6話 指名依頼
コンコン
突然扉の方からノックの音が聞こえる
「どうぞ」
少女がそう言うと、メイドが1人
部屋の中に入ってきた
「失礼します」
メイドは深々と頭を下げる
「リリーお嬢様、今朝旦那様が出された指名依頼が受諾されたとの事です」
「ほんとに?」
「はい、先程ギルドの方から連絡がございました」
少女は急いで、クローゼットの戸を開けた
あの方がおいでになられる!
シュウに指名依頼したエルバの娘こそ昨日、シュウによって助けられた少女である
リリーは、昨日誕生会で着るドレスを買いに北の街、アンガスにで向いたところ、ビーストファングという組織に所属する男達に、襲われ誘拐されそうになりシュウに助け出されていた
そこで、リリーは買い物のボディーガードにと、父親のエルバを説得し、シュウに対して指名依頼を出してもらった
だが、誤算もあった出したその日に受諾されるとは思っていなかった
そのため、急いで身支度をし始める
メイドに手伝ってもらいながら、髪を整え
自室にある、自分よりも大きい鏡の前に立ち服装のチェックする
「ミネア、この服はどう?」
「はい、とてもと似合ってございます」
「そう⋯」
リリーはメイドの返答に満足しなかったのか黄色のドレスを脱ぐ
「ぁぁ⋯⋯」
メイドは少し残念そうな顔をし、小さく漏らす
「ねぇミネア、これはどう?」
リリーが振り向いた瞬間元の顔へと戻す
クローゼットから出した新しいドレスを着てメイドに感想を聞くリリー
「大変お似合いでございます」
「そう、」
「あぁぁ⋯⋯」
少女はまた、ドレスを脱ぐ
この作業はシュウが着くまで続いた
※
ギルドを出て30分くらい経っただろうか
僕は今初めて本物の執事というものを目にしていた
視線の先にはスーツを綺麗に着こなす白髪の老人
老人はぺこりと頭を下げる
「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」
「は、はい、ありがとうございます」
「ここで話すのもなんですから中へどうぞ
旦那様が、お待ちになっております」
旦那様を強調する執事
「は、はい、お邪魔します!」
緊張する青年
僕らは整えられた綺麗な庭に挟まれた道を歩く
扉の前までくると扉の前にいる腰に剣を挿す男が2人扉を開いてくれた
貴族って凄いな⋯⋯
初めて見る演出は緊張を煽るばかりだ
「「おいでなさいませ」」
扉が開くのに気づいた2人のメイドが仕事を中断しお辞儀をする
「お、お邪魔します」
声が裏がえる
屋敷内の空気が緊張を煽ってゆく
「では、旦那様の元へ参りましょう」
執事に連れられて僕は屋敷の中央にある階段を上り綺麗な廊下を歩く
屋敷の装飾など緊張のせいで入ってこない
僕とすれ違うメイドたちは僕を見るなり掃除や仕事を中断しお辞儀をしてくれる
どのメイドも礼儀正しく、メイド服を綺麗に着こなしていた
す、すごい⋯⋯
そうこうしているうちに書斎の前まで来た
コンコン
『入れ』
「失礼します」
扉の向こうから聞こえた声は、どこかで聞いたことのある声だ⋯⋯
部屋の中へと足を踏み入れる
大きな窓から差し込む日光を浴びながらこの屋敷の主は机に向かっていた
仕事をしている依頼主は昨日、僕が助けた少女の父親だった
「シュウ君、昨日の件は本当にありがとう
君がいなければ私は自分の大切な娘を失ってしまうところだったよ」
ペンを置き仕事を中断し、目の前まで歩いてくると僕の両手を握り握手してきて言った
「そんな、大したことはしてませんよ」
あの後、大変だったけどね⋯⋯
柊は、エルバ達が帰った後ミラやほかの冒険者達にロリコン扱いされ、ロリコンメガネには同類だと思われ質問攻めにされたのだ
エルバは、昨日の出来事を思い出し気落ちしている僕に話しかける
「そうだった、もう知っているとは思うけど今回の依頼内容は、娘の護衛
娘は、これから自分の誕生会用のドレスを新調しにいくのだが、また昨日の様に襲われかねないのでね
昨日娘を守ってくれた君に依頼したんだ」
「そうですか、指名していただきありがとうございます
それでは、準備が出来次第出発します」
うんうんと首を縦にふるエルバの顔はとても嬉しそうだった
〜
僕とエルバは書斎の中央にあるソファーに腰掛けリリーを待っていた
「ところでシュウ君、今いくつだい?」
「旦那様⋯⋯」
「いいじゃないか、どこぞの馬の骨にやるよりかはマシだろう?」
「⋯⋯」
「⋯⋯えっと、18です」
「18か、ならば君も許嫁のひとりや二人いるんじゃないのかい?」
え?許嫁!?
「いえ、まだ1人も⋯⋯」
「!?」
「何かおかしなことを言いましたか僕⋯⋯」
「いや⋯⋯
普通家名のある冒険者は、結婚が嫌でなったりするものだからね
ビックリしてしまってね」
そうなんだ⋯⋯ってことはレオン達もなのかな?
―――コンコン―――
僕らの話を遮る小さな音が鳴る
「娘が来たようだ⋯⋯入れ!」
「失礼します」
エルバの書斎に入ってきた、緑色のドレスに身を包む少女は昨日よりも少し成長しているかのように見えた
少女は僕と目が合うなりスカートの上で手を重ね、深々とお辞儀をする
「わざわざ、足を運んでいただきありがとうございます、私はエルバ・スコットの娘のリリー・スコットです、先日は助けていただきありがとうございました」
泣いて、柊から離れなかった少女とは別人と思えるほどちゃんとした挨拶だ
「えっと、三田 柊です、今日はよろしくね」
リリーは頭を少し下げたまま全くあげようとしない
不思議に思う柊に、エルバが準備が整ったのを確認して言った
「では早速、頼むぞシュウ君」
「はい」
そして、エルバはリリーの元まで行きなにか囁いたあとで、リリー、気おつけるんだよと言った
リリーの顔は少し赤くなっているように見えたが、大丈夫だろうか?
こうして柊の、僕の指名依頼は始まった
〜
「──思っていたのと違う」
ポツリと言葉をこぼす
柊は、アルシェの向かいにある服屋に来ていた
服屋は、女性用⋯⋯しかも貴族などのお金持ち専用の店だ
会計する客と、定員のやり取りに金貨以外の貨幣の名が聞こえない⋯⋯
だが⋯⋯今の僕にはそんなことなどどうでもよかった
何故ならば、世話役の執事や、貴族の男以外で店内にいる男は柊ただ1人、しかも格好は、フード付きのロングコートに、白服、黒ズボン⋯⋯
場違いなのが一目でわかってしまう
店内はほかの護衛の方やメイドが担当すると考えていた僕だったが、予想は外れた
僕とリリーのあとを尾行する使用人が2人(もちろん、僕やリリーには伝わっていない)しかいない
そう、傍から見れば僕の立場は、貴族の娘とデートする逆玉を狙う一般人の男である
いや、たぶらかした男だろうか
ミラや、ほかの冒険者に見られたらなんと言われるか⋯⋯それに尾行するくらいなら護衛の手伝いをして欲しい⋯⋯
キス騒ぎがあった次の日に、街の中を当事者である2人が歩く──
僕は目の前にあるカーテンで仕切られた空間に2、3着のドレスを持って入ったリリーをただじっと待っていた
「リ、リリーちゃん大丈夫?」
一応⋯⋯護衛の依頼なので自分が見えない所にいる護衛対象の安否を確認する
「はい、大丈夫です」
返答から数十秒後カーテンから顔だけを出すリリー
「あの、どれが一番似合っているかを見てはいただけないでしょうか」
頬を赤く染めていうリリーに、柊は二つ返事で返す以外の選択肢は見当たらなかった
それから試着室でのプチファッションショーが始まった
最初に見せた服はリリーが店に入って真っ先に取った
黄色のドレスで、肩から先には布がなく、細くて白い腕が顔を出していた
リリーはその場で一回転してみせ、僕の顔をみる
リリーのかわいい姿を見る僕の顔を⋯⋯
僕の反応を見、顔を赤くしカーテンを閉め、2着目のドレスに着替え始めた
何も言わずただただ静かなファッションショー
とても長く感じた⋯⋯
リリーのプチファッションショーは3着選び、見せてはほかのドレスを選びまた見せを繰り返し
僕の表情を見るだけで感想は聞いてこなかった
結局、最初の黄色のドレスと、青くて落ち着きのあるドレスを買い店をあとにした
ドレスは後日エルバの家に届けるということだったので手荷物のない僕達は街をぶらつくことにした
護衛としては、目的は達したのですぐに家に送り届けたいのだが、護衛対象であるリリーが拒否したのだ
リリーがドレス姿で歩いているせいなのか、貴族と歩く場違いな僕のせいなのかは分からないがやたらと、視線を感じる
相変わらず後ろから追いかけてくるだけのメイド2人⋯⋯
こっちまで来て欲しいんだけどなぁ⋯⋯
護衛ってこんな感じなの?
僕はリリーの方を見る
リリーは僕のコートを掴み僕の隣を歩く
さながら、小さな子供が迷子にならないようにしているようだった
「リリーちゃんは、今度の誕生日で何歳になるの?」
「10歳になります」
柊は内心すごく驚いたが、その後すぐに納得した
この年でこんなに礼儀正しいのは貴族であるからだろう
「あの、シュウ様は何歳ですか?」
「今、18歳だよ」
そう答えるとリリーは何やらブツブツと言い考え事をし始めた
そして2、3度袖を引っ張り──
「あの⋯⋯」
──歳下でも大丈夫ですか?
道の真ん中で思わず立ち止まる
僕はリリーの発言に頭が追いつけないでいた
頬を赤く染めまっすぐと僕の方を見る黒髪の少女はもう一度今度ははっきりと言った
──私のことはお好きですか?
どんなに経験のない男でもそこまで言われれば解る
だが、簡単に答えてしまって良いのだろうか
リリーはまだ子供、返答次第では今後に関わるかもしれない
そう思って僕は⋯⋯
「リリーちゃんのことは好きだよ、だからリリーちゃんが大きくなった時、まだ僕のこと好きだったら、またその時話そうか」
そう返した
眩しくて目を瞑りたくなるくらいの日の光
人工物の笑顔はどれほど自然に見えただろうか
本当の事を言えば、リリーを見て想像したのは1人の女性として隣にいる姿ではなく自分にもし妹が傍に居たならこんな風に過ごしていたのだろうかという妄想
だがそれを知れば悲しむのは見えているし、何よりゲームと分かっていても、無下に扱うことは出来なかった
リリーは少しだけ悲しい顔をした
さすがに、注目されすぎているので僕はリリーの手を取り噴水のある広場まで急いだ
〜
噴水に着くと、近くにあったベンチに座る
リリーはこちらを向いて、僕の手を取り自分の胸に押し当てる
「!」
柊は、驚き手をどける
誰だこんなことを教えのは⋯⋯
リリーは、そのまま口を開き言った
「さっきの返答は、私ではダメということでしょうか
やはり⋯⋯その⋯⋯私が⋯こどもっぽいから」
リリーの言葉
最後の言葉はギリギリ聞き取れるくらいの弱い声
涙を目に溜め、まっすぐ柊の方を見る目も弱まりそっと視線を逸らす
リリーを子供扱いし、はぐらかそうとした柊の言葉は逆効果だった
僕は、友達の言葉を思い出した
女の子は、嘘の告白は絶対にしない
光があった頃の自分が友に言われた言葉
全員が全員そうではないと思うが────
僕は、少女の頭を撫で言った
「リリーじゃダメとかじゃないんだ、そりゃ、僕だってリリーみたいなかわいい女の子と付き合ったりしたい
でも、リリーも僕もまだお互いのことを知らないし、僕は冒険者だ
ずっとこの国にこの街にいることは無い
それにいつ、危険な依頼で死ぬかも分からない
だから、ごめん」
そう言ってリリーの涙を指で拭く
「リリーはかわいいからまだ小さいんだから、人生はまだまだあるから素敵なパートナーがすぐに見つかる
だから、昨日みたいにすぐキスとかしたらダメだ」
リリーは僕の顔を眺めながら早口な僕の言葉を聞いていた
静かに聞いていた
「わかりました」
少女はそう小さく答えた
そして、すっと立ち上がると
「では、大きくなってシュウ様が冒険者をお辞めになられたら良いのですね」
万遍の笑み
「え?」
キョトンとする僕と太陽の間にいる少女
僕は笑いが込み上げてきて、ふふふと笑った
「分かった、考えておくよ」
決して馬鹿にしている訳では無い
子供の突発的な意表を突く考え方、発言は今の僕には無い素晴らしく面白いものだ
どことなく、アイツに似ている
沈み掛けの太陽よりも眩しい姿をずっと眺めていた
読んで頂きありがとうございます