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主従の思い



「わたくしは決して逃げません。……わたくしの知ることでしたら、何でもお話いたします、花姫様」



意志の強さを感じさせる瞳が、まっすぐに私に向けられていた。……この瞳には、覚えがある気がする。


私が口を開きかけたところで、その視線を敢えて遮るようにジャンが一歩踏み出した。


「エミリア。この方に真偽のわからない話をしたところで、兄上、……エドアルドの待遇は変わらないぞ」


ぴしゃりと告げたジャンに、エミリアの瞳が悲壮に揺れる。そうして、それを誤魔化すように少し自嘲気味に笑った。……まるで、そこには本心がないと言わんばかりに。


「そんなことわかっているわ、ジャン。……貴方には言わずとも聞こえているでしょう?」

「……参ったな。こちらもお見通しか」


言うなり肩を竦めたジャンが、瞳から金の光を消して私を振り返った。


「ルイーゼ夫妻や衛兵達が目を覚ますまではもう暫しかかるかと。……その間に有意義な話も聞けるかとは思いますが、どうされますか」


そう言ってちらりとエミリアを見たジャンの瞳が、少し心配そうに細められている。先程のエミリアの口ぶりから考えても、二人は思った以上に親しい間柄なのだろうか。


「……わたくしは、」

「……」


ジャンの向こうで、真剣な眼差しをしたエミリアが私の言葉の続きを待っているのが見える。

そこでふと、髪の色を変えた時のエミリアの苦しそうな顔を思い出した。あんなに苦しそうな顔をしても尚エドアルドの為だと口にした彼女の本心は、一体どこにあるのだろう。……聞けるものなら、聞いてみたい。でも、花姫としてじゃ到底本心までは聞けないだろうなあ。


少し逡巡してから、私はもう一度唇を開いた。とぼけて、努めて明るく。


「嫌ですわ、お二人とも。わたくしは花姫様ではございませんわ。……そう、わたくしはジュリエッタ。あくまでシルヴィオ様のメイドでございますもの!」

「……はい……?」


ぽかん、と二人が揃って口を開けて、一瞬時が止まった。もう一度問われてしまう前に、私は畳み掛けるように言葉を並べていく。


「ですから、ね、エミリア。わたくし謂わば同僚のようなものとして問いたいのです。主を思って、主の為に身を犠牲にして、どんな場でも主の為だけに行動した、」


前に立つジャンを避けて私がぐいぐいと歩み寄ると、まるで呆然とした様子のエミリアが勢いに押されるままぺたんとソファに座り込んだ。


「貴女の想いの源は、どんなものですの?」

「……へ、」

「わたくし、知りたいのです。一体どれだけの想いを抱えて、今も逃げ出さず、……この場に居るのかを」


そうしてベッドで寝息を立てるルイーゼ夫妻に視線をやると、目の前のエミリアが目に見えて動揺したようだった。


「お、お戯れを……」

「あら。同僚には話せませんか?生憎、ジャン様のような素晴らしい精霊の目も持たず、まして皆様の幼い頃のこともさして存じ上げないわたくしは、こうして聞くより他ないのですけれど……」


残念ですわ、と敢えて困り顔で首を傾げた私に、エミリアがぱちぱちと瞬きをした。


「で、ですからわたくしは花姫様に全てをお話すると、」

「いいえ、エミリア。わたくしはただのメイドですよ。……義務や責任で話すような言葉でなく、貴女の想いを聞きたいのです。ただ、一人の人間として。」


そう言って、ふっと力を抜いて笑うと、強張ったエミリアの肩からもまた力が抜けたようで。


「…………ジャン。一応聞くけど、この方は、一体何を言っているの……?」

「あーー……と、そう。ジュリエッタは事故で記憶を失っていてね。何か手がかりがあるかもと、兎角人の話を聞くのが趣味なんだ、よ。」


少しぎこちないジャンの誤魔化しに、目を伏せたエミリアが長い溜息を吐いた。


「……わかりました。ジュリエッタ様、でしたっけ?」

「ええ、ジュリエッタで結構です。」

「で、ではジュリエッタ。……わたくしの想いを知りたいという事ですけれど、主従の思い以外、他には何もありません」


そうきっぱりと言ったエミリアの目は、しかし私から逸れていた。……うーん、本心を聞くにはまだ勢いが足りなかったか。


一つ深呼吸をして、かつてエミリアが私に向けた鋭い目を思い出す。……あれはたしか、エドアルドのメイドなんて苦労してそうだなあ、とか思った時だったっけ。うん、試してみる価値はあるかも。


「あら、そうでしたの。……わたくしはてっきり、エドアルド様との間に何か特別な思い出があるものとばかり。」


同情するように声を柔らかくして眉尻を下げると、やっとエミリアと目が合った。


「……そんな、ものは」


それでも頑なそうな声で否定するエミリアに、私はわざとらしく怯えて見せた。


「まあ。……では、何かのっぴきならない事情で脅された、とか?」

「っいいえ!そのようなことはありません!」


思惑通り突然わっと声を荒げたエミリアに、私は敢えて落ち着いて問いかける。


「ごめんなさい、エミリア。わたくし、エドアルド様の人となりをよく存じておりませんの。……きっと誰よりも近くで見ていた貴女に、本当のお姿を教えていただきたいだけですわ」

「っ……本当の、お姿……」

「ええ。エミリアが尊敬するところを教えてくださらない?」


エミリアの隣に座って笑うと、少し迷った様子のエミリアが俯き加減でぽつぽつと話し始めた。


「……せん……」

「え?」


その小さな呟きに首を傾げると、エミリアが意を決したように顔を上げた。


「……エドアルド様は、尊敬するところなどはございません!」



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