愛の力
「ああ、また」
そんな二人の様子を微笑ましく思いながら身支度を終えて、ジャンが開けてくれた扉から外に出る。と、その扉が再び閉ざされる手前で、深々と頭を下げるエドアルドの姿が見えた。……あんなに恐ろしかったエドアルドがまさかこうなるなんて初めは想像もしなかったけれど、これは予想外に大きな成果だったなあ。もしかするとこれも愛の力というやつだろうか。
そこでなんとなくシルヴィオに扮したジャンと目が合って、ふっとどちらからともなく笑ったりして。
「お帰りなさいませ。……何か、良い話し合いが出来たのですか」
「ああ。まあ、そんなところだ。……引き続き、ここを頼む」
それから横に立つ衛兵にもお礼を言って、私たちはエドアルドの居た部屋を後にした。
少しの急ぎ足で来た道を戻る途中で、ジャンが髪の色を元に戻したり、私がさり気なく布を取り去ったりして、やっと大広間にたどり着いた頃には、既にお昼の休憩は終わってしまったようだった。
「……遅かったか、」
「みなさん作業に戻っていらっしゃいますものね」
ジャンと小声で話しながら大広間の中を覗き込んでいると、私達の背後にふっと影が差した。
「ジュリア様、探しましたわよ。」
覚えのある笑い声に滲むような怒りに、恐る恐る後ろを振り返ると、そこには笑顔なのに全然まったく目の笑っていないブルーナが立っていた。
「ブルーナ、」
「それにジャン様も。二人して一体どこへ行っておられたのですか」
「も、申し訳ございません」
しゅんとして私が謝ると、ブルーナがやれやれといった様子で溜息を吐いた。
「まったくもう。休憩のお時間なのですから、しっかり休まねばなりませんよ。」
「休憩?……でももう皆さんの休憩は」
「いいえ。そんな小休憩のお話ではなく、ジュリア様ご自身の休憩のお話でございますわ。昨日も海へ出て、布を染めていらしたでしょ?……ですから、ジュリア様はもう明日まで作業禁止です」
「え、でも」
私が横目で今も立ち働く人たちを窺うと、すぐさまブルーナが首を横に振った。
「皆様は適宜交代をしておりますし、……何より上の者が休まねば、下の者は気を遣ってより休めなくなってしまうものですわよ」
「……たしかに、そう、ですわね。わかりました」
ゆっくりと頷いた私に、ブルーナも満足気に笑って頷いた。
「わかっていただけたようで何よりですわ。お食事もご用意いたしますので、もうお部屋に戻りましょうか」
「あ、その前に、」
「此処に居たか。」
言いかけた私の言葉が並ぶより早く、私たちの立つ廊下に突如シルヴィオの声が響いた。
「……花姫様。少しお時間をいただいてもよろしいですか」
大広間から覗いた顔には少しの笑みも無く、更には声にまで固さを感じる。……お、怒ってる。怒ってるよねこれ。
その見慣れない様子に私が身構えていると、横に立つジャンが軽く肩を竦めた。
「あれはきっと嫉妬だねえ」
「え?怒ってるの間違いでは」
いや、目で見なくてもわかるよ、と付け足したジャンが小声で笑う。……うん?嫉妬って、一体何に?
「まあシルヴィオ様、突然なんだというのです。」
ただただ首を傾げるばかりの私を置いて、シルヴィオとブルーナが向かい合った。
「話があるのだ」
「ジュリア様はお食事もまだのようですし、その上お疲れで、」
頑なな声のシルヴィオを諭そうとするブルーナにはっとして、私は慌てて笑顔を作った。
「良いのですブルーナ。……わたくしも、シルヴィオ様とちょうどお話がしたかったのです」
そう言ってシルヴィオに笑いかけると、少しだけその表情が和らいだ気がした。
「良かった。よろしければ食事の席を共にしましょう。……ジャンも、共に来てくれ」
「ああ、勿論だとも」
「ブルーナは小広間に食事の用意を頼む。」
「かしこまりました」
すぐに礼をしたブルーナが去って行き、私たちも無言のままに小広間へと向かった。エスコートをしてくれたシルヴィオの手は少し汗ばんでいて、その表情もやっぱり固い。
……これが本当にシルヴィオの嫉妬なのだとしたら、それってもしかして私とジャンに対して、ってこと?
私がシルヴィオに促された座席でうーんと唸っている間に、小広間の人払いを済ませたシルヴィオが部屋全体に遮音のフィレーネレーヴを施した。
「これはまた厳重だね」
「……当然だろう」
その青い光を背景に、軽快に笑うジャンと私を交互に見たシルヴィオが途端に怪訝そうな顔になった。
「で、どこへ行っていた。」