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人を呪わば穴二つ



「……その、…………悪かった」



ふとエドアルドから視線を移して背後に立つジャンを窺うと、その瞳にはもう金色は揺らめいていなかった。


「ーーうん、うん」


そうして潤んだ瞳で何度も頷くジャンの表情は、口を引き結んでいるのにも関わらずこの上なく嬉しそうなものだった。

きっと、今言ったのは全部エドアルドの本心からの言葉なのだろう。ジャンの表情からもそれが伝わってきて、私は少し微笑ましくなった。


エドアルド改心の第一歩としては、これは間違いなく大きな一歩だ。


……でも、これで終わりじゃない。

この国に生きるみんなが正しい血筋や真に誰の子であるかを知ったところで、エドアルドが今までしてきた行いがはいそうですかと許されるようなことは無いはずだ。

エドアルドが人知れず改心したとしても、現実的に救われるものは何もない。それでは意味がないのだ。

何より、彼女を。長年エドアルドに仕えて支えてきたエミリアを幸せにしなくては。……その、為には。


「……コホン。折角仲直りができたところで言うのも何ですが、エドアルド様。貴方が謝るべき人はもっとたくさん居らっしゃいますよね?」


私の問いかけに、揺れる赤の瞳がこちらを見た。けれどその瞳には、獣のような飢えはもう感じられない。……どちらかというと今は悪いことをして叱られた犬とか猫みたいだ。


「…………そう、だな。そう、その通りだ。……しかし、今更どうすれば良いのか」

「良かった、謝罪の気持ちはあるのですね?」


私がほっとして笑うと、途端にエドアルドの歯切れが悪くなった。


「ああ。……特にその、其方がそこまで私のことを想ってくれていようとは、」

「はい?……誰が誰を、ですって?」


思わず笑みの圧力を強めると、気圧されたエドアルドが本気でわからないと言った様子で首を傾げた。


「……ち、違うのか?先程私を想ってくれている人物の話を、」

「その筆頭は貴方のメイドであったエミリアです。わたくしでは断じてありません。エミリアは貴方のことをいつ何時も想い続けて、この状況でも唯、貴方を救うことばかりを考えていますよ。」

「エミリアが、……」


あまりにも驚いた顔でエミリアの名を呟いたエドアルドに、私はついプチッときてしまった。プチッと。


「……いや、ていうかですね。貴方の身近にずっと居てくれたエミリアの想いにも気付かず。父や弟、叱咤してくれるブルーナの想いまでをも無視して、……まして初対面からあのような失礼極まり無い態度の連続で、一体私がそんな貴方のどこを好きになると言うんですか。エドアルド様、寝言っていうのは寝てから言うものなんですよ。」


令嬢言葉を取り繕うのも忘れて、ご存知でした?と付け足した私に、目を白黒させたエドアルドがもう一度頭を下げた。


「ぐ。……も、申し訳なか、った……」

「……エドアルド様、人を呪わば穴二つという言葉をご存知ですか?」


一呼吸置いてそう問いかけた私に、エドアルドの肩がぎこちなく揺れる。恐る恐るといった様子で見上げてきた顔が、ちょっと面白い。


「……どう、いった意味だ?」

「人を呪うものは、自分もまた呪われる覚悟をしなければなりません。嫌う者は嫌われる覚悟も。……エドアルド様はこれまで、人に散々嫌なことをして参りましたね?」


深く頷いたエドアルドが、その瞳に少しの光を灯した。


「ああ、……相違ない。確かに父上の望みを知った今となってはこの命を失うのは惜しいが、……如何なる罰をも甘んじて受けるつもりだ。」

「っな、花姫様、エドは何も命まで奪うようなことはしていないはずで、」


後ろから身を乗り出して、慌てて口を挟んだジャンに向けて、にこりと微笑んで見せる。


「ええ、ジャン様。アルヴェツィオ様の胸の内を思えばこそ、わたくしもそう思いますよ。……ですので、エドアルド様が嫌なことで、今までの罪を償うということにいたしましょう。」

「……嫌なこと?……って?」


紫の目を丸めて首を傾げたジャンから、真剣な眼差しをしたエドアルドに視線を移す。そうして、静かに口を開いた。


「掃除、したことあります?」


私の問いかけから少しの間が空いて、エドアルドが怪訝そうに眉を寄せた。


「ーーあるわけ、」

「無いですよね。貴方の言葉にすれば、掃除など所詮使用人の仕事、といったところでしょうか。そんな事を、貴方が、街でしていたら。……皆さんどう思うでしょうか?」

「……いや、でも花姫様、」


それはどうかと口を挟んだのはジャンだけで、エドアルドの真摯な瞳が全てを心得たように伏せられる。


「…………なるほど。それならばエミリアへの心象は悪くせずに済ませられそうだな」

「ええ。エドアルド様の掃除指南役としても、うってつけですもの。……今はちょうど街も散らかっていそうですし。何よりイグニスとの今後には、貴方の存在が必要不可欠です。」


私が言えば、まるで打って響くように、すぐさまエドアルドが頷いた。


「……では、ジャン様。シルヴィオ様とアルヴェツィオ様に掛け合って、すぐにでもオシオキを執行するといたしましょうか」


暇を告げて立ち上がった私を見て、軽く頷いたジャンが踵を返す。

私たちの背後でエドアルドが立ち上がった気配に振り返ると、そのままエドアルドが跪いて頭を下げた。


「エド!?」

「エドアルド様?」


何事かと驚く私たちに反して、ひどく落ち着いた様子のエドアルドが唇を開いた。


「……花姫、ジュリア様。母子共々に数々のご無礼を重ねたこと、誠に申し訳ございません。とても厚かましいことと存じた上で、……私からも、貴女にエミリアのことを頼みたい。……どうか、愚かだった私に長年尽くしてくれた彼女を、お救いください」


なんだか意外すぎるほど似合わない調子でそう言ったエドアルドに、私はわざと溜息を吐いて、それからこちらを見た赤の瞳へニッと笑って見せた。


「言われなくとも!」



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