質にも感じられる廊下をずっと進んで、隅の方にどんよりとした気配のある階段が見えてきた。
ーーあ、そうか。歩いている間ずっと思っていたけれど、このお城の中には絵画も花も、彩りのあるものはなんにも飾られていないんだ。
文化的な彩りが、何もない。それはなんと寂しくて、心細いことだろう。
「うん?此処は……」
「……皆様、皆様の求める場所とは別ですが……一旦、こちらに。」
アーブラハムの言葉を遮るようにそう言ったカールがさっと階段を下りた。続いてその階段を下ると、すぐさま後ろの空間が壁のように閉ざされる。
「!?」
「なに……!?」
咄嗟に身構えた私達を安心させるかのように薄暗い空間に自動的に火が灯って、そうして照らされた階段の先に鉄格子が見えた。
「あ!ママ!」
ぱっと顔を明るくしたルーキスが駆け下りるようにして階段を降り、鉄格子の向こうへ必死に手を伸ばす。
「ああ、ルーキス!どうして!?」
慌てて駆け寄ってきた女性がその手を取って、鉄格子越しにルーキスを抱きしめた。
「ルーキスの、母……?」
怪訝に立ち止まったエドアルドと私達を置いて、一人静かに階段を降りたカールが鉄格子の鍵を開く。
「……?」
開けた鉄格子の向こうには女性の他には誰も居らず、当の女性にも枷のようなものは何も付いていない。
「……どういう、ことだ」
小さく呟いたエドアルドに、ふと目を開けたカールが目に見えて苦い笑いを浮かべた。
「ここは、ヴァルデマール王の施した呪いのない、唯一の場所です。……エドアルド様」