スウィープ孤児院(微ホラー)
夜の屋内にもかかわらず、祭服の上に安っぽいレインコートを着た三十半ばの男が、スプリングの飛び出したソファにゆったりと腰かけていた。
にこにこ。日曜日の公園の陽だまりで、遊ぶ子どもたちを見守るような、柔和な眼差し。そばにはウサギやリンゴのアップリケが縫い付けられた、ぱんぱんに膨らんだリュックもある。
しかし、辺りには長年かけて醸成された埃の匂いをかき消すほどの、濃厚な鉄錆の匂いが立ちこめていた。
「よくできたね、メアリー。百発百中だ」
「でしょう、パパ。全部みけんに当てたのよ。もっと褒めて!!」
黄色いレインコートを羽織った五歳ほどの幼女が、ぽいっと身体の半分以上もあるウィンチェスターM70を放り投げ、目を輝かせて神父に抱き着く。
「メアリー、道具は大切に扱おうね」
「はぁい」
粗末な黒いリボンに結われたふわふわの金髪を、筋張った手で優しく撫でられてから、幼女は落とした銃を拾いに行った。
「メアリーばっかりズルい! オレだって頑張ったのに!」
赤く液体が滴る、やはりレインコートに身を包んだ十歳くらい少年が、ダガーに付着した血を払いながら心底つまらないと叫ぶ。血だまりの中で飛び石のように転がった沢山の人だったものの内の、手近な頭部を苛立たしげに蹴った。
「ジャック、君もよく頑張ったね。背後から、首を一閃か、心臓を一突き。見事だったよ」
「へへっ。でも、今日のゲームは簡単だったな。的の動きが鈍かったし」
養父にきちんと褒められた少年は鼻の下をこすった。手袋に付いた血糊がべっとりと顔にのびてしまい、自慢げな表情は即座に不愉快そうに歪められた。
「さて、散らかしたものは片さなくてはね」
鼻唄でも奏でそうな表情で、神父はポケットから使いかけのゴミ袋を取り出した。業務用の黒いゴミ袋は、容量四十五リットル。そして安くて丈夫。最近のお気に入りだ。九十リットルは扱いにくくてかなわない。
「オレも手伝う!」
「メアリーも!」
「二人ともありがとう。今日は右耳を集めるよ」
「「はーい」」
神父は、子供たちに通販で一番売れ筋のナイフを渡した。握りが良い。素直に返事をする二人の様子を確認して、目じりの笑い皺が深くなる。子供たちが可愛くてしかたがないのだ。
二人で仲良く並んで気まぐれに選んだ死体の耳を抉っては、ゴミ袋に入れていく。神父は子供たちを視界の隅に捉えながら、自身も耳を採取すべく、一番近い、未だ首から血を流しているものの横に移動した。そのとき、細いうめき声が神父の耳に届く。
「まだ動いていたか」
瞬間、神父は笑顔を崩すことなく、その肋骨を踏み抜いた。衝撃にごぼりと血色の息を吐き痙攣した後、完全にそれがこと切れたのを確認して、耳を削いだ。
「ジャックったら、へましたの? だっさ~い」
「うるせえな!! メアリーだって先週は二発、外してただろうが!」
「ジャック、こまかい男はモテないってシスターが言ってたよ?」
「その、かわいそうって目で見るの、やめろよ!」
耳を削ぐのに飽きたのだろう、二人はナイフを放り出して、コートの裾に血を跳ねさせながら追いかけっこを始めた。ジャックはメアリーを捕まえない程度に速度を落としていた。
神父は眩し気にその光景を眺めながら、淡々と依頼の耳を集めていく。
やがて、全ての右耳を収め、ぱんぱんと手を叩く。絵しりとりに移行していた二人も、神父のもとに戻ってきた。
三人で仲良く、リュックから取り出した油を満遍なく撒いていく。
「ああ、上手に描けたね。これは魚かな?」
やがて真っ赤な絵しりとりの痕跡に差し掛かり、神父は最後のイラストを褒めた。
「はれつした脳ミソだよ、パパのばか!」
「ごめんよ」
顔を真っ赤にして睨んでくる愛娘に、神父の表情は気まずげながらだらしなく緩んでいた。よく見れば確かにぶちまけられた脳漿だね、と、ぽんぽんと宥めるようにメアリーの頭を叩く。
「メアリー、だっせえ」
にやにやと見てくるジャックを、メアリーはぽこぽこと殴った。痛い、痛い、というジャックの言葉は、完全にポーズだ。メアリーはますます頬を膨らませた。
持ってきた油が切れ、神父はレインコートと手袋を油と血と肉の海に脱ぎすてた。
「二人とも、レインコートと手袋を脱いで、靴を履き替えて。ああ、ジャックは顔も拭こうか」
「今度はもっと、汚れないように気をつけよう」
「あーあ、メアリー、ひよこさんみたいでこのコート気に入っていたのに」
ジャックは反省を口にし、メアリーは買ったばかりだったレインコートを惜しむ。
神父は着替えをリュックから取り出し、二人を清潔な格好に整えて、ぺしゃんこになったファンシーなリュックには、代わりに依頼品を詰めたゴミ袋と、孤児院の備品の銃とナイフを詰めた。それを担いで二人を連れて出入り口付近に移動する。
神父は満足そうに頷き、マッチを擦った。
「よし、最後の大片付けだ」
小さな赤い火は、重力と慣性にしたがって床に落ち。一瞬にして廃墟を焼き尽くす劫火と化す。
「さ、二人とも私と手を繋ごう。迷子になっては大変だ。みんなが首を長くして孤児院で待っているだろう」
「ねえ、パパ。メアリー、甘いものが食べたい」
神父の右手にじゃれつきながら、メアリーはかわいらしくおねだりした。
「たまには肉が食いてえな。菓子なんて高いばっかり! 腹もふくれないよ」
神父の左袖をつかみながら、ジャックは自分の要望を述べる。ジャックは、夜遊びした後の神父はいつも孤児院で留守番している子供たちにお土産を買って帰るのを知っていた。
「胸はふくらむよ、ジャック! 甘くて、ふわふわで、幸せだもん」
「お前の胸平らじゃん。シスターくらいふわふわならいいけど」
「ジャックもお胸つくるの?」
「嫌だよ!!」
それに反応したのはメアリーで、いつものように口論になってしまう。両腕に子供たちの重さを感じながら、神父は二人の妥協ラインを提示した。
「ああ、ほら喧嘩しないで。お菓子とお肉、少しずつ買って帰ろう?」
「「うん!」」
夜の道を楽し気に歩く親子の姿に、不審な目を向ける者はなかった……。
常識が狂ってる世界が好き。もちろん、読むにあたって、ですが。