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眠りのフィレーネレーヴ



「わ、私も一緒に行きます」



……花姫としてルイーゼ夫妻に話しかけるのはきっとマズイけれど、街の人々が入り乱れている今この時なら、この髪さえ隠してしまえばある程度はまかり通る筈だ。幸い今日はシンプルなデザインのドレスだし、大きな布ならば沢山ある。


私の放った言葉と心の声を聞いてか、目を見開いて瞬きをしたジャンが、それからはっとして目の色を変えた。


「……敵わないなあ。この場にブルーナもリータも居ないことが果たして幸か不幸か……わかりました、わかりましたよ、もう」


紫の瞳に戻ったジャンが仕方なさそうに頷いて、失礼、と呟きながら先程放ったばかりの布を私の頭に被せた。


「ルイーゼ夫妻の手前、今この時から貴女のことは花姫様でなく一人のシニョリーナとして扱います。……良いですね?」

「ええ、勿論です」


被せられた布を手早く纏めた私が頷いたのを見て、ジャンが通路の横に置かれていたワゴンの上からおもむろに銀食器の一つを手に取った。


「……では行きますよ。事は一刻を争います」


手短にそう言いながら、銀食器を懐に入れて立ち上がったジャンの背を追う。


席を立つことをシルヴィオに告げていないことだけが気にかかるが、未だ人々に囲まれたシルヴィオを呼び出すのには骨が折れそうだ。……ジャンの様子を見るに、その余裕も無さそうだし。


内心でそっと謝って、私は大広間を後にした。


「こちらです」


ルイーゼ夫妻の進んだ道は私には判別がつけられないが、ジャンには全てわかっているようで、後ろを歩く私を気にしながらも迷いなく廊下を進んで行く。


そんなジャンの背中を追う内に見慣れない螺旋階段に行き当たって、そのまま更に階層を上がった廊下を進む。と、視線の先で複数の人が点々と倒れているのが見えた。


「これは、」

「……おっと」


どうしたことかと思わず口を開きかけた私に、ジャンが静かにするよう指先で合図を出した。同時に壁際に寄って、曲がり角から廊下の先の様子を窺う。


「……眠っているようですね。見たところ外傷も無いですし、眠りのフィレーネレーヴだとすれば側仕え、特に城仕えの者が得意とする傾向にあります」

「ということは……」


潜められたジャンの声に応じて声を潜めると、ジャンの横顔が途端に苦々しいものになった。


「十中八九、ルイーゼ夫妻が施したものと見て間違いないでしょうね」


間に合わなかったか、とジャンが呟いた矢先、廊下の先の扉から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。


「どうして、……じゃない!」

「どこか……遠くへ、」


男女の断片的な声が響く中、ジャンが自分の懐からそっと銀食器を取り出した。


「これは保険のつもりだったけれど、……シニョリーナ、どうか内密に頼みますよ」


私が何か答えるより早く、ジャンが銀食器を額にかざす。


「スクアリオ・コローレ」


小さく呟いた途端にジャンの腕に揺れるブレスレットが煌めいて、手にした銀食器が青の光と共に消えた。かと思うと、きらきらとした雪のような粒に変わってジャンの薄い黄緑の髪を銀色に染め上げていく。


「よいしょっと。気が重いですが行きましょうシニョリーナ、……いや、ジュリエッタ。」


さらりと前髪を揺らして自分の髪の色を確かめたジャンが、すっと顔付きを変えた。

目の色こそ違うが、普段から関わりがなければ気付かないほど、廊下を進むその所作はシルヴィオのそれとよく似ている。


気を引き締めて寝転がった人々を避けながらジャンに続くと、先にたどり着いたジャンが薄く開いた扉を勢いよく開け放った。


「一体何の騒ぎだ!」


ジャンがそう怒鳴り込むと、瞬時に男女の声が止んで、その声音が酷く怯えたものに変わる。


「な、ど、どうしてシルヴィオ様がこちらに」

「大広間に居られる筈では、」

「心痛の貴方がたを労おうと思っての事だが、……これはどういう事だ?」


やっとの事で部屋の前にたどり着くと、ジャンの向こうに立ち竦むルイーゼ夫妻と、その更に奥で静かにソファに座るエミリアの姿が見えた。


部屋に置かれている家具は決して豪華とは言い難いけれど、現実世界で言えば上等な部類に入る。……何なら私が一人暮らししていた部屋よりはずっと豪華と言っても差し支えない。


そのことにまずほっとしていると、やけに落ち着いた様子のエミリアがジャンと私とを交互に見て溜息を吐いた。


「……お父様、お母様。少しこちらに来てくださいませ」

「お、おおやっと共に逃げ出す気になってくれたか!?」

「そうだわ、エミリア。シルヴィオ様と付き人の二人くらいさっさと眠らせてしまえ……ば……?」


出入り口を塞がれたこの状況でも、わっと歓声を上げたルイーゼ夫妻に、ジャンと共に身構える。と、同時に二人の花石に手を当てたエミリアが何かを小さく呟いた。


「ソンニ・ドーロ」


すわ攻撃かと更に身構えたのは私だけで、金色を纏ったジャンは静かにその状況を見つめていた。

エミリアと同じ紺の髪と一段薄い髪が青い光と共にぐらりぐらりと揺れて、その足下が次第に覚束なくなっていく。


「ああ、愛しの……エミリア、どう、して……」


言いながらゆっくりとルイーゼ夫妻の瞼が閉じられて、その瞳から涙が溢れる。そうしてソファの横に置かれていたベッドへ、二人で共に倒れ込んだ。


「おやすみなさい、……お父様、お母様。」


その光景に思わず息を呑むと、倒れ込んだ二人に上掛けをかけたエミリアが静かにこちらを振り返った。


「父母のせいでお騒がせをいたしましたこと、まことに申し訳ございません。」


捕らえられた時とは違う、装飾のないお仕着せのような服をふんわりと広げて、エミリアが深々と礼をした。

そうして顔を上げた紺色の瞳には、なんとも言えない、強い光が宿っていて。


「わたくしは決して逃げません。……わたくしの知ることでしたら、何でもお話いたします、花姫様」



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