悲しいクリスマス(現実/ヒューマンドラマ)
都内で有名なタルト専門店。
クリスマス用に飾り付けられたショーケースの中の華やかなタルトに目移りしながら、買うべきタルトを選びだす。
どれも美味しそうだけど、家族が好きそうなもの、かつ、私が食べたいようなもの、と絞り込めば意外と簡単に選ぶことができる。
ナパージュを塗られて照りかがやく赤いいちごとフランボワーズ、青いブルーベリー。それらがたっぷり盛られたヨーグルトムースのタルト。
真っ黄色のカスタードに半分に切ったいちごが整然と並び、黄緑のピスタチオを散らした王道のタルト。
薄く切ったりんごを薔薇のように丸めてまぶした砂糖を焦がした、可愛い見た目にも関わらずほろ苦いだろうキャラメルアップルタルト。
皮つきのまま煮込まれたオレンジが、紅茶風味のガナッシュのフィリングの表面を覆ったチョコレートタルト。
残さないように1ピースずつ。クリスマスでもその習慣は変わらない。
店員さんは注文した分を丁寧に手早く箱に詰め、「固定していますが、あまり揺らさないようにお願いします。本日中に召し上がってくださいね」、と一言付けて手渡してくれた。
「ありがとうこざいます」と小さく頭を下げて、私は足取りも軽く駅に向かう。
時刻は午後六時。帰宅ラッシュの時間だ。
それでも、一本見送れば始発の電車に乗れる。移動はだいたい三十分。そういう計算で買ったのに。
《本日、十六時三十八分に〇〇駅で起きた人身事故の影響で、現在運転を見合せております。繰り返します……》
致し方なく、ぎゅうぎゅうの満員電車の中、タルトを守りながら帰ること三時間。家にたどり着いたときには、へとへとだった。
「おかえりー。お姉ちゃん、ケーキまだー?」
「一応買ってきたよー」
母が楽しげに箱を開けるとき。鈍く、嫌な疑惑が私の中に渦巻いた。崩れているかもしれない。味は良いのは確かだけど。
「ぐちゃぐちゃに崩れてるじゃん……」
落胆した母の声と、目に飛び込んできた甘い香りの練りものに、私は泣きそうになった。ただ、喜んで欲しかっただけなのに。
「……お姉ちゃんと優で食べちゃっていいよ」
母の遠回しな断りに、視界の歪みは酷くなる。
両親はさっさと寝てしまったので、気の進まなそうな優と二人、プラスチックのフォークでタルトの死体を口に運ぶ。
砕け散ってふやけたクッキーの土台。ムースの白とカスタードの黄色に飛び散った、血のようなフランボワーズ。禿げ散らしたりんごの薔薇。箱にこびりつくチョコレート。
甘い。しょっぱい。甘い。しょっぱい。甘い、しょっぱい……。
たしかに、無残なタルトを見て喜ぶのは難しい、というのはわかる。悲しいけど、だからといってどうしてほしかったのか、自分でもよくわからないけど。
零れ落ちるのは涙と嗚咽と、少しばかりの怨嗟。
ただ一つ言えることは――もう二度と、型崩れするものは買って帰らない、ということだけだ。