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イグニスへの旅立ち



「ーーこれは、エミリア本人の意思でもあります」



はっと顔を上げたエドアルドが、真っ直ぐな目でジャンを見た。


「本人の意思だと……?」


エドアルドの視線に一つ頷いて、それからジャンが軽く目を伏せた。


「先程、少しだけ話をしたのですが。彼女は……エドアルド様の在る所に、わたくしが居なくてどうします、と。そして、イグニスには一度赴いたから解ることもあると……。危険も全て承知の上で、自ら同行を願い出ました。私はあくまで、その希望を汲んだに過ぎません」

「……エミリアが、」

「はあ。そうさ、エド。……全く妬けるよ。昔からそうだもの」


考え込むエドアルドの横顔を見ながらどこか諦めにも似た笑みを浮かべて、ジャンがさっと肩を竦めた。


「ふうん。そういうことか。……ジャンはいい男だねえ」


そんな二人の様子を眺めて笑うアリーチャの、何ということもない呟きを聞いたナターシャが突然吹っ切れたように頷いた。


「ーーそう、そうね。……確かに、貴女達なら大丈夫ね!」


そうして、ふっと微笑んだナターシャが玉座へ向けて歩き出すと、アルヴェツィオが少し驚いた顔でナターシャに声をかけた。


「!ナターシャ、」

「……貴方。エドアルドとずっと共に居たエミリアならば、きっと、アドリエンヌ様の装いを手伝うにも打ってつけでしょう。」

「し、しかし」

「わたくしの甥であるジャンが、守ると言ったのですよ。大丈夫、貴方やエドアルドの懸念するような事にはなりませんよ。……それに、わたくしは信じているのです。彼等を皆、良い方向へ変えてくれた花姫様を」


言いながら座したアルヴェツィオの横で笑いかけて、ナターシャがくるりとドレスを翻して私を見た。


「あの子達にはお互いを想う愛がありますもの。きっときっと、大丈夫よ」

「ナターシャ……」

「私も勿論、貴方を愛しているわ。……だからね、アルヴェツィオ。この国は私に任せて。新しく踏み出したあの子達を、貴方の手でしっかりと守って頂戴!」


そう言って、不意に活発な少女のようにニッと笑ったナターシャが、バシンとアルヴェツィオの背を叩いた。

その勢いでしゃんと背を伸ばして立ち上がったアルヴェツィオが、ハッとして皆の顔を見る。


「あら、ナターシャチャンのあんな顔、久しぶりに見たわねえ」

「アタシはあっちの方が馴染み深いけどね」


くすくすと笑い合うフィルとアリーチャにつられて、アルヴェツィオがその表情を和らげた。


「……そう、そうであったな。皆、皆のことは王たる私が……俺が、責任を持って守る。エドアルドもジャンも頭を上げてくれ。」


自分を指す言葉を変えると共に、アルヴェツィオの瞳に強い光が灯った。


「父上?」

「アルヴェツィオ王……」


名指しされたエドアルドとジャンが不思議そうな顔で立ち上がったのを見て、真っ直ぐ立ったアルヴェツィオがゆっくりと頷いた。


「うむ。むしろ頭を下げるのは、俺の方だったのだ。ナターシャ、フィル、アリーチャ、エドアルド、シルヴィオ、ジャン。アーブラハムに、……花姫、ジュリア様。皆、どうか……俺に力を貸してくれ」


そう言って深く頭を下げたアルヴェツィオと、この場にいる皆が各々に頷いたのを見て、ナターシャがふと得意げに笑った。


「この人もうずっと伏せってたけど、未だに剣術の腕は一級品なのよ!例えフィレーネレーヴを使えずとも、貴方達の命は、その想いはきちんと守られますからね」

「……ナターシャ、そう持ち上げるな」

「妻たるもの、貴方を持ち上げなくてどうします!……なんて。冗談ではなく、絶対に無傷で、皆を守り切ってくださいね」


笑顔の裏で、わたくしとの約束ですよ、と静かに付け足された言葉を聞いたアルヴェツィオが、優しくナターシャの手を取って跪いた。


「ああ、君に誓って。」


豪奢な造りの広間で、玉座を背景に美しい王妃様に跪く王様という図は、なんとも絵になる光景だった。


きゅんと高鳴る心と少女マンガ脳に任せて惚けていると、私の手に誰かの温もりが触れた。


「……シルヴィオ様?」


そっと声を潜めてその名を呼べば、シルヴィオは少しばかり照れたような顔で笑った。そうして、一度きゅっと握られてその手が離れていく。……離さなくても、いいのに。


さっきとは別の意味できゅんと締め付けられた胸を抱えていると、ナターシャにぐっと引き上げられるようにしてアルヴェツィオが立ち上がった。


「確かに頼みましたよ。……皆、わたくしにお帰りと言わせてくださいね」


手を取り合ってにこりと笑ったナターシャとアルヴェツィオへ、皆が再び頷いた。それから二人に座るよう促したアリーチャが、ふと思い出したように口を開く。


「そういえば、イグニスの船団は予定通り、こちらで決めた例の海域に集まったようだよ」

「なに、本当か」

「ああ。アルヴェツィオ様。あの子が言うんだもの、間違いないよ。アタシは船を率いてそっちの警戒に向かおうと思うけど、……イグニスへ発つならアタシが船団と接触するより早い方が良いよねえ?」

「うむ。そうさな……急な出立となってしまうが、概ね予定通りだ。」

「ええ。……手配が遅れず何よりです。皆、明日には此処を発つつもりですぐに準備をしてください」


ナターシャの掛け声と共に、フィルとアリーチャ、アルヴェツィオが頷き合って、すぐに広間のフィレーネレーヴが解除される。

矢継ぎ早にメイドや執事が呼ばれ、今一度お互いの決意を固める間もなく、私たちは散り散りになった。


食事もそこそこに準備に明け暮れ、あれよあれよと言う間に、私は気が付けばプリンチペッサの街の広場に立っていた。

昨日とは打って変わって装備を整えた衛兵や臣下が集められ、すっかり綺麗に片付いた広場の周りには沢山の民衆も集っている。


抜けるような青空と街を染める青がなんとも綺麗で、まるでイヴェールの祝祭のようだと誰かが言った。

……そういえば今の時季はヴェルーノで、本来ならば緑色を貴ぶ時季だけど……国中がこんな様子でも、四季に例えられた精霊は怒ったりはしないのかな?ていうかそもそもフィルやアリーチャがあれだけ長生きなら、その眷属の精霊達はどうなんだろう。


「リ、ジュリ……大丈夫か?」


考え込んでいる途中で聞こえたシルヴィオの声にはっとして、私は慌てて頷いた。


「まもなく父上が登壇されるぞ」


広場の中央にエドアルド、シルヴィオ、私、ジャン、エミリアが礼をして立ち、マントを被ったアーブラハムが後ろで控える。


士気の高い目が、あらゆる方向から私たちを見ている気がした。……これはきっと、期待だ。誰かを思う、人の想いだ。


いつもより軽いドレスと青いマントに身を引き締められる思いがして、私は壇上に立つ王の姿を見た。


広場に集まった一人一人の顔をしっかりと見て、そうして空中に展開されたフィネストラの全てに向けてアルヴェツィオが頷いた。


「皆、いよいよだ。いよいよ、皆の大切なものを守る戦いが始まる。私と私の大切な子供達。衛兵達。皆が力を合わせて、これよりイグニスへ向かう。……この戦いは、愛の戦いだ。今や愛無きヴァルデマール王に、我々の愛を知らしめる戦いだ。皆、各々に、皆の大切なもののために、皆の愛の為に。私と共に戦ってくれ!」


アルヴェツィオが声を上げると、同時に国中から声が上がった。


「アルヴェツィオ王御一行、ご出立!」


衛兵が高らかに宣言をして、アルヴェツィオの歩みに合わせて音楽が奏でられた。


フィルがそれに続き、私達も順にその後に続く。やがて衛兵も連なった列が、海上に並ぶ大きな船へと続いていた。


皆が船に乗り込んで花の紋章が描かれた帆が掲げられると、見送る街の人々からぽつぽつと青い光が上がって、その一人一人の小さな花びらが合わさり、いつしか空いっぱいの花吹雪へと変わった。


「なんて、綺麗な……」


ぽつりと呟いて全てを見渡せば、風に舞い踊る青い花びらと共に、見送る人も見送られる人も、皆が祈るような笑顔で手を振り合っていた。





ーー戦いとは、争いとは。

人々が懸命に積み上げた日常を、こんなにも容易く壊しかねないものなのだ、と改めて強く思いながら、私や皆の想いを乗せた船は、遠くイグニスへ向けて旅立った。





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