非リア部!(コメディ)
モテたい。
目の前にはラブレターが積んである。
モテたい。
全部オレ宛だ。
モテたい。
――全部、オレが書いた。虚しすぎるッッ!!!
「浜屋敷、手を止めるなよ。僕より書いてないだろ」
目の前で同じように手紙を書いている米倉来栖――眼鏡をかけた気だるげなイケメン――が、投げやりなオレを注意する。
だけど、状況が虚しすぎるのだ。オレは怒ってもいいはず。
「米倉、目的も何もわからずに『自分宛てのラブレターを書く』なんていう痛いマネしてるんだぞ? いくら温厚なオレでもキレるわ!」
「わかったよ、説明する。ああ、どうせ手を止めるなら茶でも飲もう。浜屋敷、淹れて」
握っていたペンを放りだし、米倉に抗議しても、コイツはどこ吹く風。茶でも飲もう、さあ淹れろと促されるのは腹が立つ。
だけど、無意味なラブレターを書くよりはずっと有意義だ。
オレは文句を言いつつ、部室に蓄えたティーバッグから適当に選んで湯を注ぎ、氷をどばどば足して温度を下げる。四月も半ばを過ぎ、風もない室内はけっこう温かい。茶請けにビスケットも出すか。
「ったく自分で淹れろよな」
「ぶつくさ言いつつも従順だよね。浜屋敷の数少ない美点だ」
「オレの良いところ、もっといっぱいあるだろ。イケメンとか」
「ないわ」
「即答とか泣いていいか?」
ムッとしたせいか、米倉の前にマグを置いたら中身がすこし零れた。
米倉が鈍感なのに顔がよくてお人好しでモテるからって、オレを貶していいということにはならない!
「あ、ミスター・キューピッド。独身の仲人。校内恋愛の立役者」
「そのあだ名で呼ぶな! オレの失恋の代名詞!」
いらだつオレに気を遣ったのか、少し悩んだ米倉の口から不本意なあだ名が飛び出した。
過去にオレが好きになった女の子たちには、ことごとく意中の誰か――もちろんオレではない――が既にいて、彼女たちのために涙を呑んで奔走したのがあだ名になってしまったのだ。
そのせいで、オレは彼女いない歴=年齢です。悲しい。
オレが過去を振りかえって落ちこんでも、米倉はぜんぜん気づいた様子もない。
せいぜい、オレが席に着いたのを確認しただけだ。そして、適当に淹れた茶をすすりながら山のように書いたラブレターについて説明しはじめる。
マジでこいつマイペースだよな。
「モテると何が起こるか。下駄箱からラブレターが溢れる」
「まあ、そうだな。現実でオレは見たことないけども」
「そこで、僕は割れ窓理論でその状況を再現しようと思っている」
「割れ窓理論?」
米倉は『モテる』ことを実践で検証したがる変人だ。ちなみに、つきあわされるのはオレだけだ。
その方法論は、最後まで聞かないとつながりが見えてこない。
おとなしく相づちを打つに限る。
「ラブレターが溢れる条件を、浜屋敷はどう考える?」
「そうだなあ……、本人が良いヤツで、渡しやすい……?」
オレは目の前の米倉を見ながら考えた。
米倉宛のラブレターの仲介は何度かしたし、こいつが一人一人と向かいあってすべて断っているのも知っている。
良いヤツなんだよな。見た目は澄ましていて近寄りがたいけど、オレを通せば呼び出しとかも気安くできる。
……オレってば便利に使われすぎでは???
「おおむね僕の仮定した条件と同じだ。その二つの内、操作できるのは『渡しやすい環境』だね。そして、今回使用するのが割れ窓理論。簡単にいえば、軽微の犯罪が多い地域では重大な犯罪もまた増えるというもの。たとえば、タバコがポイ捨てされやすい環境とは、すでにそこにタバコがポイ捨てされている環境だ。心理的なハードルが下がるんだよ」
「つまり、ラブレターがあふれる下駄箱にはラブレターをいれやすいと」
「そのとおり」
ラブレター、みんなで渡せば怖くない、ということだ。
例えはひどいが、わかりやすい。他のヤツらが好きな相手の下駄箱にラブレターをいれていたら、「自分も」、となるかもしれない。
「つまり、オレにこっそり好意をもってくれている女の子からラブレターをもらえる確率が上がると。俄然やる気が出てきた」
「浜屋敷好みのおとなしめの女子からモテたいなら、そのチャラい服装をどうにかした方がいいと思うよ。ジャケット以外は私服OKとはいえね。……というわけで、書きあげた手紙は放課後に浜屋敷の下駄箱に詰める。幸い、うちの学校の下駄箱には蓋があるし、けっこう楽しい結果になるんじゃないかな」
「え、お前までオレ宛の手紙書いてたの? キモッ」
大量のラブレターを書いていた目的がわかってスッキリしたところで、米倉の口から衝撃の事実が。
米倉はボリボリとビスケットを齧りながら、腕をさすっていた。自分の意思でやったとはいえ、鳥肌モノだったんだろう。
めっちゃわかる。オレだって、たとえ形式だけでも米倉宛てのラブレターなんぞ書きたくない。
「ツラかった。むさくるしいチャラ男を褒めたたえるのは」
「いや、お前も自分宛てに書けばよかったじゃん」
「んー、僕は別にモテたいわけじゃないしねー。その辺は浜屋敷に任せた。僕としては、なんか流れで受け継いじゃった非リア部を存続させられればいい。……でも、ここで一つ問題がある」
「なんだよ」
噛みくだいたビスケットを飲みこむと、米倉は一転真剣な面持ちだ。
オレも雰囲気におされて、飲みかけのカップを置く。戸惑ったまま問いただせば、言わずと知れた事実を言われた。
「部員不足で廃部しそう」
「そらあな。オレたち二人しかいないし。非リア部にくるってある意味敗北宣言だからな」
何を今さら。
三月までは先輩や同級生も数名いたが、卒業したり恋を実らせたりして退部してしまった今、部員は部長の米倉と副部長のオレしかいない。
非リア部はリア充を目指しリア充になると脱退する。具体的に言うと、恋人ができたら退部する。
そんな非リア部に希望に満ちあふれた新入生が入部するはずもない。
ちなみに、部活は最低でも三人の部員が必要で、疑う余地もなく非リア部は存続のピンチだ。
早くオレに替わる非リアを勧誘しなければなるまい。
「部員の名簿提出、今日までなんだよね」
「……アホかッ!? お前はなんでそんな余裕なんだ!?」
「はあ……、歴史ある非リア部も今日で最期か」
「お前さっきまで存続させたいとか言ってただろ!? 前言撤回が早すぎだ! それから、非リア部の歴史なんぞ五年くらいしかないだろ!」
オレの怒涛のツッコミに廊下側に目を逸らした米倉は、何かに気づいたようだ。ニンマリとオレの方へ向き直り、耳を貸せとジェスチャーしてくる。
いったいなんだよ、男同士で内緒話とか嫌なんだけど。
「まあ落ちつけって。そこに女子がいる」
「は?」
「僕が声をかけるから、誘ってこい」
「は???」
「君さ、ずっと盗み聞きしてたよね? どうかな、非リア部に入らない? 浜屋敷、この子にもお茶」
米倉は自信満々に命令して、迷うことなく入口の方に声をかけた。
たしかにスカートの裾がちらっと見えた。よく気づいたな。
声をかけられて観念したのか、困ったように顔を出したのは――めちゃくちゃ可愛い小動物系の新入生だった。
丸くて小さい顔にくりくりの大きい瞳。学校指定のジャケットがかなり大きめで、強制萌え袖がキュートすぎた。
タイプです。ぜひお近づきになりたい。これは気合いをいれて茶を蒸らさねば。
「立っていないで、入って座りなよ。オレが今からお茶を淹れるから。あ、紅茶しかないけど平気?」
「大丈夫です」
三人分の茶を新しく淹れて席に着き、お互いに軽く自己紹介をした。
新入生の名前は佐久良蕾。広くない部室に所狭しと積まれたラブレターが気になるのか、きょろきょろと落ちつかなさそうだ。
佐久良さんは非リア部に来る気なんてカケラもなかっただろうが、諦めて入部してほしい。
主にオレのために。
「さて、ここに来たということは恋愛に悩みがあるということだ。浜屋敷がそれを解決する、君は非リア部に所属する、それでどうだろう」
「サラッとオレに仕事押しつけてんじゃねーよ。一応伝えておくけど、非リア部はモテるために努力する、非リアの非リアによる非リアのための部活な。非リア部は今まで男しかいなかったけど、女子も大歓迎だ」
オレは米倉の足りない説明をフォローした。
すると、佐久良さんは何かを決意したように米倉とオレを見据えた。
嫌な予感がした。
「僕、男です……」
そんなのアリかよ……! 詐欺だろ……!
芽生えかけていた恋心が砕けていくオレをよそに、佐久良くんはまるで神に祈るように告白していた。
ちっとも動揺していない米倉がすごい。
「女装は好きだけど……、こんな僕でも彼女はできますか?」
「大丈夫だ、浜屋敷は実績のあるミスター・キューピッド。もちろん、部長である僕も相談にはのる。佐久良くん、君を非リア部に歓迎しよう」
「米倉先輩……!」
「よし、じゃあ佐久良くん。さっそくだけど、モテるために自分宛てのラブレターを書こうか。ちょうど実験するところだったんだ」
「ハイ、米倉先輩!」
「浜屋敷も手伝うよね?」
「……おう」
チクショウ、後輩の恋だって応援してやりますよ。
数々の恋愛相談を涙ながらにまとめてきたオレの手腕、見せてやる!
第六回書き出し祭り提出作品です。
第二会場にて20pt獲得25作品中5位でした。