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長年の憑き物



「エドアルド様がお望みの死の宣告ではなく、愛の宣告をしに参りましたの」



低いヒールで床を蹴ると、絨毯の敷かれていない木目がギシリと鳴った。そのまま数歩歩んで、エドアルドの向かいに置かれた面会用のソファに腰掛ける。


「……な……何のつもりだ、」


すっかり狼狽えた様子のエドアルドが少しばかり上擦った声音で呟くと、半ば呆然と立ち尽くしていたジャンもはっとして私の後ろに立った。


「ですから愛の宣告を、」

「ーーお前は、馬鹿なのか?」

「……はい?」


信じられないようなものを見る目で、エドアルドがそう言った。……ん?今、なんて言った?


「ろくな護衛も連れず、こんなところに来るような姫君がいるものか。……挙句愛の宣告などと、どうかしている。そんなことすら考え至らない程の、余程の馬鹿なのだろう?」


所詮愚弟の嫁だ程度が知れるな、と苦々しく吐き捨てたエドアルドに、私は自動的に貼り付けた笑顔を引きつらせた。


「ジャン、この馬鹿な女を連れて即刻この場から去れ。」

「……エド、」


カチン、とか。プツッ、とか。

……私の頭の中からそんな音が聞こえた気がした。


「……馬鹿は、……です……」

「なに?」

「ろくに話も聞かずに頭ごなしに人を馬鹿馬鹿と、馬鹿はどちらですか!この大馬鹿者!」


私が勢い任せに立ち上がってそう言えば、エドアルドの赤い瞳がわかりやすく驚きに揺れる。


「っな、おおばか……!?」

「ジュリア様!?」

「自分を慕う者からは目を背けて、母からの扱いにも疑問を持たず、盲目という言葉だけで片付けてしまうには簡単すぎる程、余りに限られたところしか見ない。これが大馬鹿者でなくて何なのですか。……王位継承権が今も変わらずあったところで、これまでの貴方が治める国など、それこそ程度が知れるというものです!」


令嬢らしい表情もなりふりも構わずビシィッと指を指してそう言い切ると、全てを突き付けられたエドアルドが言葉を失ったように唇を噛んだ。


「っ……」


静寂が場を支配して、エドアルドが特別何か言い返してくる気配もない。


一呼吸の間を置いて、私はそっとソファに座り直した。

俯いた表情こそ窺えないけれど、同じ高さに見えるエドアルドの金の髪が小刻みに震えている。


「……貴方のお父様であるアルヴェツィオ様はこの国を守る為に自ら頭を下げて、貴方の弟君であるシルヴィオ様もまた、王とは無力で、無力だからこそ皆と助け合って皆の声を統べていく者なのだと仰いました。」

「…………それが、なんだ。」


静かに、感情を失ったようなエドアルドの声が返ってくる。


「もう父でも、弟でもない」

「血の繋がりが無かったからですか?」

「……それ以外には、何も無いだろう、最初から。」

「では逆に問いますが、血の繋がりがなんだと言うのです。アルヴェツィオ様は貴方を確かに息子だと、シルヴィオ様は貴方を兄だと仰いました。……そこに、何の違いがあるのですか。」


私の言葉にふっと顔を上げたエドアルドが、全てを拒むように皮肉に歪んだ顔で笑う。


「……なんだ、それが愛の宣告か?鬱陶しい、」


顔は確かに笑っているのに、その瞳が、あまりにも寂しそうで。

私は少しの溜息と共に首を横に振った。


「いいえ。愛の宣告はもっとたくさんありますよ。……貴方はいくつもの愛に守られて生きてきたことを、改めて思い知るべきです」

「どういう、意味だ」


私は順番に、聞いた内容を纏めながら話をした。

まずエドアルドがアドリエンヌとヴァルデマール王との子であること、その事実がヴァルデマール王に伝われば親子共々すぐに殺されてしまう可能性があったこと。

先の未来を託す為に、若きアルヴェツィオ王が世界の全てに偽ってエドアルドを自分の息子として育てたこと。……そして、私の知る限りでエドアルドを想っている人が既に四人は居るということ。


「私が、イグニスの王の……そん、な……ことが……」

「あるみたいですよ。……嘘だとお思いですか?」


話を聞きながら呆然と天井を見つめたエドアルドに私が静かに問いかけると、意外にもすぐに真っ直ぐな視線が返ってきた。


「…………何より母に近かった以前の私ならば、そう思って騒いでいたであろうな。……ジャンは、昔からこの事を知っていたのか?」


そうして少し気まずそうな目が、私を通り抜けて後ろに立つジャンに向いた。


「いいや、知ったのは最近だよ。エドと喧嘩をしてから、お城にはなるべく寄り付かないようにしていたからね。……だからあの時、アドリエンヌ様に『そんなにも愛がない事を思うなんて、まるで自分の子供じゃないみたいだ』なんて言ったことは、あくまで……ただの、疑問だったんだ。答えがちゃんとしたものなら、アドリエンヌ様の愛を疑って苦しむ君を救えると思っていた」


結果として、救うどころか逆効果になってしまったけれど。と静かに言ったジャンの声音は、ひどく苦しげで。今にも謝りそうな口をエドアルドが先に制した。


「謝るな。……その目を持ってしても知り得なかった事を、お前が謝るな。」

「でもエド、」

「……薄々、気付いていたのだ。父の血を色濃く引く筈の地で、私は髪の色も違えば瞳の色も違う。その上後から産まれてきた弟は誰が見ても王の子であることが明白だった。周囲の噂は勿論、決定的だったのはあのふざけた力……いや、フィレーネレーヴだ。どこかで解っていて、尚知らされない苦しみから、その事実からわざと目を背けていた。あの日の、母へ投げられた友の忠告からも。」


目を伏せてそう言ったエドアルドが、不意にジャンを真っ直ぐに見た。


「ジャン、……謝るのは、むしろ私の方だ。本当は、もっと早く、こうしているべきだったのだろうが……」


そうして、まるで長年の憑き物が取れたように、エドアルドが深く深く頭を下げた。


「……その、…………悪かった」



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