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幼い頃の話



「そうだ、二人の幼い頃のお話も聞かせてください!」



私の提案に、すぐ横のシルヴィオが目に見えて難しい顔をした。


「幼い頃、ですか……」


その隣で反復してそう呟いたジャンもまた、いささか怪訝そうな顔をしている。


「……わたくし、幼い頃から馴染んだこの味に昔を思い出してしまって……お二人の小さな頃はどのような感じだったのか、気になってしまったのですけれど」


嫌な質問だったのならごめんなさい、としゅんとして付け加えると、途端にジャンが首を振った。


「いえ、いえとんでもない!……ただその、先程昔の悪い癖が出てしまったばかりなので、その当時の話をするのは気が引けただけなのです」


気まずそうにお茶を飲んで、ジャンがゆっくりと目を逸らす。


「……そういえば、エドアルド……様にも嫌われてしまったとか」

「ああ、ええと、それは……はい、そうなのです」

「一体どんなことが?」


私が問うと、ジャンが意を決したようにこちらを見た。


「当時、私は精霊の目の制御があまり上手く出来ず、ほとんど力の垂れ流しのような状態で……人と会って、意図せずその心を聞けば聞くほど自然と力を消耗して、常に朦朧としておりました」

「やだ、懐かしいわね。それってマルチャンの世代がみんなお城に集まった頃の話でしょう?」

「ええ。……城に一度に集められた子供の数はとても多くて、その時の私は流れ込んでくる声に圧倒されて今にも倒れそうな状態だったのです」

「……まあ」

「そして……その状態の私を助けてくれたのがエドアルド、だったのですが……しばらく良好な関係を築いた後で、私の力によって嫌われるに至ってしまいました」

「……理由を、聞いても?」


私が慎重に尋ねるとジャンが少し痛そうな顔をして、やがて苦い笑みを浮かべた。


「……信じていただけないかも知れませんが、私の力を知っても、当時のエドアルドは特別視をしなかったのです。シルヴィオや隣にいた女の子と共に当たり前のように接して、時には助けてくれることもあった。……けれどその事で調子に乗った私は、紹介された彼の母、アドリエンヌ様の内心までをも聞いて、その詳細を伝えてしまいました。」

「あら。そうだったの。……大人が考えていることなんて、たしかに子供が受け入れられることばかりじゃないものね」

「……ええ、それにしても彼女のエドアルドに対する考えは酷すぎましたが。……そうして怒り狂ったアドリエンヌ様と共に、謝る暇もなく。以来ずっと嫌われてしまっている、というわけです」


……うーん。やっぱり人の心が聞けるのって不便だなあ。

それにしても、当時のアドリエンヌは一体何を考えていたのだろうか。自分の子供に伝わって怒り狂うようなことなんて、きっとろくな事じゃないのは確かだろうけれど。


そう思いながらなんと声をかけたものかと悩んでいると、遠い目をしたシルヴィオが不意に口を開いた。


「……思えばあの頃はまだ、兄上とは純粋な兄弟で在れたな」

「シルヴィオ、」

「兄上は私よりも優秀で、時に立ち止まって皆や私に教えてくれることもあった。私はいつもその背中を追いかけていた。……はずだったのだが、フィレーネレーヴの指導が始まった頃から兄上は明らかに人が変わってしまった」

「……それは私のせいかもしれないよ。……先ほどの話も、ちょうどその頃だ」

「ジャン、」

「いいえ。そのどっちもよ。」


表情を暗くするシルヴィオとジャンの二人に、フィルがすっぱりと言い放った。


「いえ、正確には。……自分の出自を知らされていないからこそ、この世界の全てがアルチャンをそうさせてしまった、というのが正しいわね。」


目を伏せてそう言ったフィルに、皆が一様に口を噤んだ。

……此処にいる人間はみんな、ジャンも含めてエドアルドがシルヴィオの兄でないことを知っているということだろう。


「エドアルド……様はそのことを、自分の親が本当は誰なのかを知ったら、どうするのでしょう」

「花姫チャン、それは……アタシ達にはわかりようもない事だわ。例え、精霊の目があろうともね」

「そ、そうですよね……!」

「……ただ、ヴェティチャンの想いや、アルチャンの周りの子の愛情がきちんと届いたら素敵なんだけれど」


それでも人の心ほど難しいものは無いものね、と言いながら、フィルが俯くジャンを見て微笑んだ。


「さて、そろそろ休憩はおしまいにしましょ!もう日も暮れちゃったし。……ほらほらみんな、もうひと探ししたら戻らないと、アタシが王族の誘拐の犯人にされちゃうわ!」


冗談めかしてやけに明るくそう言ったフィルに追い立てられて、私たちは夕暮れに染まった書庫の棚をもうひと探ししたのだった。


それでも、やはり帰るための手がかりは見つからず。フィルにも精霊文字のことを聞けぬまま、いつの間にか辺りは夜になっていた。


諦めムードで書庫を閉じて、お城に戻る土の道を歩む私たちを、やわらかな月が照らしている。


草や木の匂いと穏やかな月の光が心に馴染んで、不思議と少し元の世界に帰ったような思いだった。

……この場所にお父さんやお母さんも居なければ、馴染んだ友達が居るわけでもないのに。


ふと振り返ると、月を愛おしそうに見るフィルが、私の視線に気付いてこちらを見た。


銀色の長い髪が月光に透けて、月のような金の目が細められる。それは、なんだかとても幻想的で。


門の前で立ち止まった私たちに、その幻想的な雰囲気を裏切って、フィルが明るく笑った。


「みんな、また明日。」



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