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閑話、とある兄弟の会話





長年、私の心の中でわだかまり続けていたものが解けて、こんなにもすんなりと受け入れられる日が来ようとは。


そんな日が来ると、知っていたのなら。


沢山の光の花に見送られ、フィレーネ王国を出港してからしばらくが過ぎた。


アリーチャの率いる船団と幾ばくかの海里を共にして、静かな空に美しい月が登り切った頃に道を違えた。


父上アルヴェツィオとフィル、兄上エドアルドにエミリア、ジャンと、そしてジュリ。それぞれがアリーチャとしばしの別れと激励を送り合うのを、私はなんとなく遠目に見ていた。


船を隔てた中心で、アリーチャへ向けて少し心許なげに彼女が笑う。その表情と月光を受けて艶を映す黒髪が、何よりも美しかった。


「様、……シルヴィオ様ったら!」


惚ける私に、呆れたようなアリーチャの声が届く。ハッとして視線を移すと、舵取りに合図を送るアリーチャが少し呆れたような、からかうような笑顔で笑った。


「!アリーチャ様」

「ジュリア様のこと、精霊達のこと、よろしく頼んだよ!」

「は、……アリーチャ様もどうかご無事で!」


私が声を張れば、遠く離れ始めた船からアリーチャがひらりと手を振った。


静かな波の音がどこまでも響いて、月に照らされるだけの海上ではすぐにその船の姿も見えなくなった。


別れを終えて皆が船の中に用意された自室へと戻っていく中で、私は一人、なんとなく海を眺めていた。


「……シルヴィオ」


暖かな海風に誘われて船の縁で月を見上げた私に、長年会話という会話をしてこなかった声がかかる。


「兄上……?」

「少し、良いか?」


私が頷けば、ややぎこちない足取りでエドアルドが隣に立った。


「その、……良い夜だな」

「……そう、ですね」


会話すらもぎこちなくて、自然と口が重たくなる。……一体、何を話すつもりなんだろうか。


思わず身構えてエドアルドの顔を見ると、懐かしい瞳と目が合った。……ああ、この目は。


「私がきちんと見ていない間に、大きくなったな。……もう私よりも大きいんじゃないか?」


そういって緩んだ目元はまさしく。幼い頃、私が心から兄と慕った当時の、兄上の目だ。


「そりゃあ、もう……私だって成人も済んでますし……」

「そうだな。あの時もまともに祝ってやらなかった。……すまなかった」

「……一体何度謝るんですか、兄上は」

「何度だって謝るさ。お前には本当に、謝っても謝りきれまい。……本当に、償いきれない事をした」

「…………」


兄上が改めて言うのはきっと、あの時の事だろう。……けれどきっと、あの時の事が無ければ、私は今、ここに立っては居ないはずだ。


本当に限られた一部の者しか知らないが、私は昔、アドリエンヌの用意した誕生祝いで死にかけたことがある。……それを私に渡したのは兄上だったが、兄上はきっと、呪いが込められていたことなど知らなかったのだ。


……けれども兄上はその当時から私を酷く避けるようになり、それから私達兄弟はずっと、歩む道を違えていた。


「変えようのない過去はどうあれ、家族ならば未来のために話し合え、と。私達を再び繋いでくれた花姫様なら、……そう言うでしょうね」

「……未来のために、か。」


呪いを受けて生死の境を彷徨ってからというもの、アドリエンヌにはきちんと警戒をするようになったし、その時に見た夢のおかげで私は日々を生き抜くことが出来た。


全てが全て良かったことばかりでは無いけれど、これで良かったということもきっとあったのだ。


「私は兄上を憎ましく思った日もあった。……けれど今となっては、そんな日もあったな、くらいのものです。」

「ーーシルヴィオ、」

「あの時のおかげで、私はプリモ・アモーレも経験出来ましたしね」


脳裏に浮かぶ、幼い少女の姿。あの子はきっと、あの時に死にかけなければ出会えなかった。……と、思う。


「たしかに。……花姫様という存在を、幼い頃から一途に想い続けていてよかったな。」


ゆっくりと頷いたエドアルドが、はにかんだ私の姿に幼い頃を見たようで、昔のように柔らかく目を細めた。


「でしょう?私の自慢のお嫁さんです」

「……言うようになったな」

「ーーあ。過去のことは変えられないので、もう一度だけ、念の為に言っておきますが、兄上にはもう、『次』はないですからね」


案に不届き者として吹っ飛ばした事を指せば、やや苦い笑いを浮かべたエドアルドが確かに頷いた。


「!……しかと肝に銘じておく。」


許すとも許さないともなく、私達が久方ぶりに兄弟としての会話を交わすのを、穏やかな海と月だけが見守っていた。


兄弟と恋や愛の話をするなんて嫌に気恥ずかしいけれど、その気恥ずかしさが懐かしく、何より不思議と心地良かった。





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