友達
「願っても無い、ヴァルデマールからの招待状だ」
エドアルドの言を聞いた途端に、シルヴィオの顔が複雑そうに歪められた。……確かに今まさに海戦を企てている人間が、その相手国に招待状などどうかしているとしか思えない。
一体どういうつもりで、この国の誰にあてての招待状なのだろう。私が首を傾げたところで、ふとブルーナと話すナターシャの声が近付いてきた。
「そうでございますわね、ナターシャ様」
「ええ。……あら、皆ここに集まっていたのね。エドアルド、ご苦労様でした。貴方はとても立派でしたよ。……まあ。お連れの方はとても懐かしいお顔だこと」
立ち止まったナターシャが一度エドアルドを優しく見つめて、それからその腕の先で縮こまったアーブラハムにニコリと笑って見せた。
「な、ナターシャ様……!申し訳ございませんっ!い、いつぞやは別れも告げず、」
「良いのですよ。貴方のことは、初めからそうだとわかっておりましたもの。わたくしが動じる筈もございません、……」
貼り付けたような笑顔でそう言ったナターシャが、ふとエドアルドの持つ封筒に目を留めた。
「……ふふ。何やら良い知らせもお持ちのようですわね。さ、ひとまず皆、お城へ帰りましょう。」
此処では目立ち過ぎますよ、と笑って、ナターシャが馬車に乗るよう促した。
アーブラハムを衛兵へ引き渡し、皆でいくつかの馬車に分かれて乗り込もうとしたところで、怒りの滲んだ待ったがかかった。……この声には、覚えがある。
嫌な予感に振り返ると、馬車に乗り込もうとしたエドアルドを、息を切らしながら止めるリータの姿があった。……ああ、やっぱり。
「お待ちくださいませ。わたくしは、私は納得などしておりません!私の花姫様への数々の無礼をやっと聞き及びました、エドアルド様!私は貴方を」
「リータ!貴女どういうつもりですか!」
「エミリア、貴女こそ!……いいえ、大体貴女も貴女ですよ!かつて私と花姫様の理想を言い争った仲の貴女が、こんな男の為にあんな事をするだなんて!!」
「二人とも、少し落ち着け」
「貴方は黙っていてください!」
「エドアルド様は口を挟まないでくださいませ!」
子供のようにわあわあと言い争うリータとエミリアを見て、私はふと思い出した。……そういえばリータは子供の頃に花姫様の理想で揉めて、以来友達も居なかったのだっけ。衣装のことで分かり合った、仕立て屋のマウラとは今も仲良くしているようだけど。
ふう、と一つ息を吐いて、騒動の元へ向かって私が踏み出すのより早く、登りかけていた段を降りたエドアルドがその場で跪いた。
はっとしたエミリアとリータが咄嗟に口を噤んで、一瞬の静寂が訪れる。
「ーーすまなかった。貴女の大切な主人を傷付けてしまったこと、貴い貴女の誇りを傷付けてしまったこと。……これはエミリアでなく、私の恥ずべき行いだ。責めるならば、どうか私を」
言いながら自分の胸元に手をあてて目を伏せたエドアルドを見て、リータがぐっと息を詰まらせた。
「……私は、私は貴方を、……いえ。貴方達の行いを、許しません」
絞り出すようにそう言って、目を細めたリータの肩をそっと叩く。少し驚いた様子で私を見て、それから意を決したように口を開いた。
「けれど、……身分下の私などにも、こうして頭を下げてくださった貴方のことは信じます。……ですからどうか、私の力が及ばない場所で、わたくしの分まで……今度は、貴方の力で、花姫様をお守りください」
「ーーああ、必ず。」
今度はリータが深々と頭を下げて、ふっと顔をあげたエドアルドが力を抜いて笑った。そうして、横に立つエミリアを見る。
「……エミリアは、良いのか?思えば昔から気にしていただろう」
「それ、は……」
エドアルドに指摘されて少し気まずそうなエミリアが、ちらりと私を見て、それからゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい、リータ。……今回のことだけでなくて……私も、ずっと間違っていた。きちんとお話した花姫様は、貴女の言っていた通り、……貴女の理想通りの素晴らしい方だったわ。」
「エミリア、」
「だ、だからその……わたくし達、またお友達になれるのではないかしら……?」
紺の髪を気にするように触って、エミリアが恐る恐るといった様子でリータを見る。
「…………うーん。それとこれとは」
口元を押さえてわざとらしく首を傾げたリータの頭へ、突然誰かのチョップが入った。
「った、……レオ!」
頭を押さえて勢い良く後ろを振り返ったリータへ、さっと帽子を被り直したレオが肩を竦めた。
「リータ、いつもの君らしくないよ。こんな場所で主人に恥をかかせるような事をするだなんて。もう、その辺にしておきなさい」
「あ、……申し訳、ございません」
レオに叱られてすっかりしゅんとしたリータに、馬車の中から一連の様子を見ていたらしいナターシャとアルヴェツィオが笑い声を上げた。
「一件落着、であるな。」
「ええ。皆、今度こそお城へ帰りましょう」
アルヴェツィオとナターシャの二人のかけ声で皆が馬車に乗り込んで、やっとのことでお城への帰途に着いた。
「……長い一日だな」
そっと呟いたシルヴィオに頷いて馬車の外を見れば、オシオキを開始した頃には高く昇っていた日も、もう大分傾いていた。
途中、お互いの主人がどんなに素晴らしいかを競い合うリータとエミリアの声が風に乗って聞こえてきて、シルヴィオと少しの苦笑を浮かべながらも、私たちは無事お城へと帰り着いたのだった。
「……お帰りをお待ちしておりました」
「只今戻りました。出迎えをありがとう、ジャン」
シルヴィオのエスコートで馬車を降りたところで、ちょうどナターシャにお迎えを告げるジャンの声が耳に届いた。……そういえば、オシオキの間中ずっとジャンの姿を見なかったな。
私とシルヴィオが揃って声のした方を見ると、ジャンもまた同じくこちらを見て、そうして得意げに笑った。
「お帰りなさい。オシオキのおかげで、ちょっと面白い話が聞けたよ」