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愛の宣告



「『シルヴィオ様』、わたくし、お願いがあるのです」



言うが早いか、やや怯んだようにジャンの肩が揺れて、やがて紫色の瞳が周囲を気にして細められた。

部屋や廊下を守る衛兵たちは既に元居た位置に戻っているようで、遠目にこちらを気にする視線だけが伝わってくる。


「……その、お願いとは」


そうして小さく問うジャンに笑顔のまま歩み寄って、子供が内緒話をする時のように手のひらで自分の口元を隠しながら声を潜める。


「わたくし、エドアルド様とお話がしたいのです」

「な、……!」


途端にジャンの目が見開かれて、その口元が言葉にならない音に開く。

尚もその目を見つめていると、少し視線を逸らしたジャンから更に小声の問いが返ってきた。


「……正気、ですか」

「正気ですよ。わたくし、先程初めてエミリアとお話をしてみて、こう思ったのです」


訝しげにこちらを見たジャンに、少し肩を竦めて見せて。


「家族や見知った人には話せないこともあるけれど、得体の知れない人間には、だからこそ話せることもあるのだと。寄せる期待も、興味も、長年の知人よりずっと薄いでしょう?」

「それは、そう……かもしれませんが。」

「広間での様子も含めて、エミリアの話通りであれば、きっと、エドアルド様はもう誰にも心を許さないと思うのです。」

「……では、話をするだけ無駄なのでは、」


そう言いかけたジャンの顔を見て、私は再度にっこりと微笑んだ。


「だからこそ、『シルヴィオ様』にお願いをしているのです」

「…………まさか」


この目を、と静かに動いた唇にゆっくりと頷くと、ジャンが迷ったように視線を揺らした。


「し、しかし……一体、何を話されるおつもりで……?」

「アルヴェツィオ様がまだお話しされていないことがあるでしょう?……わたくしは、それを知った時のエドアルド様の心が知りたいのです」

「……信じる、でしょうか」

「わかりませんが、それを伝えるのは他の誰よりわたくしが適任かと思います。……きっとこの国で一番、エドアルド様のことを知りませんから」


それにほら仲直りのチャンスですよ、と付け足せば、それを聞いたジャンがくしゃりと顔を歪めて笑った。


「わかりました、わかりましたよ。……昼の休憩が終わってしまう前に、急ぎ参りましょうか。」


くるりと踵を返して、エミリアの居た部屋より更に奥を目指す。

途中で布を被り直しつつジャンの後に続いて廊下を進むと、エミリアの部屋から見てちょうど一周した位置に衛兵の立つ扉があった。


「……シルヴィオ様!?」

「兄上と話がしたい。そこを開けて貰えるか」

「し、しかし……」

「……ただ、昔のように話すだけだ。何かあれば呼ぶ」

「わかりました、どうかお気をつけて」


衛兵が閉ざされた扉の鍵をそっと開けて、木の音を響かせて扉を開く。


「エドアルド様、来客です」


衛兵に応じるような声は一切無く、それを少し訝しみながらも、ジャンと共に部屋の中へ足を踏み入れる。エミリアの居た部屋よりも少し広く、置かれている家具も数段上等なもののようだった。


その中央に置かれたソファで、緩やかな癖のついた金髪が力無く項垂れていた。

扉が閉まった音で初めて、肩が揺れる。


「……何用だ」


静かに、けれど何の感情も読み取れない声が俯いたままのエドアルドから発せられた。

ちらりとジャンを見ると、その瞳はすでに金色を宿していて。そうしてGOサインの合図をするように頷いた。


「……お話を、しに参りました」


今までのことがふっと頭を過って、思わず声が震えそうになるのを抑えながらなんとかそう言えば、当のエドアルドからは少し皮肉混じりの声が返ってきた。


「ほう、死の宣告か?」


皮肉混じりではあるが、その声は心なしか震えている気がした。……表情は一向に窺えないけれど、エミリアの言葉通り、やはりこの人は怯えているだけなのだろうか。


「いいえ、違います。死の宣告などではございません」

「……ならば何をしにきた」

「ですからお話を、」

「話すことなど何もない。身分を失った我が身は死を待つのみだ。……死の宣告でないなら聞く道理もない。即刻立ち去れ」


感情なくぴしゃりと告げられた言葉にも動じず、ジャンがエドアルドに向けて一歩踏み出した。


「君の身分に関係があることだよ、エド」

「…………その、声は」


はっとしてようやく顔を上げたエドアルドが、やけに狼狽えた様子でジャンを見た。


「ジャン、……お前はそんなふざけた姿で、……またも私を謀ろうと、」

「誤解だ、エド。あの時も、今も。僕はずっと……」

「ええい、煩い。母とのことも、もう、何も関係のないことだ」

「エドアルド、」


ばっと子供のように顔を背けて、それからエドアルドが低い声で呟く。


「……お前の、その目が言った通りであっただけだ。さぞ、愉快なことであろうな」

「愉快なことなんて何もないよ、エド。……いつだって僕は、君の力になりたかっただけだ」

「……帰れ。母との仲を酷く裂いたお前の言葉など聞きたくない」


頑なに顔を逸らしたエドアルドに、ジャンが困り切った様子で固まっている。


「……ごめん、エド……」


小さく呟かれたジャンの謝罪にも、エドアルドは少しも動かなかった。


目の前にいるのは確かにいい大人の筈なのに、なんだかまるで子供の喧嘩みたいだ。

……これはまた、


「なんて面倒な」

「……なに?」

「あ」


あっと口を押さえても、時すでに遅し。

剣のある顔が、私を見た。


「今、なんと言った」


エドアルドの赤く鋭い目が以前と同じように、私を貫くように見るけれど、それはもう少しも恐ろしくはなかった。……だって、何か気に食わない時の子供ってこういうものだもんね。


「面倒な、と申し上げました。」


怯えず怯まず、きっぱりとそう言った私に、エドアルドが一瞬間抜けな顔をした。


「……貴様、一体何者だ」

「あら。わたくしをお忘れですか?……そういえば確かに、名乗りませんでしたものね」


ふふ、と笑って、私は被っていた布を取り去った。


「……な、」

「わたくしは幾代目かの花姫、名をジュリアと申します。」


そう言ってにこりと微笑むと、私の姿を見たエドアルドが口をパクパクさせながらソファの背もたれに後ずさる。


「エドアルド様がお望みの死の宣告ではなく、愛の宣告をしに参りましたの」



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