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異世界の四季



「隣人を利とせず、貶めず、わかちあうこと。違いを尊重し、皆で助け合うこと。如何なる身分の者においても、隣人を尊敬する心を忘れてはならない。これを破った者には、オシオキを執行するものとする。この決まりごとを破った者がいた場合、直ちに衛兵へ報告すること。」



ブルーナの声ですんなりと耳に入ってきた決まりごとに笑顔で頷く。


「……いいと思います!」

「ええ、オシオキの内容がわからないのも、また一層の抑制となりそうで良いですわね」

「ああ……これは、謂わば牽制だからな」


私の頷きと、応えるように頷いたブルーナを交互に見てからシルヴィオが小さな溜息を吐く。その憂いのある表情をなんとかしようと、努めて明るく声を上げた。


「よーし、これであのエドなんちゃら王子もギャフンと言わせられるし、ブルーナも負い目を感じずに済みますね!」


ロベルトが決まりごとの記された用紙を丸めて深い緑色のリボンでまとめていくのを横目に、ガシッとガッツポーズを決めて見せる。


「っまあ、まあ!ジュリア様、殿方の前でそのようなはしたない格好はおやめくださいませ!……それに負い目ではなく当然の責任でございますわ」


得意げに言う私の腕を慌てて掴んで、ブルーナが袖を正してくれた。


「えっ、これはしたないんですか」

「それはもう!腕とはいえ淑女が袖を整えず素肌を無闇に晒すなど!」


ちらりと様子を見ると、シルヴィオもロベルトもさり気なく視線を逸らしてくれていた。


「なるほど……ねえ、ブルーナ」

「なんでございましょ?」

「私が異なる世界から来たと言っても、あなたは変わらず、こうして教えてくれるんですね」

「……ええ、わたくしにとって唯一無二、出会うことができた花姫様ですもの」


一瞬驚いたように目が丸くなっても、ほんのすぐに優しい瞳で微笑まれる。

ああきっと私はブルーナの、この、母のような雰囲気が好きなのだ。


「ブルーナ、改めてお願いがあります。……エドなんちゃら王子の代わりの謝罪は聞き飽きたので、どうか私に、あなたの思う花姫様の理想を教えてください」


改めて向き直ってそう言うと、ブルーナが再び目を丸くした。


「……まあ、それって」

「はい。これからも変わらず、いろいろと至らない私の指導をして欲しいのです」

「わ、わたくしで、よろしいのですか」

「ブルーナが、よろしいのです」


冗談めかして言いつつ、にこりと微笑むと、口元に手をあてながら瞳を潤ませたブルーナが何度も頷いてくれる。


「ええ、ええ。喜んで!」


私とブルーナの様子を眺めてお茶を啜っていたシルヴィオが、笑い混じりに口を開く。


「……少し妬けるな。」

「どっちにですか?」


その口から出た言葉に少しだけからかうように返してみるも、軽く肩を竦めるだけで誤魔化されてしまった。


「あ!シルヴィオ様もフィレーネレーヴを教えてくれる約束、忘れないでくださいよ!」

「む。私は約束を違えないぞ。なあロベルト」

「……」

「ロベルト?どうした」


テーブルの上の紙束を片付けながら、声をかけられたロベルトがはっとして、やや重たそうに口を開いた。


「……申し訳ありません、少々考え事を。」

「珍しいな。話せることか?」

「ええ……これは、些か余計な心配かも知れませんが、今まで無かったものをそう簡単に受け入れられるものでしょうか、と」


片付ける手を止めて、決まりごとをまとめた深緑色のリボンをそっと撫でる。


「確かに、前代未聞ではあるからな……ジュリア、何か良い案はあるか?」

「うーん……新しいことを受け入れるには、内容がわかりやすく周知されることはもちろんですが、同時に何か嬉しい事があるといいですよねえ……」


私が令嬢よろしく思案ポーズを取ると、今の一体どこに反応したのか、三人が一斉にあっと声を上げた。


「えっ」

「ありましたね。」

「あったな。」


完全にわかりあった顔でシルヴィオとロベルトが頷き合う。ブルーナに視線を向けると、なんだか少し嬉しそうに笑っていた。


「あの、何かこう、すごくいいことがあるんですか?」


すぐにでも話し合いを始めそうな空気に、ひとりだけついていけていない私は慌てて口を出す。

と、ロベルトが燕尾服の懐から使い馴染んだ手帳を取り出し、数枚のページをめくって私に差し出した。


「ジュリア様、フィレーネ王国では四つの季節に一度ずつフィレーネフェスティという、その時季に咲く花々を讃えての大きな祝祭がございまして……こちらにも、時季毎の代表の花々が描かれております。」


受け取って見ると青い線で描かれた、大小も様々な花が季節毎に分けられていた。

見たことのある花もあるし、不思議な形の花まで描いてあって面白い。


四季の欄にはそれぞれ名前らしきものが記されていて、日本でいう春夏秋冬みたいなものかと目でなぞる。

それぞれプリマヴェーラ、ヴェルーノ、ハーヴェスト、イヴェール、と順番になっていた。日本とは違って、なんだか人の名前みたいだなあ。


「へえ、この国の四季にもちゃんと名前があるんですねえ。……そういえば、今ってどの時季なんですか?」


問いかけつつ、手帳をロベルトに返すとゆっくりと四季の移り変わりを教えてくれた。人の名前のような季節を順番通りになぞり、一順した指先が止まる。


「……今はちょうどこのプリマヴェーラの盛りを過ぎた頃でございますので、ひと月ほど後にヴェルーノの祝祭を予定しております。」

「やはり、そこで花姫様のお披露目と、決まりごとの周知が出来そうだな。」

「……なるほど?ということは、そのお祭りが嬉しい事、なんですね」


丁寧に説明してくれたロベルトと付け足されたシルヴィオの言葉に納得の意を持ってうんうんと頷けば、意外にも返ってきたのは少し苦笑の混じった笑顔だった。


「あれ?違いました……?」

「いえもちろん、皆で無事にその時季を迎えられたこと、そして自らや親しいものの誕生を、また新しい門出を、その時季の花々を飾って盛大に祝う日でもございますが……。民にとって、それ以上に嬉しい事がございます」

「そ、それ以上に!?」


門出や誕生を祝う日ってことは、いわゆるみんなの誕生日会や祝賀パーティーみたいなもので、大抵ケーキが美味しくて、お祝いのご飯が美味しくて、ってそんな自分の誕生日とかお祝い以上に嬉しいことなんてある!?

おっとっと。つい美味しいものを想像し過ぎた。じゅるりと溢れそうになる想像の涎を振り切って、努めて冷静を装って問う。


「そんなに嬉しいことって一体、どれほどのことなんですか……?」

「それはそれは、もう。」

「それほどのことでございますわね。」


私の問いに、ブルーナとロベルトは微笑ましく、シルヴィオだけが少し気まずそうな表情でしばらく視線を交わし合った。

どうやらまた置いてけぼりな雰囲気である。


徐々に唇を尖らせる私の視線に堪えられなくなったのか、シルヴィオがやっと口を開いた。


「……つまり、だな」

「つまり?」

「その……ジュリアと、私の」

「シルヴィオ様と、私の?」

「こん……」

「……こん?」

「婚約発表でございます」


煮え切らないシルヴィオの言葉に代わって、のほほん、と花がぽんぽん出そうなくらいの笑顔でロベルトが言い切った。


「へ」


ぽろっと溢れた音と共に固まる。いやまあ既に似たようなことは、あれよあれよという間に経験しましたけど。い、いや念の為にもう一回聞いとこう。


「だ、誰と誰の……」

「フィレーネ王国が第二王子シルヴィオ様と伝承の花姫様である、ジュリア様との婚約発表でございます」


ああやっぱり私の聞き間違いじゃなかった。たしかに、たしかに街の人たちはすごく嬉しそうだったけれど、まさか、それが、誰かの誕生日以上に嬉しいことだなんて。


「……そ、そんなに?」

「ふふ、花姫様と王子様との婚姻は民にとって何よりの幸福なのでございますよ。それこそ夢物語がいくつもあるくらいですもの!」


驚きに力が抜ける私の横で、ブルーナが夢見る少女のような顔で笑う。


まさか、まさか。多分おそらくきっと平凡に生きてきたはずの私が、夢物語の登場人物、それも主要人物になろうとは。


「婚姻……」

「……ジュリア、皆の前で正式な発表さえしてしまえば、表向きを大事にする兄もこれ以上の手出しをすることは出来なくなる筈だ」

「なるほど……」


至って真面目に述べるシルヴィオを見るでもなく返事をすれば、すぐにその気配が心配そうに揺れる。


「ジュリア、」

「ええい、ままよ!」


複雑な事情ばかりが思い浮かんで、それが頭を占める前に大きく首を振って、考えそのものを振り切るように叫んだ。


「ここまで来れば乗りかかった船どころか私はもう、立派な船員です!」

「ジュ……ジュリ……?」

「結婚でもなんでも、どーんといたしましょう!」



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