ごめんなさいとありがとう
「言われなくとも!」
私の返答に、跪いたままのエドアルドがなんとも複雑そうな表情を浮かべた。喜びのような、申し訳なさのような。……何なら私の後ろにいるジャンの方が余程嬉しそうに見える。
果たしてどういう感情からだろうかと首を傾げて、ふと思い至った事柄に私は思わずあっと声をあげた。
「……あ?」
「エドアルド様。わたくし、言っておきたいことがあります」
「な、何だろうか」
「わたくし、当人の謝罪以外は聞かないことにしておりますの。」
「ーーは?」
やや身構えたエドアルドが、私の言葉を聞くなりパチパチと瞬きを繰り返した。
「身分にも生まれにも育ちにも関係なく、罪は絶対的に犯した人のものです。ですから、貴方のお母様の分の謝罪は受け取りません!罪は犯したその人こそが償わなくては意味がありませんもの。」
えっへんと胸を張ってそう言い切った私を見て、背後に立つジャンが笑いを堪える気配がした。……そういえばジャンのお父さんもジャンの代わりに謝ってたっけ。
「ジャン様、貴方が笑えた義理ですか」
「……は、いえ、私が笑えた義理ではアリマセン!」
私のツッコミに慌てたジャンがすぐさまびしっと体勢を立て直した。未だにその肩が震えている気がするが、この際気にしないことにしよう。
「しかし……母上は……」
耳に届いた苦しげなエドアルドの声に視線を戻すと、その表情はわかりやすいほどの困惑に揺れていた。
「エドアルド様。アルヴェツィオ様が言った通り、わたくしは折を見てイグニスに捕らわれた精霊達を解放しに行くのですもの。……『実家に戻っただけの』アドリエンヌ様に会う機会はきっとあるでしょう。貴方のお母様の分はその時に聞くことにいたします」
亡命という表現をわざと避けてそう言えば、困惑したエドアルドの瞳が少し潤んだような気がした。
「…………そう、か」
「そうですよ。……そう、そういえば。アルヴェツィオ様もシルヴィオ様も、それにブルーナまで、これまでたくさんの人が貴方の代わりに謝ろうとしていたんですよ。」
まるで子供に諭すような調子で言いながら膝を折って視線の高さを合わせると、エドアルドの方がやや気まずそうに視線を逸らした。
「そ、それは、……申し訳ないことを、」
「ふふふ。やっと今日、エドアルド様の口から聞けました。」
「……む……私はそれほど、愚かだったのだな。貴女にも……皆にも、改めてなんと詫びれば良いのか……」
どんどんとしょげていくその顔に、私は一つ微笑んで見せた。
「何も難しいことはありません。ごめんなさい、と、ありがとう。で、良いんですよ。みんな、貴方の家族なんですもの」
「家、族」
「ああ、ただ。わたくしは未だ貴方の家族ではないので……そうですねえ。誰かに代わって謝ることの、その意味をよく考えて。オシオキが執行されるまで大人しくここで待っていてください。その考える時間そのものを、わたくしへの謝罪とみなします。以上!」
ぱちん!と手を叩いて話を終わらせた私に、目の前のエドアルドが狐につままれた様な顔をした。それと、背後でジャンが一層笑う気配も。
「くっくっく、ねえ、エド。花姫様って、つくづく素敵で面白い人だろう?」
「…………ああ、そうだ、」
「えっ面白い!?それでずっと笑っていたのですか!?」
「な……」
「ああいやそれはその、そういう単調な面白いという意味ではなくてですね。あくまで素敵で面白いであって……」
「もう、一体どう違うのですか」
立ち上がって言い訳を並べるジャンに向けて頰を膨らませていると、エドアルドから小さな笑い声が漏れた。
その笑顔は、今まで見てきたエドアルドの笑顔とは全く性質の違うもので。癖のついた金の髪を揺らして、赤の瞳が優しく細められる。……なるほどこれは幼いエミリアも恋に落ちてしまうわけだ。さすが美形は違う。
エドアルドの後ろ暗さのない笑顔に少しの感動を覚えていると、扉の外を気にした様子のジャンが口を開いた。
「……と、花姫様。そろそろシルヴィオの元に戻らなくては」
「あ、そうでした。……では失礼いたしますね」
エドアルドに向けて改めて軽く礼をして、私は再び布を被る。……ジャンが扉を開くより早く支度を整えなくては。
「……またね、エド。」
内心で慌てる私の横で、ジャンとエドアルドが微笑み合ったような気配がした。表情こそ見えないけれど、私の耳に届いた二人の声はとても柔らかいものだった。
「ああ、また。」