歪な王子の夜明け、前
ーー長い長い、夜が明けた。
思えば、私はいつからかずっと解っていたのだ。
父とも、半分血の繋がったはずの弟とも、己はどこがが『違う』と。
最初の決定的な『違い』は、他ならぬ母の愛だった。
己の母は私が近付けば近付くほど遠ざかるのに、弟の母は何よりも、誰よりも傍で弟を見守っていた。……嗚呼、あれこそが揺るがぬ愛なのだと。
母の愛を求めて歪んでいく自分と、母の愛を受けて真っ直ぐに育つ弟。
弟がいるということは存外楽しいことも多かったが、いつからか眩しい海のような瞳が、こう言っている気がした。
お前は間違った存在だ、と。
父は何も言わず、母も、私を囲む大体の人間も。私を『第一王子』という名の存在として見るだけで、誰も私の本質になど触れようとしないまま。
髪色からして王の実子でないのではという噂話が一人歩きして、気が付けば私は、私の歪んだ心は、ここまで大きくなってしまっていた。
体が大きくなるほど愛を求める欲求だけが育って、手当たり次第に愛を持っていそうな人間に(心のどこかで、そんなことは間違ってる、と思いながら)声をかける度、『第一王子』を求められて吐き気がしたのを覚えている。
心の奥底で、ジャンに指摘され母が激昂したあの日の自分が、ただ泣き喚くのも素知らぬふりで。
ーーけれど。ヴェルーノの祝祭の折、降り注ぐ美しい光の花が、不思議と幼い私の心を思い出させた。
……出来ることなら、私もシルヴィオの本当の兄でありたかった。
父上と、シルヴィオの母上との間に産まれて、真っ直ぐに、『第一王子』でありたかった。
ーーどうしようもない『違い』は、そんなことを喚いたって、何も変わりはしないのに。
それでも、不思議な空気を纏う伝承の花姫が、ジュリアが言ってくれた言葉が、冷たい私の心に温かく灯る。
『血の繋がりがなんだと言うのです。アルヴェツィオ様は貴方を確かに息子だと、シルヴィオ様は貴方を兄だと仰いました。……そこに、何の違いがあるのですか。』
『何も難しいことはありません。ごめんなさい、と、ありがとう。で、良いんですよ。みんな、貴方の家族なんですもの』
『違い』を認めるのが怖くて、どんどん歪んでしまう自分が怖くて泣き喚く幼い私に、まるで寄り添うように、静かに宥めるように、彼女はそう言ったのだ。
ろくな護衛も連れず、私の古い友だけを供に。
その時にふっと力が抜けて、自分が笑っていることに驚いた。……本当の意味で笑えたのは、いつ以来だろう。
思い出しながら、四角く切り取られた父を見る。
「我が息子、第一王子エドアルドの正式な血統は、海戦を目前とした隣国の王、ヴァルデマールのものである。これは私の精霊の目を持って確かに証明されたことである。故に、我々は未だに精霊達を私欲の為に捕らえているヴァルデマールを退け、我が子エドアルドをイグニスの王としたい。海を隔てた兄弟国として治め、争いも諍いもなく、皆の笑顔が咲きほこる国とする為に。……しかしながら、エドアルドは今幽閉の身。偽りの姫とともに我々の誇りである花姫様を脅かした罪がある。この罪をしかと償う為、明日、オシオキを執行する。エドアルドのメイドであったエミリア、並びにエミリアの両親はそれぞれ違う罪でのオシオキ執行となる。皆には、どうかそれを見届けて欲しい」
そうして、厳しい国王の顔をしたアルヴェツィオが、父が、頭を下げた。
ーーそれはきっと、他でもない私の為に。
ズン、と重くなる心が、私の目頭を熱くした。玉座を前にして流した涙とは全く性質の違う熱が、長年凍っていた心を溶かしていくようで。
「……ごめんなさい、ありがとう、……か」
半ば震える声で練習するようにそう言って、ぼやけた視界に映る父の姿からしばらく目が離せなかった。