正式な通達
「わたくしにも、本題のお話があるのです」
そう言って真っ直ぐにアルヴェツィオを見ると、その顔が言葉の先を促すように頷いた。
「その、お話というのは?」
「出来るだけ早く、エドアルド様とエミリア、……それからエミリアのご両親のオシオキを執行したいのです」
「ふむ……」
「まあ、ジュリア様。……今、エミリアのご両親と仰いましたか」
考え込むように目を伏せたアルヴェツィオの横で、ナターシャが悲痛そうな面持ちで問う。
「ええ、母上。……ジュリア様、経緯は私が」
私の話を引き継ぐように頷いたシルヴィオに同じく頷きを返すと、ジャンが話したままの内容でこれまでの経緯が伝えられた。
シルヴィオの記憶力に感心しつつふとナターシャの顔を窺えば、その表情は一層苦しそうなものになっていた。
「そんな……」
ぽつりと呟いて黙り込んだナターシャの横で、アルヴェツィオが静かに頷く。
「……そうか。ルイーゼ夫妻が、な。……私も、人の親としてその心を理解することはできる。そうして、エドアルドのことも……」
そう言ったアルヴェツィオが少し迷うように視線を逸らし、やがてその目が私を見た。
「エドアルドは、……本当にそう、言ったのだな?」
どこか不安そうにも見えるその怖い顔に、私はしっかりと頷いて見せた。
「ええ、勿論。エドアルド様の方から、きちんとこれまでのことも謝罪していただきましたし。けれど、それだけではアルヴェツィオ様の良しとする点には到底至れません。……ですから、イグニスとの戦が迫っている今こそ、エドアルド様の正統な血筋を公にして、みなさまにエドアルド様という人そのものを正しく認めていただかなければならないと思うのです」
「……そうさな、……それでオシオキの執行を迅速に行ないたい、というわけか」
頷いて、それからナターシャとアルヴェツィオを交互に見る。
「はい。……誰にとっても、待つ時間というのは長いものでございましょう?」
私の問いかけには、その場にいる皆が揃って頷いた。それから、ふと首を傾げたアリーチャが口を開く。
「あのさあ、ちょっといいかい?アタシ、ずうっと気になってたんだけど、……オシオキってどういうものなんだい?」
「……確かに、私も聞き及びはしたが。具体的に何をするのだ?」
アリーチャに問いかけられたアルヴェツィオもやや首を傾げ、そうしてシルヴィオ以外の全員の視線が私に向けられた。
「あ、そうでしたね。……そういえば決まりごとを作って以来お話していませんでしたっけ。」
独り言のように呟いて、ぽん、と手を打つと、みんなの視線が不思議そうに瞬いた。その視線へ向けて、にっこり笑って見せて。
「オシオキは、お掃除です!」
言い切った言葉でその場に一瞬の間が出来て、それからすぐにアリーチャの軽快な笑い声が響いた。
「あっはっはっはっは!良い!良いねえ、ジュリア様!」
ぽかんとした様子のナターシャとアルヴェツィオは顔を見合わせていて、アリーチャだけが涙を浮かべて笑っている。
「無人船の案といい、海戦の位置そのものを操ろうとするのといい、……犠牲を出そうとしない姿勢は、さすが花姫様ってとこだね」
笑うアリーチャの言葉を受けて、ナターシャとアルヴェツィオの顔にもやっと笑みが見えた。
「ええ、……確かに。ジュリア様のその御心には、わたくしも救われましたもの」
「そう言った意味では、私もだな」
ふふ、と微笑み合った二人を見て、ほんの少し照れくさそうなシルヴィオが一つ咳払いをした。
「コホン。父上。……今は布の準備等で街の民も手一杯で、片付けまではとても手が回らない状況でしょうから……兄上のオシオキを執行するのなら、今がより効果的かと思われます」
「うむ、そうさな。……わかった。……では明日、当人達と全領地へ向けて正式に通達するとしよう。そして、明後日にオシオキを執行する」
それで良いだろうか?と皆に尋ねたアルヴェツィオへ、その場に居る全員が力強く頷いた。
そのままその場は解散し、一晩明けた翌日、
フィルの手で展開されたフィネストラから全領地へ向けての正式な通達が為された。
「我が息子、第一王子エドアルドの正式な血統は、海戦を目前とした隣国の王、ヴァルデマールのものである。これは私の精霊の目を持って確かに証明されたことである。故に、我々は未だに精霊達を私欲の為に捕らえているヴァルデマールを退け、我が子エドアルドをイグニスの王としたい。海を隔てた兄弟国として治め、争いも諍いもなく、皆の笑顔が咲きほこる国とする為に。……しかしながら、エドアルドは今幽閉の身。偽りの姫とともに我々の誇りである花姫様を脅かした罪がある。この罪をしかと償う為、明日、オシオキを執行する。エドアルドのメイドであったエミリア、並びにエミリアの両親はそれぞれ違う罪でのオシオキ執行となる。皆には、どうかそれを見届けて欲しい」
どよめきに揺れる広場が映し出される一方で、アルヴェツィオが一人頭を下げた。
一国の王が、民へ向けて頭を下げること。それが意味することに皆が息を呑んで、その通達は静かに終えられた。
ただ一人、民衆とは違った意味で息を呑んだ男を除いて。