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勇気の形



「……ええ、勿論ですわ」



笑顔で頷いた私の答えに、誰もがすぐに口を閉ざした。

……先程とは大違いだ。


「フィレーネ王国はありがたいことに、海に囲まれた国なのですもの。その特性を活かして、海を周囲に掲げるのです。……建物の壁や各港に柱と布を立てて、遠方から視認できる地形さえ変えることが出来れば、誰もその場所がフィレーネ王国であると認識出来なくなることでしょう」


出来るだけ胸を張って、述べる内容に自信があると見えるよう心がけて振る舞う。つい先程のシルヴィオをお手本にして。


「なるほど、確かに。……だがこの国で景色を染めるなどという偉業が出来るのは貴女だけであるが、」

「アルヴェツィオ様。その点は心配ございません。」

「……なに?」

「この国で使われているインク、……いいえ、インキは青色ですもの。その青を様々な布に移して染めるだけで十分な効果を発揮いたしますわ」

「まあ。……けれど、時が惜しいのです。地を覆えるだけの布を、全て綺麗に染め上げるだけの人材は、」

「それも心配ございませんわ、ナターシャ様。何も『全て綺麗に染め上げる』必要はないのです。」


そう言ってにこりと笑うと、途端に周囲の空気が困惑に揺れた。


……それもそうか。リータが移しのフィレーネレーヴを見せてくれた時も、ちょっと恥ずかしそうだったし。

個人の特性を伸ばすこの国では、出来ない点を決して美点とはしないのだろう。


「……自然の色素というものは、とても複雑な色をしているのです。色々な生き物や太陽の光を受けた色が混ざり合って、初めてわたくし達の目にそう見えているので、……一律で綺麗に染め上がっていると、逆に違和感を与えてしまうこともあるのです。」


言いながら、その場でくるりと振り返って困惑する人々の顔を見渡す。


「ですから、むしろ移しや染め上げるのが得意でない方のお力をお借りしたいのです。みなさま、今はみなさまの愛するフィレーネ王国の一大事です。みなさまの大事な人を守るために、どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか?」


そうして首を傾げると、ほんの先程まで沈黙していた人の中から次々に手が上がった。


「……私の一家は皆苦手です!」

「わ、わたくしも得意でないですけれど、それでお力になれるのでしたら」

「わた、私も……!」


思ったよりもたくさんの手が上がって、そのことに私の心が熱く疼く。

お城ですらこの人数が揃うなら、きっと各領地には適した人材がもっと豊富に居るはずだ。


まるで勇気というものが形を保って見えたようなその光景に私が見惚れていると、手を上げた人同士で視線を交わして、皆少し恥ずかしそうに笑い合っていた。


……むう。きっとこの国が出来た初めの頃は、完璧に出来ないことは恥ずかしいことじゃなくて、人材が限られていたからこその単なる適材適所だった、というだけだろうに。


この国で、未だ自分が苦手なことを表に出すのが恥ずかしいことだと思っている人達へ、シルヴィオをお手本にした最大級のお姫様スマイルで応える。


「みなさま、尊いお力を貸してくださること、本当にありがとうございます。……恐れず踏み出してくださったみなさまの前途には、必ず良き花の導きがあることでしょう」


……どうか、それが恥ずかしいことなんかじゃないって、少しでも伝わってほしい。


私がそう言ってすぐに人々の顔から恥ずかしそうな笑顔が消えて、ぐっと表情が引き締められた。


そうして感じられるみんなの静かな熱が、まるで文化祭を前にしたような、やる気に満ちたワクワク感で溢れている気がする。……いや、状況は決してワクワクしている場合ではないけれど。言葉の綾というやつだ、多分。


「……そうと決まれば、急ぎ各領地へ通達せねばな。フィル」

「ええ。すぐに。」


いつの間にか玉座へ座り直していたアルヴェツィオが指示を出して、フィルがふっと姿を消した。


「……しかし、これでこの国そのものから目を反らす為の方法が整ったとはいえ、向こうの軍勢の位置の把握はどうする?守りに人材を投入する以上は、陽動に人員を割くことが難しくなるやも知れぬが」


言いながら自分のこめかみを押さえたアルヴェツィオが、たたでさえ怖い顔を難しそうに歪めた。……シルヴィオの難しい顔は父譲りか。


思わぬ遺伝に、ふふ、と思わず笑いそうになってしまったのをぐっと堪えて、私はすぐにえっへんと胸を張った。


「ええ、それこそがわたくしの出番です」



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