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たくさんの愛



「かの記録を証拠として……第一王子エドアルドは、正統に私の血を継ぐ子ではない」



そう言い切った後でアルヴェツィオが再び口を開こうとしたのを、エドアルドの悲痛な叫びが遮った。


「嘘だ……!」

「エドアルド様、」

「そんな、そのようなことがあるはずは……いいや、しかし、では私は今まで一体何のために……」


両腕で頭を覆ったエドアルドが俯いて言葉を吐き出すのを、アイリーンが懸命に支えている。……そうしないと、今にも崩れてしまいそうだというのがこちらからでもわかる。


「そうか、嘘、嘘だな。嘘なのだ、かの王は愛を誤り私を謀って……私だけでなく、昨夜……母上までも」

「っ……エドアルド様」

「離してください、アイリーン様。私はかの王に、」

「お気を確かになさいませ、エドアルド様!」

「っ、離せ!!」


不意に声を荒げたアイリーンに一瞬狼狽えたエドアルドが、支える彼女を怒声と共に勢い良く突き放した。


「……っ!」


その手からひらりと一枚の紙が落ちたのが見えて、エドアルドがさっとそれを拾い上げる。

時を同じくしてドレスのまま投げ出されたアイリーンの身体を、すかさずジャンが庇った。そのままとても痛そうに伏せられたジャンの目は、微かな金色に揺らめいていて。


何かを諦めたようなジャンが、フィルに向かって小さく首を振った。


「アルヴェツィオォ……!!」


低く名を呼びながら拾った紙を握りしめて玉座へと足を踏み出したエドアルドに、他でもないフィルの怒号が届いた。


「エドアルド、いい加減にしなさい!」


一瞬びくりと肩が揺れて、エドアルドがフィルを睨みつけた。


「……それ以上は、駄目だとわかるだろう」


静かな否定の声に、エドアルドの顔がかっと赤く染まった。


「っうるさい!お前に何がわかる!母には、……王を唯一とした母にはただ王座を唆され、少しでもその愛を望めば手酷く遠ざけられた。その母に比べ続けられた弟には、実力では無くふざけた力で追い抜かれたのだ!それでも、……それでも私が王の第一子だと信じ、母が望む王座を手に入れれば……そうすれば私は、愛を手に入れられると思っていたのに……」


言いながらエドアルドの体が揺れて、震えと共に床へ崩れていく。その頰からぼたぼたと落ちる雫が、毛足の長い絨毯を濡らしていった。


「あまつさえ、王の子ですらないとは……はは、……お前のようなものに、何がわかる……」


痛々しい言葉が静まった広間に響いて、この場に居る誰もが同情のような空気で目を細めていた。


この期に及んでも、何一つ非難の声が上がらないということは、エドアルドもそれなりに慕われる部分もあったのではないだろうか。……きっと、今の本人はそれを理解できる状況ではないだろうけれど。


嗚咽を繰り返すエドアルドにフィルがふと溜息を吐いて、まるでなんでもないことのように言った。


「わからないわよ。アタシはアルチャンじゃないもの」

「っぐ、」

「でも、わかることもあるわ。」


そうしてフィルが青い光と共に突然姿を変えた。

突如現れた女性を模したその姿には、黙り込んでいた衛兵達もすぐにざわめき出す。


そのざわめきに導かれるように顔を上げたエドアルドが、途端に息を呑んだ。


「……貴女は」

「この姿で会うのは久しぶりね、アルチャン。……貴方が勝手に慕ったこの姿はね、私の大好きな初代の花姫様を模したものなの。私は幾千年違えた今だって、彼女を愛しているわ。」

「……だから、何だと」

「だから、……愛とは望むものでも一方的なものでもなくて、生きて共に育んでいくものなのよ。そうして育んだ愛は、ずっと消えることは無いの。……それに愛は一人にひとつだけだなんて決まりは無いのよ、アルチャン。貴方はお母さんの愛だけを望んだようだけれど、貴方の周りはもっとたくさんの愛に溢れているの」

「世迷言を、」

「そうかしら?……彼女の目を、ちゃんと見た?」


フィルがそう言いながら視線だけでジャンに支えられるアイリーンを示して、ふっと表情を消した。


「仮にも貴方の花姫様だとそう決めたのなら、どんな時も守り抜きなさい。危険から守る為ならばいざ知らず、自分の事情で人々の面前で突き飛ばすとは何事ですか、男としてあまりにも情けない。」

「ぐっ……それ、は」


フィルの言葉に言い淀んだエドアルドが、力無く俯いて絨毯をぐっと握り込む。

同時にジャンから一歩離れて、アイリーンが静かに口を開いた。


「……もうやめましょう、エドアルド様。お母様に縛られることは。」


言いながら、不意にベールを脱ぎ捨てたアイリーンが纏めていた自分の髪を解いた。


「っ、母上とのことを何も知らないアイリーン様まで、なに、を……」


瞬間的に燻んだ黒髪が広がって、頭を飾る花々がその場に舞い落ちていく。


「アイリーン……様……?」

「……プリツィーエ」


一言そう言った途端に、アイリーンの耳飾りが煌めいて、青の光が髪をなぞる。


次第にしゅわしゅわと黒く淀んだ染料のようなものが洗い流されて、ひどく苦しそうな顔をしたアイリーンの髪が、やがて艶めいた紺色へと変わった。


そうして静まり返った空間に、たった一言、呆然としたような、掠れたエドアルドの声だけが響いた。


「エミ、リア……」



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