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その想いの名前は、



「ほんとに……人間じゃないんだ……」



夢で会うってどういうことなんだろう、私からしたらこの世界は全部夢だといっても過言じゃないのに。

私の呟きと思考を他所に、浅い溜息を吐いたシルヴィオが立ち上がる。


「此処に。」


強くそう言うと、扉の外の女性が安堵したように息を吐いた。


「お食事の用意が整いましたので、ご案内致したく思います。」

「ああ、わかった。少し待て。……参りましょう、花姫様」


すっと差し出された手に、そっと手を重ねるとシルヴィオの手が少し汗ばんでいるのがわかる。

そういえば、フィルと話をしている時の様子がちょっとおかしかったような。


「シルヴィオ様」

「はい?」


ありがたく少しだけ体重を預けて立ち上がると、すかさず歩み出そうとするシルヴィオの手を引いて止める。


「……シルヴィオ様は、私のことをどう思ってるんでしょう」

「どう、とは……」

「あ、いや……その、なんと言いますか……」


蝋燭に照らされているからなのか、こちらを見るシルヴィオの瞳が少しかげっているように見えて、なんだか言葉の先が上手く出てこない。

思考の海を泳いで、なんとか言葉を引っ張り出す。


「そう、そうだ、フィルのことはずっと片思いって言ってたけど、シルヴィオ様は……」


あれ?待って、私は一体何を聞こうとしてるんだ?これじゃまるで……。


「や、いや、やっぱりなんでも、」


一人で勝手にあわあわしているうちに、私の方へ向き直ったシルヴィオがゆっくりと顔を近づけてくる。


「ジュリ。」


扉の外へ聞こえないようにする為か、敢えて囁くように名を呼ばれてドキッと心臓が跳ねた。


「は、い」

「あなたは先程……私が、どうして照れたのかを聞いたな。」

「あ、聞きました、ね……!」


小さな声で問われれば、つられて同じように声を潜めて答える。フィルの衝撃的な登場で忘れかけていましたとはとても言えない。


「……私は、あなたが私のことをどう思っているかを知りたいと思っていた。だからこそ、照れた。」


覗き込まれるような体勢で、シルヴィオに取られた手から伝わる温度が、熱い。


「あなたはあの時、私のことを百人力だと表現した。……正確な意図はわからないが、頼りにしているというような意味であっているか?」

「そう、ですね……」


元より口に出すつもりなんてなかった言葉だから、面と向かって問われると余計に恥ずかしい。


「……あなたという存在を一方的に想い続けた過去を知っていながら。そんなことを言われて、照れない男がいるとでも?」

「な、なるほど……?」


ぎゅっと握られた手に気を取られて生返事をする私に、少しだけ呆れたような溜息を吐き出してシルヴィオが呟く。


「これでも伝わらないか。」


揺らめく赤を映す青の瞳が、すっと伏せられ、シルヴィオの空いた手がするりと頰を滑った。


あ、こういうの映画とか少女漫画とかで見たことありまーす!

これ、この流れは、キス、されるやつだ!?

手の甲に触れたシルヴィオの唇の感触を思い出して身構えるようにぎゅっと目を閉じる。


けれど、一向に私のファーストキッスが奪われることは無かった。

恐る恐るちらりと目を開けて見ると、思いの外真剣な瞳と目が合う。


「教えてくれ、ジュリ。」

「へ……」

「幼い時分より焦がれ続けた姫が目の前に現れ、その姫が私を、美しい瞳の中に映した喜びはどう言えば伝わるのだ……あなたの世界ではこんな想いを何と言う」


知りませんよそんなの、なんて言えたらどんなに楽だろうか。

生まれてこの方恋なんてしたことがない私にこんな状況で一体何が言えるのか。ん?待てよ、それってつまり。


「恋……?」

「コイ、恋というのか」

「お、おそらく……」

「……では、恋の後はどうなる?」

「恋の後」


恋の後って一体なんだ!?恋をする、恋に落ちる、恋い焦がれる。恋愛。……愛?

いやいや、ええと頑張れ私の少女漫画脳!


「たしか……私の知っている漫画では、気になって、好きになって、恋をして……告白をして、お互いに好きなことがわかって……お付き合いを……していました」


思い出し思い出し呟く私の言葉に、ひとつひとつ頷くシルヴィオが少しだけ難しそうな顔をした。


「マンガ?……ふむ。オツキアイ、というのは?」

「ううん……二人で一緒にどこかへ出かけたり、お揃いのものを持ってみたり……とにかくお互いのことをもっとよく知る時間、でしょうか」

「そうか。たしかに……私達には足りないものだな。」


言いながら、シルヴィオの指先が私の頰を撫でる。

……私達?いま、私達って言った?


「ん?あれ?ああそうか、……え?」

「どうした、ジュリ」


暫し泳がせた目をシルヴィオに向けると、完全な独り言を言うのを特別訝しむでもなく、ただ真っ直ぐに見つめながら私が話し出すのを待ってくれているようだった。


「もしかして、」

「うん?」

「……シルヴィオ様、私に恋してるんですか」


ようやく考え至った私が目を丸めながら問うと、問われた青の瞳が同じように丸くなった。


「違うのか?」

「ええ?うん?どうでしょう……?」


首を傾げようとして、自分の頰にシルヴィオの手があることを思い出す。ぴったりとくっついた体温が溶けて、少し心地いい。


「例えば……自分以外の他の者に目を向けたり、触れられたりするのが気に食わないと思ってしまうことは?」

「むむ……嫉妬、ですかねえ」

「ふむ。……では、その者のことを特別知りたくなったり、気にかけてしまうということは」

「……それは興味があるってことですよね?」

「ならば、共にいると心が高鳴るのは?」


言いつつ、握られた手がシルヴィオの胸元に持っていかれる。

触れた胸板はやはり、見た目よりずっとしっかりしていて厚いけれど、それでもちゃんと伝わってくる鼓動が、速い。


「全て、あなたを想ってのことだ。ジュリ」

「……っ!」

「これは、恋か?」


間近で首を傾げたシルヴィオの髪がさらりと揺れる。思わず息を呑んでしまって、上手く呼吸が出来なくなった。


「そ、れは……」


私の知る限りの狭い知識では、それはきっと恋だと思う、なんて無責任な事を言ってしまったら、私の中で何かが変わってしまう気がした。


少女漫画では、当たり前のように出会った誰かに恋をするけれど。

対象が私だというだけで、その想いに名前をつける事がこんなにも難しいことだとは。


どうしよう。どう答えれば。


ぐるぐると回る思考を他所に突然、ぐぅ、と音が鳴った。

まさしくぐうの音も出ないような状況のはずなのに、空腹を告げたのは他でも無く私のお腹だった。


間。


やがて、堪えきれずシルヴィオが笑い出した。


「……っはは、この、状況で、」

「んな、この状況で笑いますか!この状況で!」

「失礼、しかし、はは、これは無理だ」

「もー!!」


声を抑えることも忘れて、シルヴィオがただただ笑う。あまりの爆笑と私の恥ずかし混じりの悲痛な叫びで、扉の外の女性が慌てる気配がした。


正直助かったとは思ってしまったけれど、この状況はうら若き乙女としていささか問題な気がする。


「だ、大丈夫ですか!どうされました!?」

「大事ない、すぐに出る」


ひとしきり笑ったシルヴィオが扉の外へ安心させるように声をかけて、ふと真面目な顔をした。


「ジュリ、私はあなたの心が定まるまで決して答えを求めるつもりはない。婚約はあくまで表向きの約束だ。それに……私はひとつ、嘘を吐いた。」

「嘘?」

「……花姫様の最期がどうなったか、記録に無いというのは偽りだ。」

「それって、」


フィルも言ってた、大事なことを思い出して元の世界に帰るというやつですか?と問えば、シルヴィオが確かに頷いた。


「ああ。……正しくは、最期の時をフィレーネ王国で迎えた者も在れば、元いた場所へ帰った者も在る。……願わくば私はあなたに……」

「私に……?」

「……いや、やめておこう。右も左もわからないあなたに偽りを教えてしまったこと、本当にすまなかった。」


言いかけてやめるのはこの人の悪い癖だなと思いつつ、この言葉の先は今の私が追求してはいけない気がする。こ、恋問題もあるし。


「いいですよ。きっとあの時聞いても上手く飲み込めなかったと思いますし!……さ、シルヴィオ様のお腹も鳴っちゃう前に行きましょう!」


思考の海に沈みそうになる頭を軽く振って、努めて明るく言いつつシルヴィオに向かって手を差し出した。

差し出された手と私の顔を交互に見て、溢れそうになる笑いを噛みながら手を取られる。


「……っふ、そ、そうだな」

「まだ笑いますか!」


むう、と膨れる私に簡単に謝ると、ゆったりとした歩調でシルヴィオが歩き出した。


ブルーナとロベルトが出ていくときには何も施していなかったようで、特に青く光ることもなくすんなりと扉が開く。


「すまない、待たせたな。」


開いた扉の向こうで、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。ハスキーがかった声の女性のものだろうか。


音がした方向へ視線を向けるとそこには茶色がかった薄い金髪を、きっちりと纏め上げた女性が立っていた。


「いえ!……お、お初にお目にかかります、花姫様。わたくし、リータと申します。母より……あっ!いえ、ブルーナより花姫様のご案内を申し使って参りました。以後お見知り置きくださいませ。」

「……はは!?」



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