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目を閉ざされた子供





しんと静まった馬車の中でかつて溶岩流によって隆起したらしい山を登って、やがて隅々までよく磨き上げられた美しい城へと辿り着いた。


王の権威を表すように聳え立った城壁には年季を感じさせるような欠けも剥がれも無く、どこを見ても異常なほど美しすぎる。一体これを保つのにどれだけの労力やお金がかかっているのか、考えるだけでも恐ろしい程に。


アーブラハムが御者を務めていた先を行く馬車から順に皆が降り始めたところで、突然泣き叫ぶような幼い声が響き渡った。


「ママーー!パパァ!!いやだ、いやだよぉ」

「ッ!こら!お前そっちは……」


はっとシルヴィオと顔を見合わせて、私達は扉が開かれるのも待たずに手早く馬車を降りた。

咄嗟に声のした方を探れば、困惑と焦りに満ちた顔の兵士が一人の子供を追いかけ回しているのが見える。


「……あれは一体、」

「っいや、いやだ、たすけてぇ!!」


黒い布のようなもので目を塞がれ、両手首に細い鎖を巻き付けられた金髪の小さな子供が懸命に城の外へ向けて走ってくる。

動揺に揺れる私達とは打って変わって、酷く落ち着いた様子のアルヴェツィオが子供を静かに抱き留めた。


「ヒッ……アルヴェツィオ王!?」


アルヴェツィオの姿を見るなり、子供を追いかけてきた兵士の顔がさっと青ざめて、すぐさまその場に膝をついた。


「こ、これはご無礼を……!」

「ーーこの子は」

「……は。『それ』は我が王からとある地へ運ぶよう賜った一奴隷に過ぎません。……他国の事情には深入りせずに、どうかお返しください」


兵士が意にも介さずに言ったそれが余りにも衝撃的で、自然と険しくなってしまう顔を手振りでシルヴィオに制される。


「たす、助けて!ねえ、僕が捕まったらママとパパが……!」

「ふむ。……何故、目を?」

「は……?な、何故と仰られても……我が国の奴隷は皆、目を閉ざされているので、……」

「……少し、失礼するよ。!……そうか、君の父君と母君は……」


アルヴェツィオが子供の目に巻かれた布を少しずらして、そうして全てを悟ったように目を細めた。


もう一度ぎゅっと力強く抱いて、少年の耳元でアルヴェツィオが何かを囁く。

その腕に抱かれたまま不安と恐怖に潤む少年の瞳は、フィルやレオ、アリーチャと全く同じ、金色だった。


「…………やくそく?」

「ああ。約束だ」

「わかった」


アルヴェツィオと言葉を交わして、自ら目元を閉ざした少年が跪いた兵士に引き渡される。


ーーちょっと、ちょっと待って。


金色の瞳、奴隷、ママとパパって……それって、もしかして……ーー


事情も分からないまま思わず声を上げそうになった私の肩を、目を閉ざしたフィルが引き止めるように叩いた。


ハッと口を噤んでフィルを見ると、特別な言葉もなくゆるりとその首が振られて、シルヴィオと二人でエドアルドの後ろに控えるよう促された。


「っいた、痛いよぉ」

「……」

「大人しくしろ、全く手間かけさせやがって」

「うぅ、……」

「…………」


……今は、今は堪えなければいけない。例えあの子一人をここで救っても、あの子のママとパパはきっと、この城のどこかに捕らわれているままなのだ。


ーー今は、今だけは問題を起こす訳にはいかない。


「っぐす、ママ、パパ……」

「………………」


ーーそう、わかってはいても。胸の中にどろりとした感情が渦巻いて、涙が出そうだ。


救う手段は確かにあるのに、今はまだ使えないなんて……


「お待ちなさい」


甲高い声が真っ直ぐに響いて、ビクッと体を揺らした兵士が立ち止まった。


「それはどちらに運ばれるのかしら」

「それは勿論アメ……って、そ、そのお声はもしや、」

「あら。わたくしの顔を忘れるだなんて随分仕事熱心なのね。」


言いながら、目の前に立ったエドアルドがゆったりとした手付きでベールを持ち上げた。


「アドリエンヌ様!?ど、どうしてこちらに、」

「『それ』……わたくしに預けて頂戴。」

「は!?し、しかしこれは貴方様の父君にお渡しするもので……!」

「……そう。そうでしょう?そうだと思ったの。お父様から確かに言付かったわ。お城への用事のついでに、それを受け取りなさい、ですって。」

「そんな、はずは……」

「わたくしを疑うの?疑うのね?そお、お父様への良い土産話が出来そうですわねえ」


おほほ、と高らかに笑ったエドアルドに、青ざめた兵士が縋るように声を上げる。


「う、うう疑うだなんてそんな!ただ私は、責務を全うしなければ家族の生活が危うく……はっ、いえその、」

「……そういうこと。ヴァルデマール王にもお父様にも、上手く伝えます。わたくし、貴方のことを悪いようにはしませんわ。」


カツンと靴音を鳴らして、アドリエンヌを模したエドアルドの背中が少年を迎えに行った。

アーブラハムやシルヴィオ、私も従者の動きでそれに従って、好奇でこちらを見る兵士達の視線から少年を遮った。


「ーー鬱陶しい鎖だわ。わたくし金属の音って嫌いなの。これも外して頂戴」


怪訝そうなエドアルドが出す指示のままに少年の鎖が外されて、目元を覆う布も取り払われた。


「ご苦労様。もう行きなさい。」

「は。」


終始不安げな様子の兵士が深々と礼をして立ち去り、金の瞳を潤ませた少年がぎこちなくエドアルドの手を握った。


「……どうして?」

「……どうして……?どうして、……わたくしの息子に似ているから、かしら。」


少し低くなったエドアルドの声音が、少年の問いに戸惑うように揺れていた。


「そう、なんだ……ありがとう」

「ーーお前、名は?」

「僕はルーキスだよ」

「そう、ルーキス。……お前の母と父がいる場所はわかる?」


城の入り口の周囲に立っている兵士に視線を巡らせて、より小さく声を潜めたエドアルドに、ルーキスが何度も頷いた。


「良い子ね。」


ぽん、とルーキスの頭に触れて、エドアルドがアルヴェツィオに向き直った。


「ーーアルヴェツィオ様。わたくし少し用事を思い出しましたので、ヴァルデマール様へのご挨拶をよろしくお願いいたしますわ」

「ああ、わかった。……また後程。」


こくりと頷き合って、アルヴェツィオ、ジャン、エミリア、フィルの四人がヴァルデマールへの謁見の為に数人の兵士に導かれていく。


力強く頷いた四人の姿を見送ってからアーブラハムを先頭にして、勝手知ったる顔で城内に入ろうとした私達に、城壁の上、一段高いバルコニーのような場所から男性の声が降った。


「お待ちください、……アドリエンヌ様」



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