お願い
「……今も変わらず、お慕いしております」
主従の思い以外無いと言った時よりもずっと芯を感じさせるエミリアの声音に、私はふっと表情を緩めた。
「聞けて良かったですわ。……エミリア、わたくしに任せて。」
……この健気な女の子を、私は絶対に幸せにしてみせる。エドアルドにぎゃふんと言わせることは止めないけど。……そこはごめん、エミリア。これまでのエドアルドを思えば、必要悪ならぬ必要ぎゃふんなのだ。
内心で謝りつつ、それを表情には出さずに立ち上がる。
「失礼いたしますわ」
「……は、花姫様、」
追いすがるように届いたその声には敢えて振り返らず。私は被っていた布を解いて、廊下へ出たジャンの後を追った。
扉を背にして廊下をくるりと見回すと、少し離れたところにジャンの姿が見える。
「ジャ……」
思わず呼びかけようとしたところで、私は慌てて自分の迂闊過ぎる口を覆った。
……あっ……ぶなかった!折角、ジャンが事を荒立てないようにシルヴィオの姿に扮しているというのに、私の一声で全てが無駄になってしまうところだった。
一呼吸置いて観察すると、廊下で眠っていた人々は既に起き上がり、ちょうどジャンからの説明を受けているところのようだった。
「……というわけだ。娘の身を思い余ってのことと、私には思えた。お前達はどう思う」
シルヴィオに扮したジャンに問われて、やや気後れした様子で衛兵たちが顔を見合わせた。
「どうも何も、私共は眠りのフィレーネレーヴのおかげで、すこぶる快調なので……悪意がない事の証明には十分かと」
「……ええ、私にも娘がおりますのでその気持ちはよく、……な、花姫様までこちらに!?」
頷き合う中で、一人の衛兵が私の姿を認めて目を見開いた。あの人は確か、いつしかフィレーネ紙をご褒美代わりにあげた人だったはずだ。
アドリエンヌが亡命してエドアルドも捕らわれた今となっては、私の部屋を特別守る理由もなく、城内を衛兵を連れて歩くこともめっきり無くなったので、顔を合わせるのは久しぶりだ。
「ご機嫌よう。……少し、ルイーゼご夫妻の様子が気になりましたもので。慣れないことでお疲れになったのか、今はお二人とも部屋の中で眠っておられます。」
私が言えば、件の衛兵がさっと軽い礼をして、それから少し悩むような仕草を見せた。
「は、左様でしたか、……」
「……何か、思うところでも?」
「その、……ルイーゼ夫妻は二人とも普段から温厚な方だっただけに、やはり驚きはしましたが……私もいざ娘に何かあれば、同じ事をしてしまうのかもしれません」
「……おい、」
苦しげにそう言った衛兵を、仲間の一人が小突いて止める。はっとした様子でジャンと私を交互に見て、深々と頭を下げた。
「は、あ、いえ、申し訳ございません」
「……いや、私も同じ思いだ。まだ私には子こそいないが、……それでも、ルイーゼ夫妻には同情の余地がある。全ては父上次第ではあるが、これ以上の混乱を生まないためにもひとまずエミリアの隣の部屋で休ませてやってくれ」
言葉の最後に、父上には私から報告すると付け加えられたジャンの指示を受けて、すぐさま礼の姿勢を取った衛兵たちが動き出した。
「エミリア・ルイーゼ。入るぞ」
「……どうぞ」
やがて衛兵達と連れ立って出てきたルイーゼ夫妻の顔は、疲れこそ軽減しているものの、すっかりしょげていて。
一瞬ぎょっとしたように私の顔を見たかと思えば、その場で二人揃って、これ以上ない程深々と頭を下げた。
「花姫様。娘を、娘の想い人のことを、……どうか、よろしくお願いいたします」
特別私の言葉を待つでもなく、それだけを告げて、二人はすぐに別室へと消えていった。
……一体、いつから聞いていたんだろう。
私が小さく首を傾げると、ちょうどエミリアの居る部屋の扉が閉め直される寸前で、その部屋の主と目が合った。
こちらを見たエミリアは深く頷いて、それから、少し微笑んだ気がした。
……いま、笑った?
どうしてと問おうにも、すぐさま閉じられた扉はもうその答えを教えてはくれないけれど。
それでも、私のやるべきことはもう決まっている。
くるりと振り返って、全ての指示を終えたジャンに笑いかける。
「……その笑顔はなんでしょう、花姫様」
やや警戒した様子で笑いながらそう言ったジャンに、私はますます笑顔を深めた。……甘い。シルヴィオならここはもっと、とびっきりの笑顔で聞いてくるところだよ。
そう内心でツッコミつつ。
シルヴィオの王子スマイルよろしくにっこり笑って、可愛らしさを心がけながら小首を傾げて見せた。
「『シルヴィオ様』、わたくし、お願いがあるのです」