思い付いた作戦
「さて、皆気重であろうが、……時は有限だ。これより隣国との海戦の話をせねばならない」
途端に引き締まった空気に、話を引き継ぐように頷いたナターシャが口を開いた。
「リーヴァ領よりの報告ですが、やはり幾度も商船や観光船ではない船影が確認されているようです。おおよそ窺える陣形からして、指揮された軍隊と見て間違いはないかと」
「うむ、……アドリエンヌが海図を持ち去った以上は、どこから攻められてもおかしくはあるまい。全領地への警戒通達はしてあるが……それでもこの国の全てを囲まれてしまえば到底手が回らぬ」
確かにフィレーネ王国そのものは全て海で囲まれていて、一度船が辿り着いてしまえば、上陸出来る陸地はいくつもある。
……そういえば、この世界の船はどんな船なんだろう。
あくまで私が知っているのは勝手に動いた木製の小舟だけだし。……あれもどうやって動いてたんだろ?
「アドリエンヌがイグニス王国へ辿り着くまでおおよそ三日。そしてヴァルデマールが国としての戦型を整えるまでと考えると……既に備えがあることも鑑みて、海戦開始までの猶予は七日といったところか。……フィル、アリーチャと連絡は取れたか」
「ええ、もちろんよ。いざ戦となれば秘蔵の船をいくつも動かしてくれるって言ってたわ」
「それは有難い。精霊が造船した船は強度が桁違いだからな。……しかし、砲撃にも精霊避けの呪いが込められているとすれば厄介だ。願わくば開戦より早く精霊達を救い出したいところだが、……国として守りを固める方を優先させなければ、な。」
砲撃や造船という言葉を聞くに、この世界の船は、よく映画なんかで海賊達が乗っている帆船のようなもので間違いないのかもしれない。
「どうにか少しでも開戦を引き延ばせれば良いのだが……」
低く呟く憂い顔のアルヴェツィオを見て、私はふとアリーチャの言葉を思い出した。
『……海の上じゃ指針が狂えば命取りだからね。きっと、見失わないように気をつけるんだよ』
……指針、指針かあ。指針といえば現代では電気で動くレーダーとかメーターなんかを使ってたよなあ。
とはいえ、この世界に電気は無いし。海を隔てた国でもそこはそう変わらないだろう。
ん?だとすれば、頼りにするのは海図と自分の目……?
「あ」
ぽっと思いついたことに思わず声を上げると、期待半分の眼差しで場にいるみんなが一斉に私を見た。
「あ?……花姫様、何かお考えが?」
いきなり注目されて固まる私に、それでも隣に立つシルヴィオが少し、ほんの少しだけ苦い笑いを浮かべて問う。
また何か発想の上を行くことを考えたな、と言外に指摘する笑顔が、なんだか不思議と心強くて。
私は一つ深呼吸をして、アルヴェツィオに向かって声を上げる。
「……まず質問なのですけれど、この世界の船というものは何を指針として進むのでしょうか?」
「む?我が国の船であればフィレーネレーヴと花石を方位の指針とするが……他国の船は海図と船乗りの目が全てであろうな」
「……なるほど、お答えいただきありがとうございます」
ふむふむ、と頷く私に、アルヴェツィオが少し身を乗り出した。
「……それが?」
「それが、上手くいけば一挙両得出来るかもしれませんわ」
玉座を見上げてにっと笑った私に、周囲からざわりと声が上がる。
「……何を一挙両得、するつもりで?」
「アルヴェツィオ様のお望みは、この国の守りを固めることと開戦までの時間を稼ぐことでございましょう?」
「ああ、如何にも」
「わたくしの作戦であれば、イグニス王国の指針を狂わせ、こちらだけがその位置を掴むことが出来ます。その上、海戦の位置そのものをずらすことが出来ればこの国の守りを固めることにもなりますし……これでは一挙両得ならぬ一挙三徳ですわね!」
思いついた作戦の旨味にぱちん、と手を打って笑うと、そこでやっと周囲の声が困惑に満ちていることに気が付いた。
「……失礼いたしました。わたくしとしたことが、まだ肝心の作戦を述べておりませんでしたね」
おほほ、と誤魔化して笑う私に、ロベルトとブルーナ、そしてシルヴィオだけがいつもの訳知り顔で肩を竦めた。
「して、作戦、というのは」
いささか怖い顔をしたアルヴェツィオにはごくりと喉を鳴らして。私はもう一度声を張った。
「はい。この国をまるごと、布のようなもので隠してしまうのです!」