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フィレーネ・レーヴという人



「結婚でもなんでも、どーんといたしましょう!」



どうせ元いた場所は思い出せないんだし、帰るにしても方法がわからないし、あの第一王子にギャフンと言わせたいし。


それに、何よりも。

二人で手を合わせて、一緒に困難を乗り越えると誓ったシルヴィオ様となら、うん、百人力のような気がする。


「……って、みんな聞いてました?」


あまりの静寂にハッとして問いかけると、ロベルトとブルーナは何を言うでも無くシルヴィオを見つめていた。

二人の嬉々とした笑みと視線に反して、シルヴィオの顔は難しそうで、そしてなんだかやけに赤く見える。


「全て口に出ているぞ、ばかもの。」


そう呟いて、頬杖を付きながら顔をそらす。


「へっえ、あ?」


慌てて口を覆ってブルーナとロベルトを交互に見ても、ただうんうんと笑って頷くだけで。


「な、なんでそんなに照れてるんですか!私まで恥ずかしくなるじゃないですか!」


居た堪れず熱くなる頰を覆って、シルヴィオの横顔に言葉を投げる。

ばっと勢いよく振り返った顔は難しいままなのに、どこか拗ねた子供のようで、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ可愛いなと思ってしまった。


「……それは!」

「それは!?」


私と目が合った途端に視線を逸らしたシルヴィオが、ロベルトとブルーナを気にしてか咳払いをひとつ。


「……今はいい。そんなことよりも、今後のことだ。」


ぴしゃりと途切れた言葉にむう、と頰を膨らませそうになる私とは対照的に、お茶を飲んだシルヴィオの顔色は既に涼しい色に戻っていた。


「うふふ。……お言葉ですが、シルヴィオ様、もうすぐ日も暮れますわ」


何事も無かったように話を続けようとするシルヴィオに、ブルーナがゆったりと窓を見る。

確かに、差し込んでいた光が心許ない。


「……そうだな。」

「では、今後の話は食事の席でするといたしましょう」

「すぐに小広間へ準備させますわ。……わたくしとロベルトは少し離れますわね」


そうして手早く話をまとめた二人が立ち上がった。

さすがの連携というべきか、ロベルトがいくつかの蝋燭に火を灯している間に、ブルーナがお茶をさっと淹れ直して、静かに部屋を後にした。


途中、ブルーナがわざとらしく目配せしたのが引っかかるけれど、二人きりだし、今聞く他にないのが、内心を見透かされているようで少し悔しい。


「……シルヴィオ様?」

「ああ。」


温かいカップを手に持ったままシルヴィオを見ると、揺れる蝋燭の火に照らされた顔が少し赤く見える。


「どうして、」

「照れたのか、か。」

「……はい。」


少しだけお茶を飲んだカップを置いて、こくりと頷く。


「ジュリ、あなたは……」


言いかけたシルヴィオの言葉を遮るようなタイミングで、突如として蝋燭の火が全て消えた。


「ひゃっ……!?」


突然の暗闇に驚いて思わず声を上げると、派手な布擦れの音とともに、覚えのある体温に抱きすくめられた。


「無事か!?」

「ひ、ひゃい……!」


噛みながらなんとか返事をするも、日の落ちた暗がりで感じる体温には、なんだか余計にドキドキしてしまう。

だってこの人相変わらず良い匂いがするよお。


そんな私の内心など知る由もないシルヴィオが、不機嫌そうな声を隠そうともせず暗がりの中へ呼びかけた。


「おい。あれほど趣味の悪い悪戯は止せと言っただろう。」


その声に応えるように、さっと消えたはずの蝋燭の火がひとりでに青く揺らめいた。


「え……?青い、火……?」


ぽつりと漏らした私の声に、この場には居ないはずの誰かの笑い声が聞こえる。

ひえ。

いくら夢の世界だからって、き、急なホラーはご勘弁ください!


「いい加減にしないと、貴殿のお気に入りの服を今度の祝祭の飾りに変えてしまうぞ」

「やだちょっと!それは勘弁よ!」


今度ははっきりと、背後から声がした。口調は女性のようだけれどその実、慌てる声音が男性で、非常に頭が混乱する。


「姿を現せ。」

「うふふ!やーねえ、そんなに怒らないでヨォ。アタシはただ、新しい花姫チャンにとびっきりのご挨拶がしたかっただけなのヨゥ」


シルヴィオが溜息を吐きながら私を解放して隣に座ると、背後から現れた人物が私の前でくるりと回転した。


青く照らされた髪の色は正確に判別出来ないけれど、髪そのものは長く、背中で一つに束ねられている。


「初めまして、何度目かの花姫チャン。」


言いつつ、長いローブのような服の裾を持ち上げて礼をする。ちょっとドレスみたいだ。


「は、初めまして……あの、」

「あら。」


咄嗟に挨拶を返した私がハッと気がついた時には、女性とも男性とも言い切れないような綺麗な顔がすぐ間近にあった。


シルヴィオが制止するよりもずっと早く、すい、と流れるような動きで顎を持ち上げられる。

なんと驚くことに本日二度目、人生にしても同じく二度目の体験となるが、目の前の人物の指先は殊の外優しい。


誰かとは大違いだ。


「アナタ、私の好きな花姫サマに似てるわねえ。」

「……へ?」


目の前の、光を帯びた金色の瞳が、私を見て懐かしそうに細められる。柔らかくて、優しくて、それなのに悲しそうだった。


思わず問いかけようとしても、突拍子もない登場に突拍子もない口調にさらには突拍子もない行動が加わって、私の体は既にピシッと固まってしまっていた。


中々動かない私の肩に手を回したシルヴィオが、軽い力で背もたれの方へと引きながら顎に添えられた手をぐっと掴む。


「フィル。飾りにするぞ。」

「やあだ、こわ〜い!」


フィルと呼ばれた人物がシルヴィオに掴まれた手を軽々と払って、わざとらしく怯えて見せた。


「大丈夫か?」


心配そうな声音で問われ、そっと背を撫でられる。

さっきはあんなにドキドキしたのに、不思議と背中のぬくもりだけで緊張が溶けていく。


「あ、はい、大丈夫です……びっくりはしましたけど、なんか、不思議と嫌な感じはしなかったというか」


やっとのことで追いついた思考で、不機嫌そうな顔のシルヴィオに言葉を返す。


「男の嫉妬はみっともないわヨォ。」

「どの口がそれを言うんだ」


すかさず言葉を挟んだフィルと呼ばれた人物と、シルヴィオの間の空気が剣呑になっていきそうで、慌てて声をかける。


「あの……フィル、さん?でいいんですか?」

「あらやだ。アタシまだ名乗ってなかったわね!ごめんなさい。アタシの名前はフィレーネ・レーヴよん。気軽にフィルとでも呼んで頂戴。」


ぱちん、と綺麗なウインクをきめられたけれど、いやいやそんなことより。


「えっ!?あの……フィレーネレーヴって魔法の名前じゃ、」

「んふ。その通りなんだけどぉ、あの力はアタシが名付け親とでも言うべきかしらねえ?フィレーネ・レーヴ印の力っていうか?」

「……そう、なんですね?」


訝しげにシルヴィオへ視線を向けると、仕方なさそうに頷くのが見えた。


「アタシは謂わば力の伝道師なのよ。」


そしてもうひとつ華麗なぱちこーんウインク。


「伝道師、ですか……ということはシルヴィオ様もフィルさんから?」

「やだ、アタシ堅っ苦しいの嫌いだからフィルって呼んで頂戴よ。」


私の問いに口を開こうとしたシルヴィオを遮って、フィルが言う。


「この国ではね、ある一定の年齢を迎えるとお城で試験と鍛錬をするのよ。素養のある子は特に鍛えられて、城仕えをする子も多いわ。だからモチロン、アルチャンもルヴィチャンもアタシの教え子、」

「フィル!」


今までで一番難しい顔をしたシルヴィオが、不機嫌そのものといった声で呼び止める。


「……その名で呼ぶなと何度言えば、」

「やめないわヨォ。可愛いじゃない、ルヴィチャン。」


が、なんということもなさそうに肩を竦めるフィルへ、はあと深い溜息を吐き出してぼやく。


「出来ることならあなたには会わせたくなかった」

「アタシがこの国一番の教え役なんだから無理ヨォ。うふふ。花姫チャンにはフィレーネレーヴと一緒に、たあっぷりルヴィチャンの可愛い頃を教えてあげるわ!」

「可愛い頃……それはちょっと興味があります!」

「こぉんなにちっちゃな頃から知ってるから、なんでも聞いて頂戴!」


そう言いながらフィルが示したのはほんの指先ほどの大きさで、親戚のおじさんなんかがやる表現にそっくりで少し笑ってしまう。


「……あれ?でも、その力は初代の花姫様が授けたって……フィルは一体いつから、」


問いかけた私の唇の前で、フィルの人差し指がピタリと止まる。思わず言葉を飲み込むと、中性的な顔立ちがニッコリと微笑んだ。


「んふふ。花姫チャン?乙女の歳を気にするなんて、ナンセンスよ。」



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