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ここ、どこ!?



『花の色はうつりにけりな……』



うつらうつら、世界が揺れる。


心地の良い音で詠まれ続ける言葉と、暖かい日差しが私を誘う。


抗えない程の眠気に半ば夢見心地で舟を漕げば、次第に肉体の感覚が遠ざかっていく。




ああ、



私は今。



今、何をしているんだっけ。




気持ちの良い微睡みに身を委ねていると、突然ひんやりとした何かが頰を掠めた。

急激に私の意識が覚醒していく。


さっと回転を始めた頭に続いて、先程まであんなにも重たいと思っていた瞼も思いのほか簡単に開いた。


そんな私の視界に一番に飛び込んできたものは。


いや、正確にはものなんて無かった。


一面、青い。

いやいや一面どころか、全部が青い。


「ここどこー!?」


呟いただけのつもりが思ったよりも大きな声が出て、そのことにまたびっくりする。


ほんの先程までの私は確かに、椅子に座って机に向かっていたはずだ。

シャープペンシルの書き文字で汚れた手をさすったりなんかしていたはずなのだ。


……それなのに私は今、何故だか寝転がっている。


「……夢?」


思わず目を擦ってみるが、景色は何一つ変わらない。


目一杯に広がる一面の青色はきっと青空だ。

ひんやりとした風が、そっと私の前髪を揺らしていく。


その風が運んだ匂いに視線を動かすと、私の周りに無数の花が敷き詰められているのが見えた。


「えっ……なに、なんで花!?」


花の向こうは私をすっぽりと覆うくらいの木の壁で、どうやらその壁で頭からつま先までがぐるりと囲まれているらしい。


「……まさか……」


人一人を寝せられる形と周りを囲む花が、嫌でも最悪の二文字を想像させて呼吸が浅くなる。


「わた、私……しん、だ……?」


いや、待て、私。

しかし、しかしだよ。


風は確かに冷たかったし、今尚花の匂いも感じるし、何ならこの木の壁ごと揺れているのを感じるのだ。


「……いやきっと、これはあれよ。あの、ほら。なんだっけ……そう、明晰夢ってやつじゃあ、ない?」


うふふきっとそう!と決め込んで、思い切りよく自分の頬を抓ってみる。


「っ……いひゃい。ほら、しんでない!」


ひとまず最悪の懸念が無くなったことに安心して、体に力を入れてみる。と、やっぱり何らいつも通りで、どこにも痛みはないし違和感もない。


ただ、力を入れたことで、木の揺れは当然のように大きくなった。


「うお!?……そっと、そーっと」


木の壁に両手をかけて、揺れを大きくしないようゆっくりと起き上がってみる。


起き上がったところで、ようやく自分のいる場所の全容が見えた。

私が壁だと思い込んでいたそれは、ありふれたデザインの小さな舟だったらしい。思い込みってこわい。


……いや、それにしても花が溢れるほど敷かれてるのは決してありふれたとは言わない気もするけど。

いやいや今時、写真映えを意識した舟ならば普通にあるのかもしれない。


そんな私を乗せた小舟の周りでは、光を反射させた水が静かに波打っていた。


澄んだ水が海なのか湖なのか、はたまた池なのかはわからないけれど。どうりで揺れるわけだ。


「確かに舟は漕いでたけれどもねえ、リアルに舟が出てくる夢ってねえ、どうなのよ……」


夢見がちな自分への溜息をひとつ吐いて、背中にくっついた花びらがハラハラと舞い落ちていくのを感じながらぐるりと辺りを見回す。


すると水面の先に何とも見覚えのない大きな街が見えた。


「綺麗な街……」


澄んだ青空に浮かび上がるような白い建物や、色とりどりの煉瓦が彩る街並みはまるで映画の中に出てくるような景色だった。


半ば夢気分で見惚れていると、こちらをじっと見ている人が居ることに気付いた。


その人がどんな表情をしているかまではわからないが、服装から女性だというのはわかる。


これまた絵画で見たことがあるような昔の民族衣装らしき服を着ている。今は遠目だからそう見えるのかな?まあいいか。


「あのー!わわっ!?」


どうせ夢だし、話しかけてみちゃおうかな。

なんて思った矢先。


ただ揺れるだけだった小舟が、ゆっくりと街の方へ向かって動き始めた。


「えっ!?動いた!?動くの!?」


驚いて小舟の縁を掴み直すと、その動きに合わせてふわりと花が舞った。

わあ綺麗なんて言っている場合ではない。


「お嬢さん、もしかして貴女」


宙を舞った花びらを見るなり、私に声をかけてくれようとした女性が慌てた様子で石造りの階段を降りてくる。


強い花の匂いでわからなかったけれど、どうやらこの水面は海のようだ。

切った風から潮の香りがするし、階段を降りてきた女性の足元には舟を固定するような場所があった。


「お嬢さん!」


なんだかとても興奮している様子の女性が、早く早くと言いながら手招いている。だんだん近付いていくとその表情もはっきりと見えた。


齢は50過ぎくらいだろうか。気の良い近所のおばちゃんという雰囲気がある。いや、そんなことよりも。


「この舟一体どうなってるんですかーー!?」


おばちゃんは気にも留めていない様子だが、私はもちろん海に手を触れてもいないし、木製の小舟にはモーターらしきものも見当たらない。


だが、勝手に、進んでいる。勝手に。


「どうして……い、いやうん。夢にどうこう言ってもしょうがないか……映画の見過ぎかな……」


ブツブツ思い当たる映画の内容を呟いていると、喜色ばんだおばちゃんが岸に辿り着いた小舟の先端を引き寄せて固定してくれた。


「お嬢さん、お嬢さん!」

「あ!ありがとうございま」

「貴女、花姫様じゃない!?」

「す?」


ん?はなひめさま?

はなひめさまって、なに?

今、確かにそう聞こえましたが。


何だろう。そのいかにも少女漫画みたいな名称は。

いやあ、まあ少女漫画は好きですけどね。


はっ、いけないいけない考えが脱線しちゃう!と少女漫画のようにコツンと頭を叩いてから、興奮したおばちゃんに問いかける。


「あは。あの、はなひめさまって」

「黒い髪に黒い瞳!間違いないよ!」


私の姿をまじまじと見つめていたらしいおばちゃんが、一層テンションを上げた笑顔で私の問いを遮った。夢とはいえ正直こわい。


「なんです……」

「おーいみんなー!花姫様の到来よー!」


聞いてない。聞いてないよおばちゃん。


ここがどこの国かわかんないけど、国が違っても、というか夢でもやっぱりおばちゃんは強いんだなあ。


おばちゃんを呼び止める事に見事に失敗し、階段を駆け上がっていく恰幅の良い後姿を眺めていると、不意に綺麗な鐘の音が聞こえてきた。


「なんだろう、この音……」


一般的に鐘が鳴る時は時刻をお知らせするイメージだけれど。

おばちゃんの服も時代的に古そうだったし、私のこの夢は割とアナログに出来ているのかも知れない。


「……さて」


ひとまず小舟から立ち上がろうと手近に掴まれそうな場所を探すも、石畳の何処にもそんな場所は見つからなかった。


試しに小舟に掴まって力を入れると、相応に揺れは激しくなる。


「む?」


なんとかバランスを保って立ち上がろうとすると、更に揺れは酷くなった。


私が立ち上がろうとすればする程、自力で立ち上がることを許さないと言わんばかりで。意思があるかのように、小舟が激しく揺れる。


「もう!なんなの!立てないよー!!」


何度か試行錯誤した行き場のない感情をぶつけるように、どさりと花の中に倒れ込む。

一面の青空に色とりどりの花が舞った。


「……この夢、いつ覚めるんだろ」


ひらひらと舞い落ちてくる花へ手を伸ばすと、薄い花びらが肌を掠めていく感触がくすぐったくてちょっと楽しい。


ふっと頰を緩めた瞬間、花びらでは到底ありえない、柔らかくて温かい何かが私の指先に触れた。


「っ……!?」


その感触が人の手であると気が付くと同時に、花びらの舞う視界に見知らぬ人の顔が現れる。


二重の驚き、いや三重、いやいやとにかくびっくりしすぎて声が出せない。


ついでに驚きに見開いた目も閉じられなくなってしまった。

だって、視界に映ったその人は余りにも。


「……綺麗……」


艶のある銀色の髪は青空に透けて、花びらの舞う瞳はビー玉のようにつるりとしていて、青い。

まるで海を映したのかと見紛うような美しい瞳から、一瞬も目が逸らせなかった。


こんなに整った顔は私の生涯において見たことがない。


絶世の美男とはこの人のことだ、と瞬時に思ってしまうくらいの綺麗な顔が、私を覗き込んで、笑った。


「お美しい姫君、ようこそ我が王国へ。」



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