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苦渋の選択



「ヴァルデマール王よりの招待状は、他ならぬ伝承の花姫、ジュリア様に向けてのものでございます」



アーブラハムの嗄れた低い声が広間に響いて、その言葉の意味を解りかねた私は、思わず何度も瞬きを繰り返してしまった。


……え?私?なんで、私?


「……それは花姫様を拐かし、政治利用しようという魂胆か?」


当初お前達が企てていた計画と同じものか、とシルヴィオが鋭く問えば、問われたアーブラハムがゆるりと首を振った。


「今のヴァルデマール王には、そのような緻密なお考えはありませぬ。……私も考え及びませんでしたが、エドアルド様も計画の存在をご存知なかったようで。あの計画は、王に唆されたアドリエンヌ様だけのものでございました。」

「……では何故、この状況下で招待状を……?」


怪訝そうなシルヴィオが小さく首を傾げて、肩を竦めたエドアルドが持っていた封筒の中身を検めた。


「ふうむ。何度読んでも、この書面にはシルヴィオ第二王子との婚約の祝いの為とあるが、……どうだろうな、ジャン?」

「うん?……うーん、ちょっと僕の口からは言いたくないな……」


エドアルドの視線に苦笑を浮かべて、アーブラハムを見るジャンが自分の腕をさするような動作をした。


「どういうことだ?」


怪訝な皆の視線がアーブラハムに集まって、なんとも気まずそうなアーブラハムがゆっくり口を開いた。


「……ええ……王は、先の祝祭で、……花姫様を一目見て、」

「一目見て?」

「そのぅ、……花姫様を……見初められたのでございます」


ゆっくりと述べられた言葉の意味を私の頭が理解すると同時に、ぞわっと鳥肌の立つ感覚があった。


……じょ、冗談じゃない。人間の皮を被った化け物なんかに見初められるだなんて、本当の本当に、心の底から真っ平御免だ。


思わずじりっと後ずさって、横にいたシルヴィオに抱きとめられた。


「大丈夫か?」


小さく私の耳元で聞こえた声に、なんとか首を横に振って答える。……大丈夫、な訳がない。


「ってことは、それって婚約の祝いと称して花姫チャンを城に招待して、……あわよくば自らが手を付けようってこと?」


そう言って首を傾げたフィルに、アーブラハムがまるで苦渋の選択をするように頷いた。


「その思惑があっての招待状だということは、間違いないでしょう……だからこそ、私はそこに付け入る余地がある、と考えました」

「付け入る余地、だと?」


不意に圧のある声を出したアルヴェツィオが、凄むようにアーブラハムを睨んだ。


「ひ、はい、アルヴェツィオ王、花姫様にヴァルデマール王のお相手をお願いしている間にーー」

「ーーならぬ!」


声量はさして大きくないのに、一喝したアルヴェツィオの声がビリビリと響いた。


「っし、しししかし、ただでさえ城の守りも監視も堅く、精霊を捕らえた場所は更にその奥深く、案内無しには辿り着けないような地の底と言っても過言ではないのです!だからこそ、王の意図を利用するより他に方法は……」


如実に狼狽えて震え出したアーブラハムが、助けを求めるような視線で私を見た。

その視線に思わずビクッと肩が震えて、目を逸らしそうになったところでジャンがそれをさっと立ち塞いでくれた。


「いいや。方法はあるよ。……少し、覚悟と協力が必要になるけれどね」


そう言って、ジャンがおもむろにエドアルドのことを見た。


「……私か?覚悟ならばとうに出来ているし、イグニスへ赴く道行きに加えられるのならば、何でもする心算だが」

「ーー言ったね?」


やれ言質を取ったとばかりに、ジャンがニヤリと笑った。


「……どういう、意味だ?」

「ジャン、……その方法というものを、わたくしにも教えて頂戴な」


怪訝に眉を寄せたエドアルドの横で、ナターシャが小さく微笑んだ。


「はい、伯母様。……私はオシオキの最中、捕らえたイグニスの民と共にフィネストラでその様子を見ていたのですが、……彼等はアドリエンヌ様の亡命とエドアルド様の血統を知り、余程の衝撃を受けたようでした。そうして、持っている情報を渡せばエドアルド様のように助けてもらえるかと問うたのです」


惜しむらくはその様子を記録できなかったことですが、と呟いて、ジャンがふっと笑みを浮かべた。


「それで、聞き出せた情報なのですが。今、ヴァルデマールの側近に一人、目を閉ざした男が居るそうでして。彼は元々、アドリエンヌ様のご実家であるアメルハウザー家に身を寄せていたらしく。……なんでも、閉ざされた目の理由はそこにあるとかで兎角アドリエンヌ様には強く出られないらしい、とのことでした。」

「へえ。そう、目を閉ざした、……ね」


フィルの独り言のような呟きを受けて、アリーチャとフィルが意味ありげに頷いた。


「……もしや、フィルやアリーチャ様には心当たりがおありで?」


その様子を見て二人へ問いかけたジャンの瞳に、フィルが至って普通の調子で首を傾げて見せた。


「いいえ?むしろ、ヴァルデマール王の側近のことなら、アーブラハムの方がよく知っているんじゃないかしら?」

「……なるほど」


すっと金色が揺らめく目を伏せて、小さく息を吐いたジャンがアーブラハムへと視線を移した。


「えっ!た、確かにその男は私も知っていますが……よく得体の知れない奴でしたよ……?素性も思っていることもよくわからんような、それなのに不思議と王の信頼も厚く、鍵の管理等も任されているという……噂で……」


並べた自分の言葉にはっとした様子で、それでもアーブラハムが困惑したような目でジャンを見た。


「ふむふむ、なるほどなるほど。……ならば、好都合だね」

「……あのぅ、それは好都合、とはいかないのでは」


恐る恐るアーブラハムがそう言えば、その瞳からすうっと金の光を消し去ったジャンが笑う。


「いいや。間違いなく好都合さ」

「一体どうするつもりだ、ジャン?」


難しい顔をしたエドアルドに問われて、ジャンが軽い調子で肩を竦めて見せた。


「だからね。僕は上手く装えば協力してもらえるんじゃないかな、と思うんだよ、……エド。」

「……協力……?」


しばらくジャンの言葉を考え込むようにして、それから不意に声を上げたエドアルドが突然わなわなと震え出した。


「っな、お前……それは、まさか私に、」


そうして、震えるエドアルドがにわかには信じ難いことを口にした。


「ーー私に、母上の姿を装え、と……?」


エドアルドの言葉で瞬間的に場が凍って、永遠にも感じられるような間が開いた。


……うん!?え、今姿を装うって言った!?母上の姿を装うってことは、つまりそれは、アドリエンヌの姿ってことで、アドリエンヌは女性でドレスで、……ということは世間的に言う、いわゆる女装というやつじゃ?!


思い浮かべたアドリエンヌの姿と目の前に立つエドアルドの姿が交錯して、私の頭がどうにも混乱し始めたところで渦中のジャンがにっこりと笑った。


「ーーなんでもする心算って、言ったよね」



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